episode60 深層ダンジョン攻略
episode60 深層ダンジョン攻略
ゼノンに連れられてやってきたのは、模擬ダンジョン攻略で使われたダンジョンだ。
「…あの、どうしてここに?」
「強くなるから命賭けた方がいいからな。」
ゼノンはそう平然と言い放った。
エリオスはゼノンの言葉に共感を感じながらも不安が芽生えた。
「理論は分かりますけど、死んだらどうするんですか…?」
「そこで死ねばお前はその"程度"の人間だ。」
「っ…!」
ゼノンの冷たい言葉が耳に刺さり、足が震える。
ゼノンの目は本気だった。
これまでの学院生活で受けてきた悪意ある嘲笑とは違う。ゼノンの言葉にあるのは、純粋で、あまりにも残酷な「事実」への指摘だった。
「……分かりました」
絞り出すような声だったが、エリオスの瞳からは迷いが消えていた。
ここで引けば、自分は一生「落ちこぼれ」のままだ。カーレリア様から授かった力も、キアラルやエレナたちの期待も、すべてを裏切ることになる。
「さぁ、ここからは覚悟しておけ。」
目の前が崖で行き止まりで立ち止まった。振り返った。かと思えば…
ガッ…
「へっ…?」
エリオスの体が宙を舞った。ゼノンがエリオスを蹴飛ばしたのだ。
「指令は一つだ。生きて上がってこい。」
「待っ…!!」
そのままエリオスは最下層へ向けて落ちていった。
「…エリオス。貴様はそんなとこで死ぬ器じゃない。その力を、発揮してみろ。」
そういってゼノンは立ち去った。
「あぁああああああああああッ!!」
視界が激しく回転し、叩きつけられる暴風が鼓膜を震わせる。
崖の上、遠ざかるゼノンの影が豆粒ほどに小さくなった瞬間、エリオスを襲ったのは純粋な「死」の恐怖だった。
(死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ! この高さは絶対に助からない……!)
心臓が口から飛び出しそうなほどの浮遊感。
だが、底から吹き上げてくるのは、地上とは比較にならないほど濃密で、どろりとした淀んだ魔力の奔流だった。
その冷気が、エリオスのパニックに陥った脳を強制的に冷却する。
「……ッ、風よッ!!」
エリオスは空中で強引に体を捻り、掌を真下へと向けた。
内臓がせり上がるような衝撃を押し殺し、体内の魔力回路を全開にする。
ドォォォォン!!
落下の直前、エリオスの足元で爆発的な上昇気流が吹き荒れた。
風のクッションが強引に重力を相殺し、彼は地面を転がるようにして着地する。
「がはっ、……ごほっ、……はぁ、はぁ……っ!」
全身を打った衝撃で視界がチカチカと火花を散らす。
なんとか生きている。だが、そこは安堵を許される場所ではなかった。
「……なんだ、ここ……」
見上げた先には、ゼノンのいた崖はもう見えない。
周囲は紫がかった燐光を放つ苔に覆われ、空気は湿り、鉄錆のような血の匂いが鼻を突く。
模擬ダンジョンの中層までとは明らかに「格」が違う。ここは、学院が管理しきれていない領域だろう。
ギチ……ギチギチ……ッ!!
暗闇の奥から不快な音が響く。
エリオスが反射的に魔剣を掴むと、そこには赤く光る無数の「眼」が浮かび上がっていた。
「『岩狼』……!?」
模擬戦に出てくる個体とはサイズが違う。深層の魔力を吸い続け、異常な進化を遂げた変異種。それが、十数体。
(速い……!)
一斉に影が跳ねた。
エリオスは魔剣を振るうが、一体を弾いても、次の一体が死角から岩のように硬い突進を仕掛けてくる。
「くっ……火よ!!」
放たれた火炎が一体を包むが、魔物は怯むどころか、焼かれながらも殺意を増して突進してくる。
単発の、普通の魔術では、この深層の化け物には届かない。
「(ダメだ、これじゃ押し切られる……。
もっと、もっと出力を……!)」
脳裏にゼノンの冷徹な瞳が浮かぶ。
『そこで死ねばお前はその"程度"の人間だ』
「……ふざけるな。僕は、まだ何一つ……報いちゃいないんだ!!」
カーレリア様に授かった底なしの魔力。
そして、自分の中に眠る五つの属性。
エリオスは魔剣を正眼に構え、全ての回路を同時に接続した。
火が風を煽り、光が剣を研ぎ澄ます。
バラバラに放つのではない。剣の一振りに、五つの事象を同時に叩き込む。
「……【五重・連斬】ッ!!」
ズガァァァァァン!!
五色の閃光が、暗闇を白昼のように照らし出した。
ただの斬撃ではない。火炎の爆ぜる力、真空の鋭さ、そして光の浄化が混ざり合った「暴力」が、襲い来る岩狼たちを肉片へと変えていく。
「はぁ、はぁ……」
静寂が戻った深層。
エリオスは自分の手が震えていることに気づく。
それは恐怖ではない。自らの内側から溢れ出す、制御不能なほどの「力」への高揚だった。
「……生きて、上がってこい、か」
エリオスは真っ暗な通路の先を睨み据える。
崖の上まで続く道はない。ならば、この深層を食い破り、最奥から逆流してやる。
落ちこぼれのエリオスは、この日、本当の意味で死んだ。
今ここに立っているのは、死線を潜り抜け、自らの才能を自覚し始めた一人の「魔剣士」だ。
「見ててください、ゼノン先生。……すぐに、追いついてみせますから」
エリオスは返り血を拭い、暗闇の奥へと力強く足を踏み出した。




