今度は野球ゲーム その4
「お兄ちゃん、全然バットに当たりませんねー」
「これだから筋肉の足りない貧弱なヤツは」
「ことりんはぁせめてバットにくらいは当てて欲しいかなぁ」
「だったら、お前らがやれよおおぉぉ!」
「イヤですねー、あたしにできるワケないじゃないですかー」
「私もアレは多分無理だぞ」
「ことりんも無理ぃ」
何でこいつらは自分でやりもせずに文句ばっかり言うんだ。
「大丈夫だよ、響平君」
小町さんが慰めるように俺に声をかけてくる。
この中で常識人はやっぱり小町さんだけだ。
「まだまだチャンスいっぱいあるから。だから次も行ってみよ? ね?」
鬼畜じゃないですか……。
「じゃ、次も響平でいいな?」
話しながら、麦穂が強振のボタンを押そうとする。
「待った! やめて! 泣きそう!」
「お前、どんだけヘタレなんだ」
「あれは誰でも無」
俺の言葉を無視して、小町さんが強振のボタンを押す。
気付けば俺の意識はバットに移っていた。
小町さん、やっぱり鬼畜じゃないですか……。
俺の気持ちなど知るよしもなく、ピッチャーがボールを投げる。
俺はバットの身体を動かすが、やっぱりボールが怖い。
ボールが近づくのに合わせ、俺は反射的に目を閉じ――
「あれ?」
バットの身体が何かに触れたような気がした。
「ファール!」
審判がファールを宣告する。
当たった……のか……?
ベンチに戻った俺は小町さんに聞いた。
「今、俺当たりました?」
「当たってボール飛んでったよ」
「お前、自分がバットになってたのに分からんのか?」
「怖くて目閉じちゃったし。ボールが身体に触ったのは分かったけど、そんな衝撃なかったし」
「じゃ、本当に痛くないんですかー?」
「痛くはないみたい」
「だったらぁ、これからずっと響平でいいよねぇ?」
マズイ。
全部俺がやらされる。
何とかしなければ。
「ずっと俺がやってもいいんだけどさ、俺だと強振だからバットにあんまり当たらないんだよな。残念だな、ホント。勝つこと考えたら最初のバッターがミートして、次のバッターがバントして、得点圏にランナーが進んだらミートして、相手の守備隊形を見ながらバスターとかエンドランとかからめると試合に勝てる確率上がるんだけどな。俺一人じゃどうやっても勝てないんだよなあ」
話しながら俺はじりじりとベンチ最前列のボタンに近づいていく。
「待て。それなら強振はいつ使うんだ?」
「強振使うのは終盤で1点差とかでホームラン欲しいときくらいだな。出番なくてホント残念だな」
ボタンまであと一歩。
「……というわけで、麦穂行け!」
言いながら俺は勢いよくボタンを押す。
これで麦穂が…………あれ? 消えてない。
慌てて自分が押したボタンを確認すると、バントのボタン。
まさかと思ってベンチ内を見回すが、ベンチ内からはことりんの姿が消えていた。
「知らんぞ、私は」
「お兄ちゃん、畜生ですねー」
「ことりんちゃん、怒るよ?」
バッターボックスを見ると、熊のぬいぐるみがバントの構えをして立っていた。
……やべえ……。
そんな俺の気持ちはお構いなしでピッチャーがボールを投げ、さすがにバントだからバットに当たり、意表をついたセーフティバントではなく初めからバントの構えをしているから当然のように相手にバレバレで、ピッチャーゴロになりツーアウトが宣告される。
「うぅ……ひっく……」
泣き声に振り向くと、ベンチに戻ったことりんが泣いていた。
「お兄ちゃん、女の子泣かすなんて、とんでもないワルですねー」
「最低だな、お前」
「響平君、女の子泣かすのは人としてどうかと思うよ?」
「いや、あの……麦穂と間違えて……」
「私だったらいいとでも?」
「えっと……その……」
「……ひっく……響平……一生……ひっく……恨むから……ひっく……」
あぁ。
みんなの視線が痛い。
「……ひっく……すごい速いボールがぁ……ひっく……ことりんにぃ……ひっく……飛んできてぇ……ひっく……身体に……ひっく……当たってぇ……ひっく……」
「ことりんちゃん、怪我はしてないから落ち着いて、ね?」
「……ひっく…………ひっく……」
「いや、ほら、みんなで協力してやるゲームだからさ、順番にみんな……で……」
みんなの視線が突き刺さる。
こうなったら。
「よし! みんな一回ずつやろう! それならよくね? まずは結渚ちゃん!」
言いながら俺はエンドランのボタンを押す。
あ。
ランナーいないのにエンドランしてもしょうがなかった。
結渚ちゃんがベンチ内から消え、熊のぬいぐるみが空振りし、結渚ちゃんがベンチに戻ってくる。
結渚ちゃんは相変わらずニコニコしていた。
目以外は。
こんな顔の結渚ちゃんは初めて見る。
……って、結渚ちゃんに会ったのさっき初めてだけど。
ただ、会ったときから基本的にニコニコと笑顔を絶やさなかったから、目だけ笑っていないというこの表情は怖い。
結渚ちゃんは、俺に何か言いたそうな、でもあえて言わないといった感じの視線を送りつけてくる。
俺は努めて明るく振る舞うことにした。
「え……っと……。次は、小町さん!」
俺はバスターのボタンを押す。
ベンチ内から小町さんが消え、熊のぬいぐるみがバントの構えをし、ピッチャーがボールを投げるのに合わせて熊のぬいぐるみがバットを引きスイングをするが、あえなく熊のぬいぐるみは空振りに終わる。
ストライクツー! と言う小気味よい審判の声とともに、小町さんがベンチに戻ってきた。
小町さんの顔から、表情が消えていた。
小町さんから、どす黒いオーラのようなものが立ち上っているのを感じる。
怖い。
こんな小町さんは初めて見た。
……って、小町さんに会ったのもさっき初めてだけれど。
ベンチ内の空気がさらに重くなり、ことりんの泣き声だけが響く。
「さ、最後は麦穂……で……」
俺は声を震わせながらミートのボタンを押す。
声だけじゃなく、ボタンを押す俺の手も震えていた。
麦穂がヒットでも打ったら空気が変わるかと思ったが、あえなく麦穂も空振りし、3アウトでチェンジになった。
ベンチに戻ってきた麦穂は、無言で俺をにらみつける。
やべえ……。
どうしよう、この空気……。