第二十四話 お嬢と執事 その七
男が座っていた。
その肩には鳩が、その手には広げた手紙があった。斥候に出している部下が送ってきた火急の連絡である。
男は手紙から顔を上げると、
「傭兵までもが返り討ちに合ったか……」
薄暗い部屋には幾人もの男たちがいた。どこからどう見ても堅気には見えない、いかにも盗賊といった風貌の男たちだ。
リザを狙っている反社会組織のボスとその取り巻きであることは言うまでもないだろう。
自由都市エンディミオンの平穏非ざる区域である、尻尾のない鼠地区。そこにあるつぎはぎが目立つ二階建ての家が、彼ら盗賊法人バンタム団のアジトであった。もちろんそれは当局には秘密であり、カモフラージュと税金対策のために軒先には宗教法人の看板が掲げられている。よくある手である。
ボス改め社長は大きなため息をついた。
「さすがは治安維持局局長の娘といったところか。我らバンタム団の手勢……外注とはいえ二度も返り討ちにするとは。おい、あのネクロマンサーと黒い女には黙っておけよ。失敗したことがあいつのバックに知られるとマズい」
自分たちの手の者を使えばもし失敗したときそこから芋づる式に組織が摘発されるやもしれない。しかし金で動く人間を使った結果がこのざまである。
傭兵に至ってはもしや戦うことなく降参した可能性もある。あいつらは金を払っているにもかかわらず命を張ろうとしない。危なくなればすぐに逃げるような輩だから。
ここまで来れば多少の危険を払ってでも、自分たちの手で決着を付けねばならない。
「社長、どうします?あいつらもうエンディミオン内に入ったころですぜ。俺たちでやりますか?」
「いや、今は止めておこう。わざわざ危ない橋を渡る必要などないからな。どうせあのあばずれはすぐにまた家出をする。その時に狙えばいい」
それもそうだな、と誰かが同意するとドっと笑いが巻き起こった。
――トントン。
彼らの笑いに割って入るように、いきなりノックの音がした。
アジト内は途端に静まり返る。しばらくしてまた扉を叩く音がした。
その場にいる全員が扉を注視し、次に社長の方を見る。
社長は団員の一人に目で合図を促す。対応しろ、と。
「どなたですかー?」
一瞬の沈黙。しかるのち、
「すみませーん。郵政局の者ですけどー。確定申告の書状をお届けに参りました。受け取りのサインをお願いします」
「はあ?うちは宗教法人だぞ」
「え?宗教法人?あれ……おかしいな。宛名はここなんだけどなあ……。大変申し訳ございませんが、一度ご確認お願いしてもよろしいでしょうか?」
団員がちらりと振り返ると社長が手をひらひらと振っている。さっさと受け取るなりなんなりして追い返せ、ということらしい。
「今出るから少し待ってくれ」
団員はため息交じりでドアを開けた。
瞬間、けたたましい音がした。社長を含め皆が入口の方を見る。
「あーすいませんね。たしかに宛名を間違えてましたわ――盗賊法人バンタム団宛でしたね」
白目を剥いて動かない団員を乗り越えて、抜身の剣を握った完全武装の男たちが押し入ってきた。魔術強化された板金鎧に描かれているのは都市十字。引き抜いている片手剣には赤い魔力の光が揺らめいている。
社長の顔色が青ざめたものに変わった。
「な⁉なんでここに都市警が!」
自由都市エンディミオン治安維持局警吏部隊、通称都市警。
巡察官たちを押しのけ、兜に意匠を凝らした指揮官と思わしき巡察官が前に出た。バシネットのせいで顔は伺えないが、漂う雰囲気は歴戦の猛者のそれである。
「そういう月並みな反応はいらないから。えー簡潔に罪状を述べるぞ。脱法薬草の販売ならびにモルゲン商会への強盗容疑、特殊詐欺、公文書偽造、要人誘拐未遂等々の件で任意同行を求める。従わない場合は強制執行を行うので……ふむ、従う気は毛頭ないようだな」
バンタム団の面々が呆気にとられて動けずにいるにもかかわらず、まるで初めからそうするつもりであったかのように決めつけた。
「いや、待ておれたちはまだ何も――」
指揮官が左手を前に出した。
「では、法による秩序と市民生活に掛けて――制圧せよ」
窓が蹴破られ、武装した巡察官がなだれ込んでくる。
あっという間にアジト内は大乱闘となった。
「くそっ!参事会の狗どもめ。どっからアジトの情報が漏れた⁉」
巡察官とダガーで鍔迫り合いをしながら社長が苦虫を数匹まとめて噛みつぶしたような表情をする。
「外注先は信じられるところか依頼人の情報が漏れないよう念書を書かせるんだな」
これ見よがしに一通の手紙を掲げ、せせら笑うように指揮官が告げた。
怒号と悲鳴が飛び交う中、団員の一人が巡察官の攻撃を掻い潜り窓から逃げようとする。しかしすぐさま無駄であることを悟る。
長槍や銃火器を持った巡察官によって建物がぐるっと包囲されているからだ。
連続した銃声とともに逃げようとした団員が、血を吹き出しながら屋内へと倒れ込んだ。
「所詮荒くれ、首魁以外生死は問わずだ。反抗するやつは主の元へ送ってやれ」
都市警の指揮官はそう命令するときびすを返した。あとは部下たちの仕事である。完全に包囲しているのだから万が一も取り逃すことはないだろう。
建屋から出て、指揮官がバシネットのバイザーを上げた。
重装備の都市警達のなか、一人だけ異彩を放つ筋肉質で大柄の男の元へと歩く。武器の類は一切持っておらず、代わりに樫製のパイプを吸っている。いかにも広域指定反社会勢力の首領のようなこの人こそ治安維持局局長鉄腕のキッドマンである。
「局長、危険ですのでこれ以上前に出るのは止めてください」
さすがに自分の娘が誘拐されかけたことで頭に来たのか、局長自ら陣頭指揮を執っている。指揮官からすれば不測の事態が起ころうものなら、と考えるだけで胃が痛くなってくる。
「いやなに、薄汚い手法で治安維持局の弱体化を狙うようなやつらだ。私自ら出向いたと知ればそうとう悔しがるだろうて。あと内外へのアピールだな」
嫌な性格だなあこの人、と指揮官は心の中でつぶやいた。間違っても口に出そうものなら羽虫を叩き潰すかのように物理的に潰されかねない。
「しかしまあよく摘発できましたね。つい最近まで根城がわかってなかったのに」
「計画通り手勢を押さえたからな。そこから辿れば半刻とかからず判明したわ。特にその書状が大きかったな。うちの娘からの書状が」
指揮官が差し出した手紙を受け取った。耐えようにも耐え切れず、およそ役人らしくない狡猾な笑みが口角に浮かぶ。
「もしかしてご息女が襲われることを想定してました?」
あくまで冗談である。少なくとも指揮官はそのつもりだった。
「もちろんだ。むしろ積極的に情報を流した」
冗談で済まされなかったみたいだ。
「……お言葉ですが、私も人の親。ご息女を囮に使うとはいやはや、局長という職に就くものは普通の子育てすらできなくなるものなんですな」
「それが都市の秩序を預かる者の宿命だ。親がこんな職なのだから遅かれ早かれ家族を狙う不届き者くらい出るだろう。しかし、たかだか傭兵ごときに後れをとるような育て方はしとらん。それに信頼できる使用人もおる」
精一杯の皮肉であったがそれが通じないほど、局長は本気で思っている。指揮官には一切理解できない考えであった。
同時に、家出したくなるの娘の気持ちも痛いほど分かる。
「まあ今回は……ふむ、どうやら腕のたつ護衛を雇ったみたいだな。しかも装甲傭兵団以来か、偶然にも懐かしく胡散臭い奴ときたものだ」
賊徒のアジトの特定に大いに貢献した手紙に書かれていた名前を思い出し、局長は体格に負けぬほど豪快に笑った。
拘束した団員を連れて巡察官がぞくぞくとアジトから出てくる。
「隊長、賊徒の首魁並びに幹部連中の身柄を確保しました。こちらにけが人はなしです」
巡察官にけが人は出ていないようだが、バンタム団の中には神の元へと行ってしまった者もいる様だ。そういった連中が最後に運び出されている。
「ご苦労。尋問の準備だけ進めておいてくれ」
承知しました、とだけ言い残して巡察官は下がった。
「とりあえずひと段落ですな」
「いや、まだだ」
「え?」
指揮官は思わず訊き返してしまう。まだ何かやるというのか?
白煙が上がるバンタム団のアジトを見ながら――否、その目はさらに先へと向けられている。
「君はわかるかね?この事件はただの要人誘拐未遂ではない。既存制度に対して相容れぬ者たちが都市の弱体化を図って、我々に挑戦状を叩きつけたことを意味するのだよ。いわば宣戦布告だ」
局長は挑戦的な笑みを浮かべた。実に楽し気である。
「反社どもめ。旧帝国の混沌を忘れられない亡霊どもめ。暴力を政治を英雄を、全てを管理した新しき社会を認めぬというのなら、我ら法と秩序をつかさどる剣が必ず根切にしてくれるわ!」
発せられる闘気とも覇気ともとれる圧に指揮官はたまらず身震いした。局長は指揮官の方に顔を向けた。肉食獣も顔負けな、凶暴な笑みが一転して悩める親のものになる。
「あと、うちの娘にはこれを機会に家出癖が治ってくれたらなあと期待する面もある」
――たぶん家出癖は治らないだろうなあ。
そんな感想はおくびも出さないが代わりに指揮官はうなずく。都市警は武装集団ではあるがあくまで治安維持局に勤める役人であり、彼はその中間管理職である。
役人として指揮官は上長にこう言うしかなかった。
「まったく、そうだといいですね」
おわり




