今度は野球ゲーム その9
マツローに感謝したい。
どうやら打てると楽しいらしく、バットになって140kmのボールに当たるという恐怖もいつの間にか消えたようで、みんな楽しく攻撃していた。
「バントじゃなくて、バット振ってボールかっ飛ばす方がよかったな。バントは地味すぎて性に合わん」
「ことりんもぉ、毎回バントの構えするよりはぁ、バット思いっきり振ってホームラン打てる方がいいなぁ」
「でも、フルスイングって空振りもけっこうするから、ね? 結渚ちゃんみたいにランナーとのコンビネーションで攻撃できる方が楽しいんじゃないかな?」
「エンドランだとライナー打つとダブルプレーになるかもしれないから、叩きつけるバッティングが多くなっちゃうんですよー。ライナー性のキレイなヒット打ちたいですー」
マービッシュに感謝したい。
ピッチャーの投げるボールになるときも、遊園地のアトラクション気分で、みんなで楽しく野球ができた。
「ことりんもぉフォークにすればよかったぁ。あのスピードでいきなりストーンて落ちるの絶対楽しいよぉ」
「あたしは空振りとれるボールにすればよかったですー。ツーシームだとけっこうバットに当てられるんですよー。バッターをきりきり舞いさせる方が絶対楽しいですよー」
「私はまっすぐで空振り奪ってみたいけどな」
「わたしはスローカーブでバッターのタイミング外すの楽しいと思うけど。ね?」
俺はというと、バットになる回数とボールになる回数を全員同じにして、試合が終わったら「全員平等ですからっ!」と土下座しようと思っていたが、みんな楽しく野球をやっていたので、みんながバットになった回数とボールになった回数を紙に書くのを途中でやめた。
試合は5回コールドで終わった。
26-0。
俺たちの圧勝だった。
ありがとう、マツロー。
ありがとう、マービッシュ。
ありがとう、日本のスターたち。
おかげさまで、みんなに恨まれなくて済みそうです。
というわけで、俺たちはまた、初めの部屋に戻ってきていた。
ゲームが終わって部屋に戻ったら、俺たちの服も元に戻っていた。
「えへへへー。い・っ・ち・お・く・え・ん♪ い・っ・ち・お・く・え・ん♪」
「ことりん、疲れたぁ」
「普段から身体動かさんからだろう」
「身体動かすしか能のない人に言われたくないんだけどぉ」
「まぁまぁ。運動したし、元の世界に戻ったら痩せてるかもしれないし、ね?」
小町さん、ここ異世界ですけどゲームの中なので、痩せてるってことはないと思います。
「小町さんはぁ、運動とかしてるんですかぁ?」
「大学生になると身体動かすことなんて滅多にないよ。一年生のときは体育みたいな授業もあったけど、二年生になってからなくなっちゃったし」
大学にも体育があるのか。
初めて知った。
「小町さんは部活とかサークルとか、そういうのはやってないんですか?」
「うーん……」
俺の質問に小町さんは何故か口ごもった。
「一応、入ってはいるけど、あんまり行ってないかな」
何かマズイことでも聞いたんだろうか。
コンコン。
ノックの音がして、シフォンさんが部屋に入ってきた。
ドアを抜けるとゲーム会場に飛ばされるのに、この人はいつもどこから来るんだろう。
「お待たせしました。皆様、ゲームはいかがでしたか?」
「楽しかったですー」
間髪を容れずに結渚ちゃんが答える。
「では、皆様には次のゲームに進んでいただきます」
「まだあるのぉ? ことりん疲れたぁ」
俺もちょっと不安になってきた。
確かめておいた方がいいかもしれない。
俺はシフォンさんに聞いた。
「シフォンさん、ゲームって全部で何個あるんですか?」
「いくつか、としか申し上げることができかねます」
「規則だからですか?」
「いえ。他の参加者との兼ね合いで、数が増えたり減ったりしますので」
「――それって」
今度は小町さんがシフォンさんに聞く。
「棄権したチームが多ければ、ゲームの数が少なくなるってことですか?」
「そうです」
「もしかして、最後の一チームになるまでゲームが続くってことですか?」
「はい、そうです」
「えぇぇ!? じゃぁ、いつまでやるか分かんないのぉ?」
「はい」
「勝ち残らないと一億円もらえないんですかー?」
「はい」
マジか。
マズイぞ、これは。
「皆様、どうされますか? 次のゲームへ進まれますか? ここで棄権されますか?」
いつまで続くか分からないゲーム。
どっと疲れが出てくる。
「全員一致です! ゲームやりますっ!」
俺たちの気持ちを確かめようともせず、威勢よく結渚ちゃんが答えた。
若いっていいな、元気があって。
だけど、現実問題として、俺には一回、元の世界に帰りたい理由があった。
俺はみんなに提案する。
「あのさ、一回帰りたいんだけど、いい?」
「どうしてですかー? 棄権なんて選択肢ないですよー?」
「いや、棄権するわけじゃないんだけど、けっこう時間経ってるから一回帰りたくて」
「響平、何かあるのか?」
「DVD明日までに返さなきゃいけないんだよ。延滞料とられたくないし」
「私は明日は休みだけど明後日部活あるから、次来れるかどうか分からんぞ」
「お兄ちゃん、一億円が手に入れば延滞料なんて気にしなくてもいいですよー」
俺の一億円が延滞料に消えたらどうする。
「うーん……。確かに、ゲームがいつまで続くか分からなかったら、みんな困るよね? 朝になって家にいなかったら、家族に心配されると思うし」
小町さんに言われて初めて気が付いた。
延滞料の心配よりも先に、元の世界で行方不明になっている自分の身を心配しなければいけなかった。
こっちに来てからけっこう時間が経っている。
元の世界では朝になっているかもしれない。
「それでしたらご心配には及びません」
俺たちの不安を鎮めるように、落ち着いた調子でシフォンさんが話す。
「ここは時間の流れが特殊な設定ですので、ここでの一時間は皆様の現実世界の二分程度にしか相当いたしません。ですので、ここで一日過ごされても、皆様のいた世界では一時間にもなりません」
「「「「「えええぇぇぇぇ!?」」」」」
驚きのあまり、俺たちは声をあげる。
どこまで都合のいい設定なんだ、この世界は。
「また、今回は皆様の身体はそのままで、精神だけをこちらにお呼びしておりますので、皆様のいた世界に皆様の身体は残っております」
「それって、わたしたち、元の世界では意識不明になってるってことですか?」
小町さんの質問に、
「はい」
とシフォンさんは肯定で返す。
身体がなくなっていたら、誰かが見に来たときに行方不明になっていて騒ぎになるかもしれない。
けれど、精神だけこっちに来ているなら、眠っていると思われて問題になる可能性が低いということだろうか。
……身体と精神って分かれることあるんだな……。
「あ、シフォンさぁん」
思い出したように、ことりんが質問した。
「どうして学校の制服なんですかぁ?」
そう言えば。
ここに来たとき、俺も同じことを思った。
すっかり忘れてたけど。
「今回は皆様の精神だけをお呼びしておりますが、何も着せないわけにもいきませんので、過去一週間で皆様がもっとも長い時間身にまとっていた服を、一人ひとりにご用意させていただきました」
そういうことか。
帰ってすぐパジャマに着替えてなくてよかった。
パジャマだったら寝てばっかりの人だと思われたかもしれない。
ただ、俺とことりんと結渚ちゃんが制服なのは分かるけれど、麦穂と小町さんの服はよく分からない。
麦穂だとジャージを着てる時間が一番長そうなイメージだし。
小町さんの場合は、私服で大学に通ってるだろうから、過去一週間の合計時間だとパジャマが一番長くなりそうな気がするんだけど。
とはいえ、いくら疑問に思っても、まさか本人にその辺りの事情を聞くわけにもいかないし、黙っておこうと思う。
「でぇ、響平はぁ、何のDVD借りたのぉ?」
「……ん?」
唐突にことりんから質問されて、俺は戸惑った。
「スポーツとかトレーニングとかそういうのか?」
「……いや……」
「映画か何かかな?」
「……そういうのでは……」
「DVDを違法コピーして海賊版作って売ってるとかですかー?」
「……えっと……」
「別にぃ隠すほどのことでもないでしょぉ?」
「……あの……何というか……生命の神秘についてというか……遺伝子の移り変わりについてというか……」
「……はぁ……」
大きなため息に続けて麦穂が言う。
「アダルトか」
「おいいぃぃぃ! 誤魔化してんだからぁぁぁ!」
「ごめんね、響平君! お年頃なのにそんなこと聞いちゃってごめんね!」
「小町さん! 謝らないでくださいっ! 哀しくなりますから!」
「響平が借りたのってぇ、どういうのぉ?」
「何聞いてんだよぉっ!? ことりんはっ!」
「そんなの児童ポルノに決まってるじゃないですかー」
「犯罪だから! そういうの!」
「じゃ、お前が借りたのはどういうのなんだ?」
「何で麦穂まで聞くんだよ!?」
「アブノーマルなのだよね?」
「小町さん、何で嬉しそうなんですかっ!? つーか、アブノーマルなのって何ですか!?」
「え!? 響平君、わたしにそれを言わせるの!?」
「ごめんなさいっ! 言わなくていいですっ!」
「じゃぁ、響平が思うアブノーマルって何なのぉ?」
「アブノーマルから離れろ!」
「私たちにとってはアブノーマルでも、お前にとってはノーマルなDVDを借りたってことでいいのか?」
「違うし! 何でそうなんの!?」
「お兄ちゃんにとって、児童ポルノはノーマルなんですかー?」
「もうやめて! 俺が悪かったから!」
失敗した。
映画借りたとか適当に言っておけばよかった。
「小町お姉さまー、お兄ちゃんが汚らわしいですー」
「見ちゃいけません」
「でぇ、どうするのぉ? もう一個くらいゲームやるのぉ?」
「私はかまわんぞ」
「時間のことも気にしなくてよさそうだし、ね?」
「一億円目指して頑張りましょー!」
こうして俺たちは、引き続き次のゲームへと進むことになった。




