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お城の床って冷たい

 俺は、というより俺たち全員は、結渚ちゃんの中から出てきた光景に見入っていた。

 呆然と。

 予想もしなかったその光景に、ただ、ただ、呆然と。

 結渚ちゃんと知り合って、まだ二日しか経っていない。

 だから、あまりよく知らないのは当然といえば当然だった。

 けれど、結渚ちゃんが笑顔の仮面の下に隠していたものは、俺には想像もつかないようなものだった。

 ずっと悩んでいたんだろうか。

 ずっと苦しんでいたんだろうか。

 結渚ちゃんだって、まだ子どもなのに。

 その小さな身体で、一人で戦っていたんだろうか。

 どうして俺は、気付いてあげられらなかったんだろう。


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。


 結渚ちゃんの弟が、蹴り飛ばされて、大声で泣く。

 泣きながら声を振り絞る。


「やめて……!」


 結渚ちゃんが叫ぶ。


「……ごめんね、ごめんね、ごめんね……」


 涙で震えた結渚ちゃんの声は、宙を漂った。

 違う。

 結渚ちゃんが謝ることじゃない。

 これ以上、苦しまなくていい。

 だから。

 俺は薄くて鋭い鋼の武器を手の平の上に出した。

 敵の手から出ている、あの光を止めなければいけない。

 俺は狙いを定めると、鋼の武器を敵の右腕に向かって飛ばす。


 スパン!


 乾いた音が響き、敵の右腕が床に落ちる。

 同時に結渚ちゃんを包んでいた光が消え、結渚ちゃんの心の中の光景も、俺たちの前から消え去った。


 ドサッ。


 結渚ちゃんの身体が床に落ちる。


「ことりんっ! 頼むっ!」


 俺はことりんに声をかけると、鋼のピザを出した。

 敵がゆっくりと俺の方を向く。

 またへんてこな攻撃をされる前に。

 俺は鋼のピザを敵に向かって飛ばした。

 俺の攻撃は敵の顔面に直撃し、


 ゴン!


 仮面に当たって心地よい音が響く。

 あれ……?

 今回の攻撃はさっきとは違って不意打ちでも何でもなかったから避けられるかと思ったけれど、鋼のピザは敵に直撃した。

 もしかすると、こいつ、スピード遅いんじゃないか?

 俺はさらに鋼のピザを出すと、二発目、三発目と攻撃を食らわせる。


 ゴン。ゴン。


 相変わらず心地よい音が響く。

 やっぱりそうだ。

 こいつ、遅い。

 床に落としてしまえばどうとでもなる。

 俺は鋼のピザを出すと、次から次へと敵に向かって飛ばす。

 四発、五発、六発。

 六発目が命中したところで、敵がふらふらと床へ落下した。

 そこへ剣を構えた麦穂と槍を構えた小町さんが駆け寄り、止めを刺す。

 仮面の敵は、小さな風の渦となって、その姿を消した。


「ことりんっ! 結渚ちゃんはっ!?」


 俺は床に倒れたままの結渚ちゃんと、結渚ちゃんを回復していることりんに走り寄った。


「回復はしたんだけどぉ……」


 けど、何だ?

 二人に近づくと、嗚咽が聞こえた。

 結渚ちゃんは床に倒れたまま、両手で顔を覆って泣いていた。

 細い肩が震えている。

 敵を倒した麦穂と小町さんも結渚ちゃんに近づいた。

 俺たちは結渚ちゃんを取り囲んだ。

 誰も、かけるべき言葉を持っていなかった。

 沈黙が俺たちを包んだ。

 泣かせてあげた方がいいというのが暗黙の了解だった。

 だけど。

 結渚ちゃんは今、一人じゃない。

 俺はジーンズのポケットを探った。

 確か、この中に。

 ……あった。

 ハンカチ。

 俺は結渚ちゃんのそばにしゃがみこむと、結渚ちゃんの手をどけて、ハンカチで涙を拭いた。


「なに……ひっく……ずるんでずが……」

「結渚ちゃんのせいじゃないから」

「……なにが……ひっく……でずが……」

「弟が死んだのって結渚ちゃんのせいじゃないから」

「まもれな……がっだのば……ひっく……あだじでず……」

「それでも、結渚ちゃんのせいじゃなから」

「あだじの……ひっく……ぜいなん……でず」

「……ごめん、気付いてあげられなくて。ごめん」

「おに……いぢゃん……ぐるじいでず……ひっく……」

「結渚ちゃんだってまだ子どもなんだからさ、おとなしく拭かれてろ」

「ごども……じゃない……ひっく……でず……」

「お子様なんだよ、お前は」


 ため息を吐きながら、麦穂もしゃがみこんだ。


「お子様じゃ……ひっく……ないです……」

「お子様でいいんだよ、まだ。お子様でいろ」

「それじゃ……ダメ……ひっく……なんです……」


 その言葉の意味は、さっき結渚ちゃんの心の中を見たから痛いほど分かる。


「結渚ちゃん」


 言いながら小町さんが結渚ちゃんのそばにしゃがみこんだ。


「繋人君が亡くなった責任を感じるかどうかは結渚ちゃんが決めることだと思うけど、一生背負う覚悟あるの?」

「一生……ひっく……背負い……ます……」

「分かった。繋人君のことは結渚ちゃんの心の中の問題だから、わたしたちがどうこうすることってできないし、多分何の役にも立たないと思うから、最後は結渚ちゃんがどうしたいかになると思う。だから、結渚ちゃんが一生背負うんなら、わたしたちはその想いを大事にする。結渚ちゃんが繋人君の分まで幸せになるのか、繋人君みたいな子を出さないために何かやるのか、そういうのも、結渚ちゃんがゆっくり考えて決めればいいと思う。心の中の問題じゃなくて行動するところなら、そこはわたしたちも協力できると思うから」

「……ひっく……はい……」

「でね、わたしも結渚ちゃんと同じだから、結渚ちゃんの考え方は否定しない。学歴って、ないよりはあった方がいいに決まってるから。けど、そのために毎日の生活を犠牲にすることなんてないから」

「でも……」

「今しかできないことを犠牲にすると、空っぽの人間になっちゃうから、ね?」

「……お兄ちゃんみたいに……ひっく……なっちゃうってことですか……?」

「おい!」


 そこで俺を引き合いに出すのはやめて。

 誰も気付いてないと思うけど、こっちだって地味に傷ついてるから。


「あたしは……全部捨てるって……ひっく……決めたんです。スタートラインに立つために……ひっく……いらないものは全部捨てるって……ひっく……決めたんです」

「……違うよ、結渚ちゃん」


 小町さんは小さく首を振ると、諭すように話す。


「人間はね、自分が捨てたって思ってるものに実は捨てられてるの。自分が捨てたものならまた拾えるけれど、捨てられちゃったらもう取り戻せないから」

「……いいんです、捨てられても。あたしが本当に取り戻したいものは……ひっく……もう永遠に戻ってこないんです」

「結渚の弟はぁ結渚にも笑ってて欲しかったんじゃないのぉ? 結渚のこと大好きだったんでしょぉ?」

「……そんな陳腐な言葉には……ひっく……騙されないです」

「なにこいつぅムカつくぅ。回復してあげたのにぃ」


 床に倒れていた結渚ちゃんは身体を起こすと、無理矢理笑った。

 結渚ちゃんの笑顔は寂しそうで、何かを諦めたようで、見ていて痛々しくなる笑顔だった。


「……子どもだと、何もできないんですよ」

「子どものうちじゃないとできないことだっていっぱいあるから、ね?」

「……でも子どもだと、下着買い取ってすらもらえないですよ」

「…………じゃ、俺が買うからっ!」

「「「「……………………」」」」


 時が、止まった。


「……響平、お前ちょっとそこに座れ。首跳ね飛ばしてやるから」


 言いながら麦穂が剣の先を俺に向ける。


「ち、違う! そういう意味じゃなくてっ!」

「じゃぁどういう意味なのぉ?」


 床に落ちていた包丁を拾うと、ことりんがその刃先を俺に向ける。

 刃物は人に向けてはいけないと小学校のときに習わなかったのだろうか。


「いや、あの、俺でもできることって何かないかなあって思って……」

「それが女の子の下着を買うことなのかな?」

「ひいっ!」


 小町さんが槍の先を俺に向ける。

 この人、目がマジだ。

 怖い。


「ごご、ご、ごめんなさい」


 命の危機を感じたので、とりあえず謝った。

 けど、言葉の選択を誤っただけでこの仕打ち。

 表現されたものじゃなくて意図を汲み取っていただきたかったのですが。


「お前は正座でもしとけ」

「……はい」


 麦穂に言われ、仕方なく俺は正座した。

 ジーンズ越しに床の冷気が伝わってくる。

 初めて知った。

 お城の床って、冷たいんだな。

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