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金鎖の解師  作者: 畑中希月
第二章 解師を目指す少年

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八 試験

 朝起きると、ぼんやりした頭の中から、いよいよ試験だという記憶がさっと蘇った。


 ミナキは飛び起きて寝具を畳み、居間へと向かう。いつもと同じことをしているはずなのに、そわそわしながら、ミナキはカヌトとともに食事を作った。ロウの留守中は、カヌトが一緒に家事をしてくれることになったのだ。


 朝餉が終わると、カヌトは魔法図が描かれたラーナンをミナキに手渡した。


「これは、今日の試験の手がかりだ。今まで学んだことを思い出していけば、きっと達成できるよ」


「手がかり」と聞いて、ミナキは小首を傾げた。てっきり、カヌトが出す問題に答えていく形式の試験だと思っていたのだ。ミナキの疑問を察したのか、カヌトは説明を始める。


「試験で君が成し遂げなければならないことは、ひとつだけだ。わたしが家の周りのどこかに隠した『あるもの』を持ち帰って欲しい。これ以上は教えられないから、今日一日は自分で考えて行動しなさい」


(家の周りって言われても、どこを探せばいいんだろう……)


 とたんに、ミナキは心細くなってきた。カヌトが机の前に座して、魔法具を作り始めてしまったので、仕方なく家を出ていく。戸口でラーナンに描かれた魔法図を見つめながら、ミナキは考え込んだ。

 その魔法図は、植物に関するものだった。以前見た、花を瑞々しくさせるものでも、枯らしてしまうものでもなく、植物の生長を促す魔法図だ。この魔法図に、どんな意味があるのだろう。


(植物か……)


 ミナキがまず連想したのは、カゥの授業だった。カゥの授業で訪れたところといえば、野原や、川のほとりなどの家の周り、それに森の中だ。


 ミナキは曇り空の下、階段を下りると、試しに家の周りに何か手がかりになりそうなものがないか、探ってみた。川のほとりも探してみたが、草木以外には何もないし、何かを隠すために掘り返したような跡もなかった。

 残るは、野原と森の中だ。


(森の中に、一人で入るのは嫌だな……)


 森の中は薄暗くて不気味だし、何よりその先には、廃墟となった故郷の村がある。ミナキは森は後回しにして、北の野原に向かうことに決めた。

 野原に着き、適当に歩き回ってみる。だが、広過ぎて何も見つけられそうになかった。多分、森の中も同じようなものだろう。


 ミナキは途方に暮れた。


 しばらく立ち尽くしていたミナキは、ぶんぶんとかぶりを振った。ロウは今頃、試験を受けているはずだ。こんなところでくじけていては、彼に笑われてしまう。ミナキは森の中にも入ってみようと心に決めた。


 もう一度家の前まで戻り、森に向かう。森の入り口に立つと、曇り空で日の光がほとんど射さない森の中は、酷く不気味に見えた。ミナキは唾を飲み込むと、頭の中で魔法図を思い描く。空いたほうの掌に小さな光を灯し、森の中に入っていった。慎重に地面を見回しながら歩いていく。


 そうこうしているうちに、ふと、ミナキは周りの景色に違和感を覚えた。


(何だろう……?)


 辺りの木々や地面を光で照らしながら、ミナキは違和感の正体を探した。木々には取り立てて妙なところはない。

 となると、地面だ。ミナキは地面を注意深く見た。周囲には似たような草が生い茂っているのに、一本だけ他とは違う草が生えている。その草には見覚えがあった。


(メムだ)


 光を当てて、よく観察してみると、間違いなくそれはメムだった。そのメムは、ミナキの知るものより背が高いような気がした。ミナキは思わずメムの傍を掘り返した。しかし、土の中の石が出てきただけで、カヌトが隠したらしきものは見つからなかった。


 ミナキはため息をついた。そのあとで、このまま森の中に置いておいては、やがてメムが枯れてしまうだろうことに気づいた。日当たりのよい場所に生えているメムは、森の中では充分な日光を得られない。ミナキは周りの土を掘り、丁寧にメムを根ごと抜く。


 メムをこの森で見たことはない。それに、森で育ったにしては、このメムは丈が高すぎるし、かぶさっていた土は柔らかかったから、ごく最近掘り返されたものだ。おそらく、カヌトがどこかから、メムを一株だけ移動させたのだろう。このメムは、試験を達成するための手がかりに違いない。


(メムが生えている場所といえば……)


 思いつくや否や、ミナキは走り出していた。

 家の前を通り、野原に到着したミナキは、メムが生えている場所に向かった。広く群生しているメムに近づいていくと、少し奇妙な点に気づいた。日の当たる条件は同じはずなのに、一か所だけ丈の高いメムが密集して生えているのだ。


 ミナキは丈の高いメムの傍らにしゃがみ込み、葉を掻き分け、辺りの地面を探る。

 ミナキははっとした。地面に深い溝が彫られていたのだ。溝を辿っていくと、それが広範囲に渡る図形であることが分かった。魔法図だ。

 ミナキは魔法図に何が描かれているのかを、順々に歩き回って確認した。


(植物の生長を促す魔法図……)


 カヌトから手渡されたラーナンを、ミナキは確認した。間違いない。地面に描かれている魔法図は、これと全く同じものだ。丈の高いメムは、ちょうど魔法図の中心に位置している。


 カヌトが自分を導きたかった場所はここで間違いない。だが、これからどうするべきか。とりあえず、森から持ってきたメムを、ミナキは植えることにした。他の仲間もたくさん生えているここなら、枯れることはないだろう。魔法図の影響で丈高く育っているメムの傍に、ミナキは穴を掘った。


 メムを植え終え、根本に土をかぶせると、背の高い周りのメムと、丈の高さがぴったり合った。

 その瞬間、地面に描かれた魔法図が光を発した。見る見るうちに、丈の高いメムの上空に、白い光によって新たな魔法図が描かれる。


 突然のことに、ミナキは呆気に取られた。しかし、これが試験だということを思い出し、魔法図を凝視する。森に植えられていたメムは、この魔法図を発動させるための鍵だったのだろう。植物を生長させる魔法図の中に、仕掛けが隠されていたのだ。全く気づかなかったミナキは、少し落ち込んだ。


 気を取り直し、ミナキは立ち上がって、空中に出現した魔法図の解析に取りかかることにした。魔法図は、ちょうどミナキの首の高さに出現している。


(何だろう、この魔法図……。この記号は何を表しているのかな……)


 解析していくうちに、ミナキの頭に「透明」という言葉が浮かび上がった。そういえば、ロウが言っていた。姿を消す薬があると。

 これは、物を透明にする魔法図だ。正確には、物を透明にする呪いがかかった魔法図、と言うべきか。


(この呪いを解呪しろっていうことだよね)


 どうやったら解呪できるのか、ミナキは考え始めた。どの記号を消すべきか。いや、どれを残すか考えたほうが解きやすいだろうか。


 次第にミナキは熱中していった。我に返った時には、消すべき記号が脳裏にはっきりと閃いている。

 ミナキは指に魔力を乗せ、発光させた。魔法図の中の記号が消える様を想像しながら指でなぞると、白い光で描かれた記号は、すっと消えた。


 すると、魔法図の中心に細長い木箱が現れた。ミナキがその木箱を手に取ると、魔法図は消え去った。


 この木箱の中に、また魔法図が描かれていたりするのだろうか。そんなことを思いながら箱の蓋を開けると、中には真新しい鉄筆が入っていた。手をかざしてみたが、魔法がかけられている様子はない。


 きっと、これが、カヌトが言っていた「あるもの」に違いない。達成感が湧き起こる中、ミナキは木箱の蓋を閉め、カヌトに報告するために駆け出した。




 家に戻った頃、雲間から覗いた太陽は、ちょうど中天にあった。試験を受けている時は、夢中になっていて気にも留めなかったけれど、かなり長い時間がたっていたようだ。


 ラーナンと木箱を階段の上に置き、土で汚れた手を外に置いてある水桶の水で洗うと、ミナキは階段を駆け上った。料理のいい匂いが(くりや)から漂ってきたので、覗いてみると、カヌトが炉端で料理を煮炊きしているところだった。カヌトは顔を上げると、ミナキが手に持っている木箱に目を留めて微笑した。


「試験を終えたようだね」


 ミナキは頷くと、木箱をカヌトに向け、差し出した。カヌトは木箱を受け取り、蓋を開ける。中の鉄筆を確認すると、カヌトは蓋を閉めずに、ミナキに木箱を返した。


「これは君のものだよ。ほら、軸を見てごらん」


 ミナキは鉄筆の軸に改めて目を向けた。


(あ……)


 軸には、ミナキの頭文字がニギ文字で彫り込まれている。


「ナサーンであつらえてもらったんだ。この前いった時にできあがっていてね」


 そういえば、三人でシーリャの診療所を訪れた時、ミナキが発声訓練を受けている最中にカヌトが外出していて、ロウだけが座敷で待っていたことがあった。つい最近、診療所から帰る際には、ロウがカヌトに、「さっきはどこに出かけていたんですか?」と訊くのを耳にしたこともある。


 あれは、この鉄筆を注文し、受け取るためだったのだ。胸が熱くなり、ミナキはカヌトから贈られた鉄筆をじっと見つめた。


 だが、すぐに、本当にこんなにいいものをもらってしまってよいのか、不安になってくる。ミナキは急いで居間に向かうと、置いてあった会話用のラーナンと、普段使っている鉄筆を手に取って厨に戻る。


『本当にいいんですか?』


「もちろん。これは君が試験を解いたことや、今まで頑張ってきたことへの報酬だよ。あ、でも、ロウには内緒だよ。きっと羨ましがるからね」


『はい。けど、わたしは先生の用意した魔法図を、完全に読み解けたわけではないんです。メムが鍵になっていたことに気づけなくて……偶然に問題が解けたようなものなんです』


「それでも、最後の問題はちゃんと自力で解けたんだろう? それに、運だって実力のうちさ。完璧を目指すなら、次の機会でも遅くはないよ。今日のところは、それを納めておきなさい。さ、食事にしよう」


『はい……』


 贈られた鉄筆を宝物にしようと決めて、ミナキはラーナンから顔を上げると、しっかりと頷いた。

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