死ぬ前にハードディスクの中を気にする人の気持ちが分かった
専務の次郎さんの遺体処理をヤスさんにまかせて、俺たちは食堂に集まっていた。
部長の三郎さんと夏子さんは部屋に戻っているままのようで、食堂には俺たち五人の他には誰もいない。
「結局、専務さんが犯人だったね」
「無事解決ですよー」
「難しい事件だったな」
「ことりん疲れたぁ」
何だ、この事件解決しました、よかったよかったみたいな空気。
「ちょっと待て」
「何ですかー? お兄ちゃん、あたしにも頭踏んでもらいたいですかー?」
「あれは忘れてっ!」
これ、もしかしてずっと言われるんだろうか。
大失態だ。
「あのさ、事件解決してなくない?」
「でも、真犯人の専務さん、自殺したよね?」
「遺書もあったしぃ」
「これで終わりじゃないのか?」
どうしてそうなる。
「今朝の話だとさ、専務さん一人じゃ鉄アレイ振り回せないから犯人じゃないって話じゃなかった?」
「そういえばぁそんなような話あったかもぉ」
「それに、これで終わりだったら俺たちが初めの部屋に戻されると思うんだけど、まだこの島にいるままだし、シフォンさんも来ないし」
「響平、お前は別の人間が犯人だと思っているのか?」
「別の人間っていうか、一人しかいないだろ?」
「誰なの? 響平君?」
「ヤスさん」
「お兄ちゃん、何でそんなにヤスさんが好きなんですかー?」
「別に好きじゃないから!」
「でも響平君、初めからずっとヤスさんにこだわってるよね?」
「だってヤスさん初めから動機ありましたよ? 突っ込んだら露骨に動揺してましたし」
「響平、お前はあれだけで犯人だと決め付けるのか?」
「けどさ、ここにいる人で鉄アレイ振り回せるのってヤスさんくらいじゃね?」
俺の言葉を聞いて、みんな少し沈黙した。
「……それもそうかもしれんが」
「響平君、何か証拠でも見つかったの?」
「さっぱりです」
「じゃぁダメなんじゃないのぉ?」
「でも、他にいなくない? しかもさ、この島にいる人でちゃんと顔がついてるのって、ヤスさん一人だけだし」
俺の言葉でみんながまた沈黙する。
全員がヤスさんだけに顔がついている理由を考えたが、何も思い浮かばないようだった。
「響平君、ヤスさんが犯人だとしたら、どうやって密室にしたと思う? 専務さんが犯人ならマスターキーがあるからあっさり解決するけど」
「あ、俺もそれ昨日の夜から悩んでるんですよ。どうやって密室にしたかじゃなくて、どうして密室にしたかですけど」
「密室にした理由ってこと?」
「はい。俺、推理小説とか読まないんで分かんないんですけど、密室にするのってどうしてなんですか?」
「うーん……。推理小説とかだと主人公側の探偵とか警察とかが犯人と対立するっていう構図の前に、読者vs作者って構図があるから、読者に見破られないようなトリックを考えるってのが大きいと思うけど、現実の密室殺人なんて、ねぇ……」
「何か犯人側の事情ってないんですか?」
「密室だと犯行自体が不可能になるから自殺として処理してもらえるっていっても、防御創とかあったら怪しまれるし、犯人が自分の犯行は不可能だってアピールするためっていっても、警察が怪しい人を別件逮捕して拷問まがいの取調べして自白させちゃえば起訴して有罪にできちゃうし……。手間がかかるだけでメリットなさそうだよね」
「……ないんですか?」
「わたしが思い浮かばないだけかもしれないけど」
「実はそれでもう一個疑問があるんですけど。あれって本当に密室だったと思います?」
「え?」
「いや、だって、昨日みんなに話聞きましたけど、密室だって言ってるのってヤスさんだけですよ?」
「でもぉ部屋の鍵開けたの専務さんでしょぉ?」
「その時は閉まってたんじゃないかって思う」
「どういうことですかー?」
「ヤスさんが社長さんを殺した後、部屋を出て鍵をかけて、専務さんにドアに鍵がかかってるって言いにいったんじゃないかってこと」
「社長の部屋の鍵ってぇ机の上にあったんでしょぉ?」
「俺たちがその話聞いたのってヤスさんからだっただろ? しかも、ヤスさんと専務さんが社長が死んでるのを発見してすぐに、ヤスさんが専務さんに春子さんの様子を見に行って欲しいって言ったわけだし。だから、専務さんが部屋から出てってすぐに社長の部屋の鍵を机に置いたんじゃないかって」
「……一応、筋は通るね」
「ただ、やっぱり問題はあるんです」
「何かな、響平君?」
「これだと、結局密室にした理由がよく分からないんです。社長さんが死んでるって専務さんに言いに行けばよかったわけですし」
「そんなのぉ社長を殺してて時間がかかっちゃったからぁ言い訳するために密室だったことにしたんじゃないのぉ? 廊下から声かけたとか電話かけたとか言ってたしぃ」
「あー、ことりんちゃん、それはあるかもね。そのまま社長が死んでるって言いに行ったら、15分もの間何やってたんだってことになっちゃうけど、密室だったら一応言い訳できるし」
確かに、それなら密室にした理由が分からんでもない。
「おい、響平。お前の話だと、春子さんはどうなるんだ? ヤスさんが殺したのか?」
「あ…………」
しまった。
忘れてた。
何かいたな、そんな人。
「犯行現場を見られたから口封じに殺したとかじゃないですかー?」
「それでぇ罪を春子になすりつけようとして死体を隠しておいてぇ今朝海に投げ捨てたとかぁ」
「けどさ、春子さんって首絞められて殺されてたんだろ? 何でそっちは鉄アレイじゃないの?」
「犯行現場をケータイで撮影されてたとかじゃないのか。それで鉄アレイを放り出して、春子のケータイを奪おうとした。しかし抵抗されたので、そのまま首を絞めて殺した」
「じゃ、春子さんのケータイに証拠入ってるのかな?」
「でもぉケータイ水没しちゃってるしぃ」
「春子さんがケータイのプロだったら、首絞められる前に自分のパソコンに動画転送してるんじゃないですかー?」
んな無茶な。
「さすがにそんなの無理だろ」
「響平、できないのぉ?」
「ことりんできるの?」
「普通の女子高生はそれくらいできるけどぉ」
絶対嘘だ。
「麦穂もできるの?」
「私なら先に犯人倒すけどな」
こいつに聞いても無駄だった。
「じゃ、春子さんのパソコン見てみよっか? 響平君、昨日パソコンの中見てないよね?」
「見てないですね」
「お兄ちゃん、サボっちゃダメって言ったじゃないですかー」
「俺のせいじゃないだろ」
俺たちは食堂を出て春子さんの部屋へと向かった。
春子さんの部屋に着くと、早速俺は春子さんのノートパソコンを立ち上げた。
メールソフトを開くと、何通かメールが届く。
その中に昨日の午前9時10分に届いていた添付ファイル付きのメールがあった。
まさかと思ってメールを開くと、そのメールには本文もタイトルもなく、動画ファイルが添付されているだけだった。
春子さん、マジで死に際に自分のパソコンに動画を送ったのか。
目の前で人が殺されてたら、驚くなり止めるなり悲鳴あげるなりするのが普通で、動画を撮影して転送しようなんて考えにはならない気がするんだけど。
でも、漫画とかで殺人事件にたくさん遭遇する人たちも、人が死んでも何とも思わなくなってそうだし、意外とそういうものなのかな。
「動画開くけど、いい?」
俺はみんなに声をかけてから動画を開いた。
そこに映し出されていたのは、ヤスさんがベッドの上に寝転がっている社長の頭を、何度も何度も鉄アレイで殴り続けるという、よい子にはお見せできないような映像だった。
「痛そうですー」
「こんなのされたら普通死ぬよねぇ?」
「ことりんちゃん、社長さん死んでるから、ね?」
「鉄アレイを凶器にしやがって。ヤス、お前も死ね」
社長さんが事切れて、ヤスさんが呆然としているところで映像は終わっていた。
この後、春子さんもヤスさんによって殺されてしまったんだろう。
「これって、何で春子さんはヤスさんを止めようとしなかったんだろうな」
俺は率直な疑問を口にした。
「春子さんも社長さん恨んでたとかじゃないですかー?」
「でもぉみんな社長はいい人だったって言ってたでしょぉ?」
「春子さんも社長さんを恨んでたんなら、ヤスさんが春子さんを殺す理由もなさそうだしね」
「ヤスを殴って聞いた方が早いんじゃないか?」
ヤスさんを殴る必要性が分かりません。
「響平君、ヤスさんが社長さんと春子さんを殺したってのは分かったんだけど、専務さんもヤスさんが殺したってこと?」
「俺と麦穂がこの部屋で三郎さんの見張りをしてたときに、隣のヤスさんの部屋で人が出入りする音が何度か聞こえたんです。あと、一度三郎さんの部屋に行ったときに、専務さんらしき人影が階段を降りていくのも見えました。だから、専務さんはヤスさんに呼び出されて殺されたんじゃないかと思います」
「お兄ちゃん、麦穂お姉さまに頭踏まれてただけじゃなかったんですねー」
「それは忘れてっ!」
「でもぉ専務さんの方は何か証拠あるのぉ?」
「ああ、それなんだけどさ、ヤスさん何故か遺書を食べただろ? あれって自分で書いたから筆跡でバレるって思ったんじゃないかって」
「あれはお腹がすいていただけだろう」
「お腹すいてても紙は食べないだろ」
「響平君、女の子はね、ダイエットしててお腹がすいたら紙でも食べたくなるときがあるんだよ?」
「ヤスさんダイエットしてるようには見えませんよ?」
「ヤスさんの前世が山羊だったとかじゃないですかー?」
知らねえよ、そんな設定。
「うーん……。じゃ、専務さんの部屋に行って専務さんの筆跡が分かるものでも探そっか? 何かあるかもしれないし、ね?」
小町さんに言われ、俺たちは春子さんの部屋を出て専務さんの部屋へと行った。
部屋の中を探し回るまでもなく、机の上に専務さんが書いたらしきメモが置いてあった。
『くおえ! くおえ! くおえ! くおえうえーーーるぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ……ああ……あっあっー! あぁああああああ!!! くおえくおえくおえうえーーーるぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ……くんくん
んはぁっ! くおえ・うえーーーるたんの金色ブロンドの髪をクンカクンカしたいお! クンカクンカ! あぁあ!!
間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! カリカリモフモフ……きゅんきゅんきゅい!!
けんさくけんさくって言うくおえたんかわいかったよぅ!! あぁぁああ……あああ……あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!!
新春キャンペーンCM放送されて良かったねくおえたん! あぁあああああ! かわいい! くおえたん! かわいい! あっああぁああ!』
「「「「「……………………」」」」」
おい。
どうすんだよ、この空気。
専務さんも、とんでもないものを残して逝きやがって。
「な、何ですかー、これー?」
「意味が分からんな」
「ポエムぅ?」
「ラブレター……なの……か……な……?」
死ぬ前にハードディスクの中を気にする人の気持ちが初めて分かった。
これは確かに、死んでも死にきれん。
残された遺族もこんなの発見したら、お盆だからって帰ってこないで! 魂になってもお断り! みたいな気持ちになるだろうな。
俺も元の世界に戻ったら、ハードディスクの中を整理した方がいいかもしれない。
誰かに見られたら恥ずかしいものがいろいろ入ってるし。
でも全部削除したくないから、パスワードかける方法とか調べた方がいいのかな。
こういうのを目の当たりにすると、いざというときの備えって大事だなあとしみじみ思う。
文章の中身に触れると微妙な空気にしかならないので、俺は本題に入ることにした。
「あのさ、書いてある意味はよく分かんないけどさ、とりあえず達筆じゃない? さっきの遺書と違って」
「確かにぃ字はキレイだよねぇ」
「机バンバンするくせに字がキレイって気持ち悪いですー」
「さっきのはさっぱり読めんかったからな」
「でも、こういうので達筆だと逆に恥ずかしいよね?」
専務さんも、何でもうちょっとマトモなものを残しておいてくれなかったんだろう。
これを証拠として突きつけるのはこっちが恥ずかしい。
「でもさ、これで遺書が専務さんが書いたものじゃないってことは分かったな」
「待て、響平。この紙が専務さんの筆跡だという証拠はあるのか?」
言われてみれば。
別人が書いた可能性も…………ないよなぁ、こんな恥ずかしいの。
「これぇ三郎か夏子に見せてぇ専務の字か聞いてみればいいんじゃなぁい? 恥ずかしいけどぉ」
「これ証拠として使うんなら、やっぱりそこは確かめなきゃだよね。恥ずかしいけど」
「これが専務さんの字ならこの紙もヤスさんに突きつけることになりそうですー。恥ずかしいですけどー」
「これが専務の筆跡なら証拠は全部そろうな。最後がこれなのは恥ずかしいが」
「じゃあ俺さ、春子さんのパソコン持ってくから、これが専務さんの字だったらこの紙とパソコンをヤスさんに突きつけてみる?」
「そうだね。二時間サスペンスだとこういうの突きつけられたら、あとは犯人がペラペラ勝手にしゃべるしね」
「あたしは初めからヤスさんが怪しいと思ってたんですよー」
「ことりんもぉ」
「どう見てもヤスが犯人だったな」
「初めからおかしかったよね」
おい、お前ら。
「ちょっと待て」
「何だ、響平」
「何だじゃねーよ。お前らヤスさんは犯人じゃないって言い張ってただろ」
「敵を騙すには味方からって言うでしょぉ?」
「お兄ちゃんって味方だったんですかー?」
「敵だな」
「響平君もわたしたちに騙されてたってことでいいんじゃないかな?」
……もうそれでいいです。




