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修正案  作者: 美濃由乃
2/2

待ち合わせ


 学校の最寄り駅。

 いつもと同じ時間に到着した私は、改札を出て近くの壁に背を預けて寄りかかり、鞄から取り出したスマホで時間を確認する。

 スミレちゃんが乗って来る電車が到着するまで、あと少し。

 相手より先に来て待っているのは、できる女の基本だ。

 今日もスミレちゃんを待たせることなく、先に来れたことにほっと胸をなでおろす。

 あとはスミレちゃんが来るまで、忠犬のように待機する。

 これが私の毎日の日課だった。

 私は壁に寄りかかったまま、時間を潰すためになんとなく通り過ぎて行く人たちに目を向けた。

 スーツ姿の男の人が腕時計を見ながら足早に通り過ぎる。

 私と同じ学校の生徒が何人かで話しながら歩いていく。

 綺麗な制服に身を包んだ小学生が不安そうな表情でうろうろしている。

 足取りのおぼつかない老人が改札でつまり、後ろから来た女性に悪態をつかれていた。

 ぱっと見ただけでも沢山の人がこの空間にいた。

 わずかな時間の間に、改札という駅の口から沢山の人が吐き出されたように出てきて、それと同じ分だけ他の人間が吸い込まれていく。

 まるで駅に与えられる餌みたいだ。

 沢山の人間を食べたエネルギーで駅は電車を動かす。

 次の駅で不要になった人間を捨てて、また新しい栄養分を持った人間を食べる。

 その繰り返しで駅は一日中電車を動かす。

 きっと満員電車に乗って降りた時に疲れ切ってしまうのは、駅に養分を吸われたせいかもしれない。

 なんて、くだらない思考に没頭していると、首筋に刺激が走った。

 ぢりぢりと熱い何かを押し付けられたような感覚。

 痛みとも不快感とも言えるその感覚の根本を辿るように視線を動かすと、通り過ぎて行く人達の間をぬって、反対側の壁を背にして立っている男と目があった。

 特に目立つところのない、スーツ姿の短髪の男が、瞬きもせずにじっとこちらを見つめている。こちらと目があってもそらそうともしない。

 こんな体験をしたら、誰しも少なからず恐怖を感じると思う。

 けれど、私は恐くはなかった。

 これも珍しいことではないからだ。

 私は毎日ここでスミレちゃんが改札から出てくるのを待っている。すると、視線を感じて、見るとあの男の人が立っている。毎日だ。

 男の人は何をするでもなく、ただ私を見てくる。

 気色悪いとは思うけれど、そのせいでスミレちゃんを待たずに先に登校するなんて考えられない。

 だから私は気にしないことにして、その場から動かない。

 スミレちゃんが来る頃には、男も知らぬ間に消えている。

 何も害はない。今日も気にせずに、私はその場から動かないままでいた。

 そのうちどこかに行くだろうと無感情に男を眺める。

 男もまだこちらを見ている。瞬きすらしない。

 私も負けずに見返す。瞬きをしたら負けた気になって、懸命に目を見開く。

 そのうち目が乾燥してきて涙目になる。視界がぼやけてきて、景色が歪んできた。

 通り過ぎていく人たちの輪郭がぶれて、二重になる。

 離れたところにいる男に至っては、ぶれが大きくて、顔が二つあるように見えてきた。

 目を細めてみる。やっぱり顔の横に、もう一つの顔があるように見えた。

 奇妙な感じだった。

 ぼやけているはずなのに、男の顔だけははっきりと二つ見えたのだ。

 瞬きもせず、ただただ真っすぐにこちらを見つめてくる瞳がはっきりと四つ見えた。

 そこだけぼやけないことが少し気になって、私は身を乗り出すように壁から背を離した――


「なにあいつ?」


 不意に視線が誰かの背中で塞がれて男が見えなくなる。

 誰かではない、この背中に、この声。誰かなど顔を見なくてもすぐに分かった。


「スミレちゃん!」


 嬉しくなって少し大きめの声になってしまった。

 スミレちゃんは私を隠すように立っていたけれど、少ししてからこちらを振り向いた。


「……いなくなった。あの男、アヤノのことじっと見てなかった?」

「う~ん、どうだろ? 気が付かなかった」

「はぁ、あんたホント鈍いんだから、変なのに絡まれないように気をつけなさいよ」


 私はとぼけてこたえた。

 スミレちゃんに余計な心配をかけたくなかったからだ。

 スミレちゃんは呆れたように息を吐いて頭を撫でてくれた。

 その自然な動作が様になりすぎていてかっこいい。

 それに何より、スミレちゃんが私を心配してくれているのが、まっすぐに伝わってきて、心配をかけたくないとは思いつつも、凄まじいほどの幸福感を感じた。

 そうだ、浸りすぎて大切なことを忘れていた。


「えへへ、ねぇ、スミレちゃん!」

「まったく、何よ?」

「おはようスミレちゃん。今日もいい天気だよ」


 変な男のせいでまだだった挨拶。

 スミレちゃんは呆れたようにしながらも――


「おはようアヤノ」


 少しだけ微笑んでいつもの挨拶を返してくれた。


 

 変な男が消えたことを確認してから、私とスミレちゃんは学校に向かうことにした。

 スミレちゃんはしばらく辺りを警戒してくれていた。

 嬉しかったけど、スミレちゃんに負担をかけたくなくて、いつも以上に話しをふることにした。

 本音を言えば変な男なんかより、私だけを意識してもらいたかっただけだ。

 心の中が嫉妬で黒く塗りつぶされていきそうになる。

 スミレちゃんの注意を引く見ず知らずの男が憎い。

 今までは放っておいたけど、明日会ったら、スミレちゃんが来る前にどうにかしようと思った。


「アヤノ?大丈夫?」


 よろしくない顔をしていたらしい。

 スミレちゃんが私の顔を覗き込んでくる。

 幸い、スミレちゃんは私が怖がっていると思ってくれたみたいで心配そうな表情をしていた。


「平気だよ! ありがとうスミレちゃん!」


 私はすぐに取り繕った。

 それからは、心配をかけないようにすぐに話題をそらした。

 他愛のない話しをしながら二人で並んで歩く。

 スミレちゃんは私よりだいぶ背が高い。

 私の身長はスミレちゃんの肩のあたりまでしかない。

 当然、歩幅も少なからず違うはずなのに、歩き続けても二人の位置がずれることはない。

 もちろんスミレちゃんが私に合わせてくれているからだ。

 ぶっきらぼうで口調が強いスミレちゃんだけど、こういう気遣いから本当の優しさが伝わって来る。

 もちろん私は気が付かないふりをして、いつもみたいに笑ってる。

 お礼なんか言った日には、顔を真っ赤にして否定してくるスミレちゃんの姿が、ありありと想像できるからだ。

 ふと横を見ると、太陽の光を浴びたスミレちゃんの栗色の髪が、淡く綺麗に輝いて見惚れそうになる。

 じっと見すぎると、スミレちゃんが眉間にしわを寄せてしまうのは既に経験済み。チラチラと横目で見る習慣は、もうしっかりと私の中に根付いている。


「そんなチラ見しないでよ」


 しっかりバレてしまっていた。


「ごめん。スミレちゃんかっこいいなぁって思ってつい」

「はぁ? なんで?」

「だって、さっき変な人から庇ってくれたから」

「あれは……誰だって庇うでしょ」

「そうかなぁ。なかなか出来ないことだと思うよ」

「……まぁ別にどっちでもいいわ」


 恥ずかしがってそっぽを向くスミレちゃん。

 いつものような他愛のないやり取り、けれど私にはどことなく違和感を感じるものだった。

 おかしなところは何もない会話。

 それでも普段からスミレちゃんを見ている私には、漠然と感じる何かがあった。

 まるでとても分かりにくい間違い探しの絵を見ているようだ。

 ぱっと見るといつもと同じ、でも違う部分は確かにあった。

 どことなく、寂しそうな空気を感じるのだ。

 今くらいだと、別に会話に支障が出るようなことはないし、他の人が聞いていてもまるで分からないことだとは思う。

 ただ私には、スミレちゃんのことをいつも考えている私には、その僅かな変化が気になっていた。

 心配するようなことではないのかもしれない。

 そういう日もこれまでには何度かあった。

 楽しそうにしていても、不意に寂しそうになる。

 たまにあったそういう日も、ここ最近いや、一月前くらいからは頻繁になっていた。

 今日もスミレちゃんはどことなくおかしいまま。

 そして段々とその変化は顕著になっている。

 スミレちゃんは何か心に秘めていることがあるのだと思う。

 私にはそれが気になっていた。

 何が私のスミレちゃんを悩ませて、苦しませているのか、今すぐにでも取り除いてあげたい。

 何がスミレちゃんの心を占めているのか、気になる。


 気になる。


 気になる。


 きになる。


 ウラヤマシイ。


 心の中で何かが渦巻く、スミレちゃんのことなら全てが知りたかった。

 スミレちゃんの心を占める何かが妬ましい。

 けれど、スミレちゃんはそれを隠そうとしている。なら私には無理に聞き出すことはできない。

 私にとってスミレちゃんの考えが一番だから。

 だから私は、何も気付かないふりをした。

 それに、私からは聞けない理由もある。

 だから私は、笑顔で汚い心の中を隠して、いつものようにスミレちゃんに寄り添った。

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