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戦闘準備

 ジョブを選んだら、ジョブに合わせて見た目が変わった。

 剣使いの麦穂は中世の騎士風。

 手には大きな剣。

 鎧を見にまとい、青いマントをたなびかせるその姿は騎士のように見えなくもない。


「動きづらいぞ、この格好。動きやすさを考えたらジャージでいいんだが」


 槍使いの小町さんも中世の騎士風。

 ただし、こちらは鎧ではなく、胸当てにスカート。

 手には槍。

 赤いマントを身にまとっている。


「スカートひらひらするし、パンツでよかったんだけどな」


 火使いのことりんは、何故か赤いジャージ。

 手には竹刀。


「ちょっとぉ、何でことりんこんな格好なのぉ? もっとかわいい格好がよかったのにぃ」


 魔法少女の結渚ちゃんは、ピンクのふりふりの衣装。

 手には先端に星のついたマジカルステッキ。


「えへへへー。かわいいですー」


 癒し系の俺はというと。

 白衣。

 手にはメス。

 そりゃ、現実世界ではお医者さんの出番かもしれないけれど。

 どうやってこの格好で戦うんだろう。


「皆様、準備はよろしいですか? それでは、ゲームを開始します」


 シフォンさんが俺たちに声をかける。

 ゲームが始まってしまったが、俺はシフォンさんに質問した。


「シフォンさん、これ、どうやって回復するんですか?」

「癒し系の方は、『手術』と叫びながら回復させたい人に向かってメスを振ると、相手を回復させることができます」

「しゅ……!? 『手術』って叫ぶんですか!?」

「はい」


 かっこ悪いなんてレベルじゃないぞ。

 っていうか、何でそれで回復するんだよ。


「シフォンさぁん、ことりんもいいですかぁ?」

「はい」

「ことりんはぁ、どうやって火の魔法使うんですかぁ?」

「熱い言葉を叫びながら竹刀を振ると、竹刀の先から火が出ます。言葉の熱さと気持ちの込め方に応じて、火の強さも変わります」

「ちょ……ちょっとぉ、何それぇ? やだぁ」

「琴奈、お前、向いてないんじゃないのか?」

「ことりんはぁ、麦穂と違って脳みそ筋肉じゃないのぉ。そんなのできるわけないでしょぉ?」

「ヌルい人生送ってきたツケだ」

「まぁまぁ、おばさんたちー。シフォンさーん、あたしはどんな魔法が使えるんですかー?」

「魔法少女は、ご自身の魅力が通じる相手に向かってマジカルステッキを振ると、その相手が豚になります」

「ぶ、豚ですかー?」

「はい」


 何で豚なんだろう。

 結渚ちゃんは露骨に不満そうな顔をする。

 シフォンさんの話に疑問を抱いたので、俺はシフォンさんに聞いた。


「結渚ちゃんの魅力が通じない相手だとどうなるんですか?」

「何の効果もありません」


 結渚ちゃんはさらに不満そうな顔をして口を尖らせる。


「べ、別にいいですけどー。あたしの魅力が通じない相手なんているわけないですしー」

「結渚、お前の魅力が通じる相手の方が少ないだろう」

「結渚が豚にできるのなんてぇ、せいぜい響平くらいじゃないのぉ?」

「あ、あの、シフォンさん!」


 慌てた様子で小町さんが聞く。


「敵が豚になるってことは、ダメージは与えられないんですか?」

「はい。豚になるだけです」

「…………」


 小町さんは槍を握ったまま、明らかに困った表情を浮かべた。


「小町さん、これ、俺が思ってたのと違うんですけど、どうするんですか?」

「うーん……。わたしもちょっと思ってたのと違うかな……」


 そりゃそうだ。


「ゲーム始まっちゃいましたし、とりあえず一回やってみますか? どんな敵がくるかも分かんないですし、相手の特徴をつかんでから対策を練ってやり直せばいいですし」

「そうだね、これじゃクリアできそうにないしね」


 というわけで、俺たちの一回目の挑戦が始まった。


「どうするんだ? 敵がいるところに打って出て、片っ端から倒せばいいのか?」

「敵ってみんな玉座に来るんだからぁ、ずっとここで待っててぇ、来た敵を順番に倒せばよくなぁい?」

「それだと次から次へと敵が攻めてきて、囲まれてあたしたち全滅ですよー」

「でも、敵を倒しに行って、わたしたちがいない間に玉座制圧されても負けだから、ね?」

「誰か一人残していけばいいんじゃないか?」

「誰残すのぉ?」

「一番使えない人じゃないですかー?」


 みんなの視線が俺に集まる。

 こっち見るの、やめて。

 泣きそう。


「え……っと、でも、ね? 響平君て一応回復役だから、ね? 確かに一番役に立たないと思うし、むしろ邪魔になるだけかもしれないけど、それでも一応回復役だから、ね?」


 けなしてるのかフォローしてくれてるのか、どっちなんですかっ!?


「あ、あのー……」


 おずおずと俺は手を上げる。

 ステータスが低いということは社会的地位も低いということを意味し、したがって、俺に発言権があるのかどうかすら怪しく感じてしまうので、堂々と意見を言う勇気がわかない。


「多分、今回は勝てないと思うので、城のマップを調べたり敵にどんなのがいるのかを調べるためにも、積極的にいろいろ回った方がいいかなーって思うんですけど……」

「まぁ、それもそうだね。じゃ、部屋から出ていろいろ回ってみよっか?」


 小町さんにうながされて、俺たちは玉座から離れ、扉へと向かう。


「お兄ちゃん」

「ん?」


 途中で結渚ちゃんに声をかけられたので、俺は結渚ちゃんの方を向いた。


「えいっ!」


 結渚ちゃんが俺に向かってマジカルステッキを振る。


「!?」


 マジカルステッキの先から光がほとばしり、まばゆい光が俺を包み――


「ぶひっ!?」


 俺の目の前には、巨大な足があった。

 よく分からないまま顔を上げると、そこには巨大な結渚ちゃんがいた。

 あのちぴっこい結渚ちゃんが、半端なく巨大になっている。

 今にも進撃してきそうな恐怖を感じる。

 何が起こったのかさっぱり分からない。


「うわー。お兄ちゃん、本当に豚になってますー」


 まさか。

 俺は自分の身体を確認して、ようやく状況が飲み込めた。

 結渚ちゃんに豚にされたらしい。

 俺の目の高さが結渚ちゃんのくるぶしくらいということは、豚になると同時に身体も縮んだということだろうか。

 ……って、子豚になったってことかー!


「ぶひっ! ぶひぶひっ!」

「ぶひぶひ言ってますー。気持ち悪いですー」

「ぶひー!」


 俺の言葉は豚語にしかならず、意思疎通ができない。


「こらこら、結渚ちゃん、豚さんをいじめちゃダメでしょ。ね?」

「ぶひっ!」

「やだぁ。ぬいぐるみみたいでかわいぃ」

「ぶひひっ!」


 ことりんが俺の身体を抱きかかえる。


「琴奈、忘れてないか? 結渚の魔法は結渚の魅力が通じる相手にしか効果がないんだぞ」

「…………」


 麦穂の言葉を聞いて、ことりんの俺を抱きかかえる手に力が入る。


「ぶっひー!」


 苦しいと伝えようとしても、豚語にしかならない。


「ことりんもぉ、敵と戦う前にぃ、ちゃんと火が出せるか練習しておいた方がいいかなぁ。ちょうど焼き豚作れそうだしぃ」

「ぶひっ?」

「奇遇だな。私も剣の切れ味を確かめたいところなんだ。ちょうど焼き豚もできそうだし」

「ぶひひっ!?」


 ヤバイ。

 殺される。

 俺はことりんの腕の中で暴れ、何とかことりんの腕から逃れたが、そのまま床に落下して、床を転がった。


「ぶひっ! ぶひひひっ!」


 床に身体を打ちつけて、思わず豚語で悲鳴がもれる。


「ぶひっ!」


 さらなる衝撃が俺のお腹に加わった。

 見上げると、仰向けになった俺のお腹を巨大な結渚ちゃんが巨大な足で踏みつけていた。


「ぶひぶひうるさい豚さんですねー。シフォンさーん、この豚って元に戻るんですかー?」


 結渚ちゃんが、玉座の近くに立っているシフォンさんに声をかける。


「もう一回ステッキを振ると戻りますよ」

「そうですかー」

「…………」

「…………」


 え?

 それで終わり?

 元に戻してくれないの?


「ぶひっ! ぶひぶひっ!」


 俺は結渚ちゃんの足の下で結渚ちゃんに呼びかけ、元に戻してくれるようアピールするが、豚語のおかげで伝わりそうにない。


「豚さーん、元に戻して欲しいですかー?」

「ぶひっ!」

「でも魔法使うとHPが減っちゃうから、何の見返りもなしに魔法使うわけにはいかないんですよー。一億円くらいくれたら、あたしのHPを削って元に戻してあげてもいいんですけどー」

「……ぶひっ?」

「あと、元の世界に戻ってからも、あたしの忠実な手下として、あたしの言うこと何でも聞くんなら元に戻してあげてもいいですけどー」

「ぶっひー!」


 いくら俺が豚になってるからって、さすがに調子に乗りすぎだ。

 この子にはちゃんとした教育が必要だ。


「分かりましたかー?」


 言いながら、結渚ちゃんが俺のお腹をぐりぐりと踏みつける。

 痛い。

 ごめんなさい。

 教育だなんて俺の方こそ調子に乗ってました。

 ……あれ?

 痛い……?

 何で……?


「結渚ちゃん、ストーップ!」


 俺のお腹を足でぐりぐりと踏み続けている結渚ちゃんを、小町さんが止めに入る。


「何ですかー、小町お姉さまー? 今豚さんを調教中なんですよー」

「でも、豚さんのHP、さっきから減ってるから、ね?」


 嘘?

 マジで?


「本当だ。HPが87になってるな」

「おかしいですねー。あたしに踏まれたら回復してもいい気がするんですけどー」

「とりあえず、焼き豚にするかどうかは後回しにして、まずはお城の中を探索しよ? ね?」

「仕方ないですねー。豚さん、続きは後ですよー」


 4人は俺を放置して、扉へと向かう。

 え?

 ちょ、戻してくれないの?


「ぶひ! ぶひひひっ! ぶっひー!」


 俺は結渚ちゃんに元に戻してくれるように呼びかけるが、やっぱり豚語のせいで伝わりそうにない。

 そんな俺を無視して小町さんが扉を開け、四人が出て行ったので、仕方なく俺もそれに続く。

 豚の姿のままで。

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