Extra-それぞれの視点:巫女
――――時は、僅かに遡る。
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そこは、第9世界の大ドーム。
主神の座にして、今は一人の巫女が最善の努力を以て警固を固めた場。
先ほどまでは、零落した獣神の攻勢が続いていた。それを、自分の神核を燃やしてまで、守り通していた。
なぜならば、縁結んだ自国の末裔が、今もなお戦っているからだ。
――――神とは在り方である。
故に、神というのは人を助けはしない。人を導きはしない。
願いを請う者の、願いを叶えたりはしない。
救いを乞う者に、救いを与えたりはしない。
ただ、共にあり、共に悩み、共に歩む。それが、神という存在。
多少の試練は課したりするが、それはそれ。
乗り越えるかどうかは、その人次第だ。
縁結んだ末裔は、それを理解していた。
人も神をも区別なく、共にある者として扱うだけの度量があった。
だからこそ、この窮地に至っては、せめて既に去った己が共にあろうと決めた。
「はぁ、はぁっ……攻勢が、止んだようじゃな……」
大いなる力には代償が伴う。
己の力が及ばぬ異世界ならば、己の逸話無き別世界ならば、特にそうだ。
だからこそ、かの末裔の血を依り代に、己を構成する核を焼べ、無理矢理に権能を行使している。
これ以上続ければ、最早その身が持たないことは誰の目からも分かる程に。
だが、その時……獣の攻勢が止んだ。
きっと、あの末裔が何かを成し遂げたのだと、安堵の気持ちがわき上がる。
「アゲハ様、もうお休み下さい。これ以上は……」
兵を指揮する女性、この世界の神権代行者が巫女に声を掛けた。
民の避難も一通り落ち着いた。敵の襲撃は、守り切れたのだ。
多大な犠牲は払われたが、それでも目の前の巫女と、巫女に付き従う少年の姿をした人間が、この世界の為に戦ってくれた。
今はそれに報い、少年の帰る時までは彼女を休ませたいと、代行者たる女は考えていた。
「分かっておる……雨宮め、ただ民を守るだけで良かったものを」
零落した獣神は、無差別のように見えて、指向性のある攻撃をしてきた。
つまり、使役者がいる。自然発生的に起こった災害ではない。
それを、巫女も代行者も理解している。
今は攻撃が止み、獣が消失しつつある。ならばこの場合、末裔たる少年が、何らかの形で戦い、それを討伐したという推測が成立する。
「ああ。全く、戻ってきたら良くやったバカたれと褒めてやらねば――」
しかし。
突如として空気が一変した。
それは、代行者にも、巫女にも感じ取れる程に強大な何か。
「……あれは」
「いかん! ミラ、直ぐに足を用意せい! 止めねばならん!!」
巫女は直感した。
人は、時として人を超えたものに成り果てることがある。
例えそれが強制された事にせよ、自ら選んだことにせよ、人を辞める事に変わりは無い。
勇者、英雄、あるいは魔王。
時にそうした、種族の為の、世界の為の生け贄が生まれてしまう。
かつての自分もそうかもしれない、主たる者はその為の因果を背負う者。
加えて、生来見知った術師はまさにそれだ。人を超えた何者か足り得ていた。
まあ、あれはあれで人の姿と人の意志を保った埒外ではあるが。
今、感じているのは、そういう気配。
人を辞めて、人ならざるものとなり、人の為に戦い、人の為に死ぬ。
それは最早人で無く、時もなく、生もなく、死のみが残る。
そう成り果てる程の力、人知の果てにある力が、光の柱となって見えている。
「あれは――あれは何事ですか!」
「人の身には過ぎたものじゃ!! ……あやつ、何てものを、何て力を寄せおった……! 唯人の身で、唯人の姿で――――」
何処からそんな力を集めたのか。何処でそんなものを拾い上げたのか。
巫女にとって、それは最も忌避すべき事だった。
そんなものに成り果てれば、その果ては見えている。
それだけは、させてはいけない。人を辞めてはいけない。
巫女は強くそれを危惧していた。
――――――馬鹿が。馬鹿者が。
自分の未来を捨ててまで、守るべきものなどこの世にそう在りはしない。
将器たりえば、配下の責の為に腹も詰めよう。
武士たれば、己が意地の為に刃を取ろう。
しかしあの末裔は、平和な世に生きるただの人。
そんなものに成り果ててしまえば、自らの世界で生きる事が出来なくなる。
過去の遺物ではなく、未来に目を向けるべき者だからこそ、そういうものに成り果てて欲しくない。
巫女は心から、そう成らないように願っていた。
「今なら、まだ……まだ間に合うかもしれん」
最早祈りとも言えるもの。
千に一つ、万に一つもあるともしれない可能性、そうなるようにと口に出す。
今は僅かな時間すら惜しく、代行者の用意した車に乗り込むまでの時間、巫女は立ち上る光の柱を見つめ続けた。




