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金鎖の解師  作者: 畑中希月
第三章 カヌトの背負いしもの

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三 目覚め

 ロウのうしろ姿を見送ると、ミナキとカヌトは家の中に戻った。いつもと違う重苦しい沈黙が漂う中、カヌトが床に座り、口火を切った。


「ミナキ、座りなさい」


 ミナキは言われた通り座った。


「急なことで、びっくりしただろう。すまなかったね」


 その謝罪が、ロウが出ていったことに対するものなのか、過去に禁法具(きんぽうぐ)を作ったことに対するものなのか、ミナキには分からなかった。あるいは、その両方だったのかもしれない。

 カヌトは床板を見つめた。


「ロウの言っていた通り、わたしは禁法具を作ってしまったことがあってね。六年前――わたしが師匠のもとを巣立って、協会の会師になったばかりのことだ。……その禁法具は、使ってしまったら最後、特定の範囲内にいる生き物が、全て死に絶えてしまうような、酷いものだった」


 素晴らしい魔法具を作るカヌトが、同じ手でそんな恐ろしいものを作ったとは、ミナキには、にわかに信じられなかった。

 カヌトは息をつくように言った。


「わたしはね、禁法具を作るという罪を犯して、罰を受ける身なんだよ。その証拠が、この金鎖だ」


 カヌトが摘まんだ、彼が片時も離さずに身に着けている金鎖を、ミナキは凝視した。


「この金鎖には、身に着けている者が、再び禁法具を作ろうとしただけで、その記憶を奪うという呪いがかけられていてね。おかげでわたしは、あれから一度も禁法具を作らずにすんだよ。記憶を失うのは、わたしにとって死ぬよりも辛いことだったからね」


 カヌトは天井を仰いだ。


「だが、思うんだ。いっそ禁法具を作り続けて、全ての記憶を失ってしまったほうが、よかったんじゃないか、とね。そうして、自分自身を形作っている記憶も、何もかも失ってしまえば、もう禁法具を作る心配もない……。この金鎖の罰を考えたのは、わたしなどより、よほど悪知恵の働く人物だったんだろうね」


 カヌトの瞳は天井に向けられているようで、どこか遠くを見つめていた。その表情は脆さを内包していて、常にミナキを導いてくれたカヌトが今までに見せた、どの顔とも違っていた。そんな彼を目にして、ミナキの胸はぎゅっと締めつけられた。


 それは、ミナキがこれまでの人生の中で、抱いたことのない感情だった。戸惑いながらも、ミナキにはその正体がはっきりと分かった。カヌトに助けられてから、ずっと育んできた想いだ。


(わたし、先生のことが好きだ……)


 ミナキはカヌトを、そっと見つめた。カヌトは視線を天井から壁に移し、次にミナキを見た。


「ミナキ、今まで黙っていて、君には本当に悪いことをしたね。協会で働いている知人を紹介するから、君もロウのように別の師匠を探したほうがいい。そのほうが、君の将来のためだ」


 その言葉を聞いた瞬間、急に頭の芯が熱くなり、目から次々と涙が溢れ出した。カヌトは驚いたようにこちらを見ている。


 カゥが去り際に、「お前さんたちの師匠を、よろしく頼む」と言った理由の意味がようやく分かった。カゥは全てを知っていて、ミナキたちにカヌトのことを託したのだ。ロウは出ていってしまったけれど、自分だけはカヌトの傍にいよう。強く強く、ミナキはそう思った。


 ミナキは涙はそのままに、ラーナンを手に取り、カヌトからもらった鉄筆を握った。


『嫌です。わたしは先生以外の人を、師匠として仰ぎたくはありません』


「だけど、それじゃあ――わたしは、君の家族を奪った連中と大差ないんだ。いや、もっと酷い人間だと思う」


『違います。先生は誰も殺していないし、禁法具を作ったことを深く後悔しています。それは、大きな違いです』


 文面を読んだカヌトは、目を伏せる。


「それは結果論なんだよ。わたしは禁法具をヒョウの宮廷に持ち込もうと思っていたんだ。当時のわたしは、ニギを酷く憎んでいてね。禁法具がニギに対して使われることを望んでいたんだよ。――もし、わたしが協会に捕まっていなければ、王はニギや周辺の国との戦で禁法具を使い、多くの死者を出していたかもしれない。わたしがしようとしていたことは、そういうことだ」


 ミナキは首を横に振った。もう理屈ではなかった。カヌトが過去にどんなことをしていたとしても、彼が本当はどんな人であるかは、一年近くともに暮らしてきたミナキには、よく分かっている。

 涙がラーナンにはらりと落ちたが、ミナキは構わずに文字を書き綴った。


『それでも、わたしは先生の弟子です』


 一文を読んだあと、カヌトはミナキの目を見据えた。ミナキもカヌトの目を見つめ返した。

 やがて、カヌトは泣きそうな顔でほほえむと、静かな、それでいて確かな声で言った。


「……ありがとう、ミナキ」


 切なさと温かさに心が満たされて、ミナキはこくりと頷いた。

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