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金鎖の解師  作者: 畑中希月
第二章 解師を目指す少年
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四 魔法薬師カゥ

 雨季が訪れ、少しだけ暑さが弱まった。


 ロウも、だいぶここでの生活に慣れてきたようで、ミナキとともに、熱心に授業を受けていた。それもそのはずで、四か月後にはこれまでの成果を試す試験が魔法院で行われるのだという。魔法院出身の生徒は、そうやって定期的に師匠のもとから魔法院に戻るのだそうだ。


 試験がないミナキは、そんなものがなくてよかったと思う反面、少しだけ、のけ者にされたような気分になった。試験のできは、師匠の評価にも響くはずだ。しかし、カヌトは特にロウだけをみっちりしごくということもなく、二人を平等に教えていた。


 その日も、ミナキたちは解呪の授業に耳を傾けていた。

 禁法具(きんぽうぐ)の見分け方について説明していたカヌトが、ふと、ロウに目を止めて尋ねた。


「ロウは、魔法を復讐に使いたいと思ったことはあるかい?」


 それは、ミナキが弟子になる前、カヌトに訊かれたことに、よく似た質問だった。ヒョウ嫌いのロウがどう答えるのだろうかと、ミナキは息を詰めて見守った。


「思ったことないですよ、そんなこと」


 質問の意図が分からない、という顔でロウは答えた。


「なぜだい?」


 カヌトが重ねて問うと、ロウは眉間に皺を寄せる。


「だって、ヒョウ人の誰が両親を殺したかなんて分からないし、まさか全員に復讐するわけにもいかないでしょ?」


「まあ、確かに、それはそうだね」


「だったら、父みたいな解師(かいし)になったほうがいいに決まってます。父は、解師だってことを誇りに思ってたんです。解師なら、敵がしかけた罠を解呪して、たくさんの味方の命を救うことができるって」


「それなら、どうしてお父上と同じように、王都の魔法院に入学しなかったんだい?」


「両親の意思なんです。俺は協会の魔法院を卒業して、会師見習いになったから、協会の規則通り、軍属の解師にはなれないけど、人の役に立つ解師になることはできます。禁法具を解呪できるようなすごい解師にね。そのほうが、きっと両親も喜ぶだろうし」


 ロウは胸を張った。彼があまりにあっけらかんとしているので、ミナキは逆に呆れてしまった。

 カヌトはそんなロウを見て、腕を組んで何かを考え込んでいた。そのあとで、ふっと笑う。


「なるほどね。君みたいに考えることができたら、悩む人なんていなくなるだろうになあ」


「それ、褒めてるんですか?」


 ロウが問い質したその時、雨音に交じって、家の戸を叩くドンドンという音が聞こえてきた。


(お客さんかな?)


 この家に来訪者がくるのは、ロウが訪れて以来だ。カヌトが授業を中断して立ち上がる。カヌトが戸を開けると、男の大きな声がラシッド語で聞こえてきた。


「よう、久し振りだなあ! ところで、手拭いあるか? 雨宿りしないで急いできたもんだから、この通りびしょびしょで……」


 何とか言葉を聞き取れたので、ミナキは立ち上がった。大きな手拭いを持って戸口へ向かうと、無精ひげを生やし、大きな荷物を背負った大柄な男が、傘を閉じ、家に入ってくるところだった。男を招き入れながら、カヌトが告げた。


「ああ、久し振り。ところで、ここではニギ語で話してくれないか」


「ニギ語? 何でだよ」


「今の我が家では、ニギ語が共通語なんだよ」


「へえ、しばらくこないうちに、どうしてそうなったんだか。まあ、いいや」


 ニギ語に切り替えた男は、立ち尽くしているミナキを見ると、目を丸くして、心底驚いたような声を出す。


「カヌト、お前、いつの間に結婚したんだ。そうか、ニギ人の嫁さんをもらったから、それでニギ語なんだな。……それにしても、若い嫁さんだなあ」


 ミナキの心臓は、その台詞に、どきりと跳ねた。とくんとくんと鳴り始めた心音は、なかなか治まってくれない。しかも、手拭いを受け取るためにカヌトがこちらに手を伸ばすと、鼓動はよりいっそう激しくなるのだ。


(わたし、どうしちゃったのかしら)


 心の中で小首を傾げ続けるミナキから受け取った手拭いを、カヌトは乱暴に男に押しつけた。


「馬鹿。弟子の一人だよ」


「弟子の『一人』? おっ!」


 家の中を見回した男は、きょとんとしているロウの姿を見つけると破顔一笑した。


「本当だ。もう一人いる! まさか、お前が弟子を取ることになるなんてなあ。で、どうして一度に二人、面倒を見ることになったんだ?」


「長くなるから、それはあとで説明するよ。ところで、今は授業中なんだ。隅にでも座っていてくれないか」


「ひでえな、呼んだのはそっちだろうが。お前のお弟子さんたちに、紹介くらいしてくれたっていいだろ」


 男が切り返すと、カヌトは仕方がない、と言いたげな顔をした。


「二人とも、彼はカゥ。ユァン人で、わたしの魔法院時代の友人だ。今回は所用があって、こちらにきてもらった。滞在は短い間になるだろうが、一応、こいつも魔法学術師で、魔法薬師(やくし)の資格を持ってる。それに、色々な国を旅して回っているから、分からないことがあったら何でも訊くといい。――カゥ、女の子がミナキで、男の子がロウだ」


「よろしくな、ミナキ、ロウ。俺は、まだ弟子を取ったことはないけど、それでもよかったら、質問してくれ。できる範囲で答えるから」


 手拭いで腕や衣をごしごし拭きながら、カゥは言った。


(この人が先生の友達かあ。シーリャ先生とはずいぶん感じが違うなあ)


 シーリャも協会の魔法院出身で、カヌトとは級友だったというから、カゥもそうなのだろう。国も性格も違う三人が、一緒にいる光景を想像すると、何だか不思議な気がした。


「ところで、うちでの用事が終わったら、シーリャのところにも寄るんだろう? それとも、もう寄ったあとか」


 カヌトもシーリャのことを思い出したらしく、彼女のことを口にした。カゥは今までとは打って変わって、渋面を作る。


「寄る気はねえよ。どうせ会っても、そろそろ一か所に落ち着けって、怒られるだけだしな」


「わたしなんて、会うたびに怒られているよ。……さて、授業を続けようか。カゥ、君はどんな授業をするか考えておいてくれ」


「え? 俺も授業をするのかよ。そりゃ、できる範囲で答えるとは言ったけどよ」


 困った様子で呟くカゥを横目に、カヌトは授業を再開したのだった。




 カヌトが授業をしている間に、カゥは乗ってきた馬に積んでいた荷を、全て屋内に運び終えた。


 解呪の授業が終わったあとで、カゥはカヌトと入れ替わる形で机の前に座し、授業を始めた。カヌトはミナキとロウのうしろに座り、その様子を見守っている。カヌト以外の教師から授業を受けるのが初めてのミナキは、わくわくする反面、緊張していた。


「さっき紹介された通り、俺の専門は魔法薬学だ。だから、今日は、魔法薬の授業をしようと思う。――と言っても、俺はお前さんたちがどの程度、魔法薬学への理解が深いか知らない。だから、分からないことがあったり、逆に簡単すぎるなと思ったら、遠慮なく言ってくれ」


 カゥは言葉を切ると、窓の外を見て、にっと笑った。


「雨がやんだようだな。ということで、これから外で授業をしようか」


 こうして、ミナキたちは家の外に出た。(うまや)をちらっと覗くと、カゥが連れてきたらしき馬が繋がれている。


 曇り空のもと、カゥはミナキとロウを連れて、家の北側に広がる野原までやってきた。心配なのか、うしろからカヌトもついてくる。ミナキは傘の他に、質問をしたり、授業の内容を書き留めるために、ラーナンと鉄筆を持ってきた。


 カゥは、雨露に濡れた野原を見回した。


「さて、二人とも、ここいらで薬草を探してきてくれ。大体、一テュマン(一時間)たったら、見つかった見つからなかったは別として、戻ってこいよ」


 カゥに言われた通りに、ミナキたちは薬草を探し始めた。カヌトを手伝って、森で薬草を探したことはあるものの、この辺で探すのは初めてだ。ミナキはとりあえず、ロウとは反対方向に向かうことにした。


 ミナキは魔法薬学の授業は、基礎を学んでいる途中だ。それでも、ロウに負けてはいられないと思いつつ、下を向いて歩き出した。


 そこら中を歩き回ってみると、思ったよりも多くの薬草が見つかった。これも薬草だろうと、見当をつけたものまで、ミナキは持っていくことにした。カゥのほうを見ると、時間がきたのか、戻ってこい、という合図をしている。ミナキは土と露を払った薬草を、ラーナンに載せて運んだ。


 先にカゥのもとに走り寄ったのはロウだった。カゥはロウの差し出した薬草を草地の上に広げ、調べ出した。摘まんだ草を一目見るなり、カゥは噴き出す。


「おいおい、これは毒草だぞ。食べると腹を下すニルカという草だ。まあ、毒草も使いようによっては薬草になるけどな」


「ええっ!? おかしいなー」


 ロウは頭を掻いた。ミナキも思わず笑ってしまったあとで、ラーナンの上に置いた草が、本当に全部薬草なのか、不安になってきた。


 やがて、ミナキの番がきた。選り分けた草の中から、多分薬草だろうと、ミナキが当たりをつけたものをカゥが摘まんだ。はらはらするミナキを前に、カゥは笑顔になった。


「これは、薬草じゃないが、茶にするといい香りのするメムという草だ。持って帰ろう」


 メムが薬草でなかったのは残念だったけれど、その言葉はミナキの心を明るくした。ミナキはメムの名を、そっとラーナンに書き留めた。

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