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金鎖の解師  作者: 畑中希月
第二章 解師を目指す少年

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二 解呪の授業

 カヌトのもとでロウが学ぶようになって、ミナキには分かったことがある。それは、ミナキとロウの間に横たわる、今までに積み上げてきた知識と経験の差だ。


 魔法学を学び始めて半年足らずのミナキと、七歳から六年もの間、学んできたロウでは、そもそもの基礎が違う。カヌトも、二人を同時に教えるのは無理があると思ったようで、ミナキが得意な魔法図の授業以外は、授業を分けるようになった。片方が授業中の時は、片方が家事や自習をするといった具合に、今の生活は回っている。


 それでも、狭い家の中のことだ。お互いがどんな授業を受けていて、習熟度がどの程度のものなのかは、容易に知れてしまう。


 例えば、ロウは実技が得意で、ミナキが作るよりもずっと大きい火を出すことができる。彼が呪文を使えることを差し引いても、これは大きな違いだった。それに、ミナキがまだ教わっていない事柄を、ロウが易々と答えているのを聞いてしまった時は、心がざわついた。


 ミナキは悔しかった。学ぶ意欲は人並み以上にあるつもりなのに、ロウに後れを取っていることが。

 ある日、見かねたのか、カヌトが言った。


「ミナキ、こればかりは焦っても仕方がないよ。せっかく、魔法図の授業はついていけているんだから、基礎を固めていこう」


 心配してくれるのは嬉しい。だが、この言葉はあまり慰めにはならなかった。ロウは今の実力を手に入れるために、六年を費やしたのだ。魔法院出身の生徒が十八歳で一人前になることを考えると、今年で十五歳のミナキに残された時間は、そう多くない。そもそも十五歳といえば、娘にとっては結婚を考え始める歳だ。


(魔法がものにならないのなら、いっそナサーンに出て、奉公でもしようか……でも、口がきけないのに、雇ってくれるところがあるのかしら――ううん)


 弱気なことをつい考えてしまっても、それを頭から振り払うことができるのは、魔法を学びたいという強い気持ちがあるから、そして、教えてくれるのがカヌトだからだ。


 ミナキは気を取り直して、授業で学んだことを書きつけたラーナンを、読み直すことにした。


 そうして日を重ねたある日、ロウが授業を受けているところに、ミナキは居合わせた。片づけるべき家事も終えたミナキは手持ち無沙汰になり、分からないなら分からないでいいや、という軽い気持ちで、ロウのうしろに座り、授業に耳を傾けていた。


 それは、ミナキがまだ習っていない、解呪の授業だった。カヌトが何かをラーナンに書き、ロウの前に置いた。


「さて、この魔法図だが、どんな呪いがかけられていると思う?」


 ロウはラーナンを凝視し、たっぷり時間を置いたあと、苦り切った声で答えた。


「……分かりません」


「そうか。じゃあ、ミナキ」


 カヌトはミナキを手招きした。ミナキがロウの隣に座ると、カヌトは魔法図を指し示す。


「この魔法図を覚えているかい?」


 ミナキは魔法図をじっと見つめた。どこかで見た覚えのある魔法図であることは間違いない。やがて、記憶の畑が掘り起こされ、ひとつの明確な魔法図が頭の中に浮かび上がった。ミナキは自分のラーナンを持ってきて、鉄筆を走らせた。


『花瓶の魔法図ですね。花を枯れさせる呪いのかかった』


「そう、その通り。じゃあ、これを解呪するためには、どうすればいいのか、それも覚えているかい?」


 ミナキは考え込んだ。確か、カヌトは魔法図を構成する幾つかの文字を消し、解呪してから、新しい文字を書き加えて、花瓶をもとの機能に戻したのだった。ただ、あの時は、目の前で起こった不思議に気を取られてしまい、さすがに、カヌトがどの文字をどういじったかまでは、覚えていなかった。


(まずは、どの文字を消せばいいのか……)


 魔法図を見ているうちに、ミナキは違和感を覚え始めた。カヌトはよく、正確な魔法図のことを「美しい」と言う。しかし、この魔法図は、どこか歪な印象を受ける。つまり、美しくないのだ。

 ミナキは、配列がおかしいと感じた文字を、ひとつひとつ指差していった。


『さっき指差した文字を消していけば、解呪できると思います』


「ミナキ、これは覚えていたのかい? それとも、今、考えたのかい?」


 カヌトに問われ、ミナキは正直に答えた。


『今、考えました』


 カヌトの瞳に喜色が広がった。


「ミナキ、これからは解呪の授業も受けなさい」


 突然言われて、ミナキはびっくりした。


「どうして、今まで気づかなかったんだろう。魔法図の才能があるということは、解呪の才能もあるということなんだ。ぜひ、その才能を伸ばすべきだよ」


(解呪の才能……わたしに?)


 ということは、自分も解呪の才を磨いていけば、将来、解師(かいし)になれるのだろうか。


 さすがにその質問を、解師になりたいというロウの前でするのははばかられたけれど、ミナキは光明が見えたような気がした。


 魔法図と解呪、このふたつを中心に勉強していけば、もしかしてロウや魔法院出身の生徒に追いつくことができるのかもしれない。

 ミナキは明るい気持ちで、カヌトが描いた魔法図を見下ろした。




 一方で、ミナキがカヌトに褒められたことを、好ましく思わなかった者がいる。ロウだ。


(何だよ……これ見よがしに)


 ロウは解師を目指しているわりには、解呪の授業が苦手で、魔法院で友達や教師たちからよくからかわれていた。解師になる気なんてさらさらないくせに、自分より解呪が得意な同級生を見るたびに、屈辱を味わってきたのだ。その時の苦い気持ちが蘇ってきて、ロウは嫌な気分になった。


 まして、姉弟子とはいえ、どう考えても学んできた月日の浅いミナキに後れを取ったのは、癇に障った。

 解師ですらないヒョウ人の師匠のもとで学ぶことになって、鬱屈を抱えているロウにとっては、面白くないことばかりだ。


(大体、前に見たことのある魔法図なら、問題が簡単に解けるのは当然じゃないか)


「……ロウ、ロウ、聴いているかい?」


 ロウは、はっとした。カヌトが授業を再開したことに気づかなかったのだ。


「……すみません。聴いてませんでした」


 悔しさを押し殺しながら、ロウは謝った。新しい魔法図を描いたラーナンを指し示し、カヌトは言った。


「これからは、ちゃんと聴いてくれよ。この魔法図には、どんな呪いがかけられている?」


 それは、ごく初歩の、火が点かなくなる呪いがかけられた魔法図だった。

 さっきできなかったからといって、馬鹿にされている。思わずロウは激昂した。


「ふざけてるんですか! こんなの、低学年で習う魔法図でしょう!」


「ふざけていないよ。この魔法図は、確かに基礎中の基礎だが、それだけに重要なことが隠れている。……何だか分かるかい?」


 ロウには分からなかった。ふと、気になって隣を見ると、ミナキは大きな瞳をきらきらさせている。ミナキに目をやって、カヌトはほほえんだ。それは、今まで見たことのないカヌトの表情で、ロウはなぜか、胸の奥に風が吹き抜けるような寂しさを覚えた。


「ミナキは分かったようだね。でも、これはロウの問題だ。ロウ、時間がかかってもいいから、答えを出しなさい。手がかりは、見方を変えること、だ」


 ロウは口を曲げ、考え込んだ。


(そんなこと言ったって……)


 魔法図と睨めっこしながら、ロウはうなりそうになった。

 魔法図を見つめ始めてから、だいぶたった頃、ロウは脳裏に何かが浮かび上がってくるのを感じた。


「あ……!」


 その正体が、ロウには、はっきりと分かった。間違っていないだろうか、いや、間違っているはずがない、と思いながら答えを口にする。


「これは、空気を断つ魔法図です」


 静かに見守っていたカヌトが、笑顔になった。


「その通り。この魔法図にかけられているのは、空気を対象から遮断して、火が点かないようにする呪いなんだ。硝子灯なんかに、この呪いがかけられるとやっかいだが、これには別の使い方もあってね。火を使う部屋に、この魔法図を描いておいて、火事になりそうな時に発動するよう調整しておくんだ。実際、魔法院の実技室には、この魔法図が床に描かれていたんだよ」


「へえ……」


 六年間、実技室を使っていたのに、そんなことは教えられていなかった。カヌトの言葉を反芻しているうちに、ロウの中で疑問が湧いた。


「あの、空気を遮断したら、息ができなくなりますよね? 実技室の中にいる人たちの安全は、きちんと考えられているんですか?」


「大丈夫だよ。中にいる人たちが避難するだけの時間を置いて、発動するようになっているから。それに、窓が開いていても影響を受けないよう、何重にも対策が練られているんだ。全く、素晴らしかったよ、あの魔法図は」


 心底嬉しそうに語るカヌトの顔を、ロウはしげしげと見つめた。


 こんな風に、様々な角度から教える教師には、今まで出会ったことがない。カヌトへの反発は根強く残っていたものの、彼の授業をこれからも受けてみたいという欲求が、かすかにロウのうちに芽生え始めた。


(そうだ、どんな師匠に当たっても、最終的に解師になれればいいって、ここにくる前にも思ったじゃないか)


 父のような解師になる。その思いは、魔法院に入学した時から、ロウの中に確固としてあり、決して揺らぐことはなかった。




 ロウが弟子入りしてから十日がたった頃、カヌトとミナキは、初めて彼を連れてナサーンに赴いた。いつものように、まずシーリャの診療所にいき、順番が回ってくると、診療室にロウも連れていった。挨拶のあと、カヌトはロウをシーリャに紹介する。


「彼はロウ。協会経由でわたしの弟子になったんだ」


「まあ。あなたに弟子を任せるなんて、協会は何を考えているのかしらね」


 シーリャは、もう驚く気も怒る気も失せたという顔で述懐した。ロウはシーリャの美貌を前にして、少し緊張した顔をしていたが、「よろしくお願いします」と丁寧に挨拶をした。


 ミナキの診療に入る前に、カヌトはシーリャに頼み、二人だけで話す時間を取ってもらった。ミナキとロウが座敷に戻るのを確認してから、カヌトは口火を切る。


「ミナキの声が出なくなってから、もう半年がたつが……どうだい、君は治ると思うかい?」


「前にも言ったけれど、声を失う病は、いつ治るとは、はっきり言えない病気よ。ただ、ミナキさんは家でも発声訓練に真面目に取り組んでいるようだし、精神も安定しているから、いつ治ってもおかしくはないと思うわ。……カヌト、ミナキさんの将来について、考えてあげてる?」


「ああ。もし、このまま声が戻らなくても、わたしのもとで魔法具職人になる道もあるし、魔法図や解呪の才能を磨いて、協会の資格試験を受けて、専門職に就く道もあると思っているよ。ミナキは魔法図の理解力に優れているんだ。それに、ついこの間、解呪の才能もあることが分かったからね」


 カヌトが熱っぽく語ると、シーリャは珍しく、嬉しそうにほほえんだ。


「あなたもすっかり師匠ねえ」


「そうかな? ――ただ、ロウには解師になるというはっきりした目標があるんだが、ミナキはまだそういうものを見つけられていないようなんだ。魔法を学ぶようになってまだ日が浅いから、当たり前なんだけどね。どのみち、わたしは、彼女がなりたいものになれるよう、教えていくつもりだよ」


 カヌトはそう締めくくると、シーリャに礼を言い、席を立った。

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