第50話 拒絶の審問、夕暮れの共犯
地下の湿った冷気が、肌にこびりついて離れない。
六人は、地上から漏れ出る一筋の「生きた光」を求めて、崩れかけた石段を獣のような勢いで駆け上がった。
背負っていた重い採掘袋を、地下一層の踊り場へと無造作に投げ捨てる。
その結晶が放つ青い残光すら、今は疎ましかった。
「ドンドンドン!」
鉄の扉を、ユシャーンが拳で叩く。
「開けてくれ! 戻ったぞ!」
あえて落ち着き払った声を装っているが、その拳は微かに震えていた。
重い閂が外される。
眩い夕暮れの光と共に現れたのは、送り出す時と変わらぬ、無機質な表情のさっきの男ヤニンだった。
「……お前たち、早かったな。まだ日付も変わらぬ夕刻だぞ?」
「あ、あ、あれはなんなのよ! 説明しなさいよ!」
ストーリアは、乱れた息を整える間もなく、他の仲間が口を開く前に捲し立てた。
その赤い瞳には、地下五層(ERROR)で見た絶望が、まだ生々しく焼き付いている。
「『あれ』とは? ……何のことだ」
ヤニンは、眉ひとつ動かさずに問い返す。
「とぼけないで! あの異常なまでの広間、石碑のようにそびえ立つ扉……不気味な文字に、あの意志を持った青い霧よ!」
一気に言葉を叩きつける。
だがヤニンは、まるで見当違いな夢想を聞かされているかのように、小首を傾げた。
「お前たち……一体、どこまで行った?」
「5層よ!」
六人が、弾かれたように声を揃える。
「……ふむ。耳栓は、正しく装着していたのだな?」
一拍。
「ならば何も問題はない。おおかた、地下の薄い空気と魔力の残滓が見せた『幻覚』だろう。過去にも、ありもしない神殿や化け物を見たと言い張る者は絶えなかった」
「幻覚……?」
ストーリアの言葉が、乾いた音を立てて零れ落ちる。
あの奇妙なスペル。
指先に感じた結晶の拍動。
フェリオスを凝視していた霧の巨眼。
それら全てを、ヤニンは「酸欠の悪夢」として塗り潰そうとしている。
「ちょっと待っていろ。採掘成果を確認させる」
ヤニンは背後の部下たちに顎で指示を出し、暗い地下へと促した。
数分後。
戻ってきた部下の小声の報告を聞き、ヤニンは懐から報酬の入った袋を取り出した。
「確かに、ノルマ分はある。……取っておけ」
六人に袋が手渡された、その時だ。
「あ、あれは……幻覚なんかじゃねえ……!」
道中、誰よりも冷静だった流れ者バグダルが、喉の奥から絞り出すような声を上げた。
彼は報酬の袋を奪い取るように掴むと、
役人の瞳に宿る「底知れない虚無」に耐えかねたように、
ふらふらとした足取りで、夕闇の街へと逃げるように去っていった。
「…………」
静寂が降りる。
ヤニンは去り行く背中を追うこともなく、残された五人に冷徹な視線を向けた。
「皆、ご苦労であった」
一拍。
「……忠告しておくが、この場所で見たことはあまり他人に広めないことをお勧めする。狂人の妄言として、白い目で見られるのがオチだからな」
その言葉には、親切心など欠片もない。
――口外すれば、次はない。
無言の宣告だった。
五人は、思い思いの重い足取りで、その場を後にした。
「……さて、私は帰るわね。キミたちは宿でみんなが待ってるでしょ?」
ストーリアは、努めて明るく振る舞った。
このまま沈黙に飲み込まれれば、自分たちの正気まで地下に置いてきてしまう気がしたからだ。早くリールーにも報告したい。
「もう少しいいだろ? な、ストーリア」
ユシャーンが彼女を引き留める。
その声には、独りになることを恐れる子供のような縋りが混じっていた。
「僕も! ストーリアさんと、お酒飲みたいな!」
フェリオスが激しく同調する。
その笑顔、その声、その仕草。
何一つ変わっていない。
――だが。
ストーリアは、光に照らされたフェリオスの足元を、どうしても見てしまう。
夕陽を受けて伸びる影。
それが一瞬だけ、実体よりも遥かに巨大な「爬虫類の首」を想起させる動きで、石畳を這った。
「……そうね。わかったわ。ルミナスたちもきっと退屈している頃でしょうしね」
彼女は、自分の中に芽生えた確信という名のERRORを、心の奥底へと押し込んだ。
酒場の騒音の中に逃げ込めば。
あの地下五層の扉が閉まる音を、
忘れられるかもしれないと信じて。




