第二十四話 お嬢と執事 その六
道の真ん中で、顔をぼこぼこに腫らした傭兵たちが後ろ手に縛られて転がっている。身ぐるみを剥がして武装解除し、ついでに有り金を全部巻き上げてやった。これでどうやっても反抗はできまい。
「そもそもはお嬢様が主様と喧嘩をし、家出をなさったのが事の発端でございます」
ナックルダスターを外したセバスチャンがぽつりぽつりと話し始めた。
田中は腕を組んで荷車に腰を掛けている。キャシーも抜身のバルディッシュをにぎったままセバスチャンとリザを胡散臭そうに見ている。
野盗に始まりとうとう傭兵までがリザを狙って襲撃してきたのだ。これ以上護衛をしてほしいなら、隠していることやはぐらかしていること全て話せというのが田中の主張である。リザとセバスチャンはお互いに顔を見合わせ、ようやく口を割ったのだ。
「だってお父様があたしのやることにいちいち口うるさく言ってくるんだもん」
頬を膨らまし、ぷいとそっぽを向いた。セバスチャンがますます困った顔をする。
「それはお嬢様のことを想ってのことでございます」
「でも服くらい好きなの着ていいじゃない!」
「それは……そうですが。いやいやだめです!さすがに背中がほとんど見えているのはいかがなものかと……」
話が脱線している気がする。田中は強引に話の流れを戻す。
「わかったわかった。服装云々は家で解決してくれ。で、あんたはそれを連れ戻しに来たってことか?」
「はい、そうでございます。お嬢様が急にいなくなり、入管からオージアのほうへ行ったと連絡がございまして――」
セバスチャンはいったんそこで区切り、小さく息を吸ってから続けた。
「主様からとある情報筋より反社会勢力がお嬢様を狙っているとお話を聞き、世話係兼お嬢様の戦闘訓練指南を努めている私めが慌てて連れ戻しに来た次第でございます」
…………。
なんで反社会勢力に狙われるんだとか、なぜ戦闘訓練をしているのかとかツッコミたいところはたくさんある。たくさんあるけれど今はあえて我慢する。
「……そもそもあなたたちはナニモンなんです?」
ずっと黙っていたキャシーが訊いた。
リザはそれでも言いたくなさそうに顔をしかめている。しかしセバスチャンは躊躇いながらも言う。
「お嬢様は自由都市エンディミオン治安維持局ニコラス・J・キッドマン局長のご息女でございます」
頭がくらくらしてきた。田中はおもわず天を仰ぎ、海の底よりも深いため息をついた。野盗が名前を呼んだ時に気が付けたはずだった。言われてみれば目元のあたりに面影がある。
――そりゃ襲われるわ。
その名前を聞かされるだけで合点がいく。都市の実力組織を有し、反社会組織最大の敵である治安維持局のトップの娘というだけで誘拐される百の理由になる。そして鉄腕の二つ名を持つキッドマン局長の娘と使用人ならばアホみたいに戦闘能力が高くて当然だわ、と。
治安維持局キッドマン局長といえばあらゆる犯罪者、反社会組織、盗賊法人から恐れられ、賊徒潰しに情熱を注ぐエンディミオンきっての武闘派である。エンディミオンに他の都市にない常備軍としての都市警を組織したのも彼である。旧帝国の近衛騎士団と変わらないのでは?という質問に対し、法と秩序にのっとり尋問室にて誠意のこもった話し合いでねじ伏せたエピソードは有名である。またエンディミオンの打ち金とも呼ばれる御仁である。
お家騒動ではない分単純明快だが、いかんせん今度は政治が絡んでくる。どこかの反社会勢力が都市に宣戦布告したのも同然である。そりゃお忍びでエンディミオンに帰還しなくてはならないし、護衛にも素性を明かせないわけだ。
「え、マジで都市警のボスの⁉おいおい聞いてねえよ……そんなの知ってたら襲ったりなんかしなかったのに」
標的が治安維持局局長の娘とわかるなり傭兵は表情をひきつらせ青ざめる。よほどキッドマン局長が恐ろしいのだろう。キャシーは傭兵につかつかと近寄ると、
「じゃあ金持ちだったら襲ってもいいわけですか?んなわけないでしょう!そんなこと言うのはこの口かー!この口か―!」
傭兵の口をちぎらんばかりにおもいっきり引っ張る。
「いはいいはやめへひゅるひて!」
キャシーは止めずさらに両手で引っ張る。どうやらちょっとやそっとの謝罪の言葉では収まらないくらいにお怒りの様子だ。もっとも矢で射抜かれたことへの憂さ晴らしもあるのだろう。
このまま放っておくと本当に引きちぎりかねない。田中はキャシーにきっかけを与える。
「その辺にしとけ。治安維持局に引き渡せなくなっちまう」
田中の制止でようやくキャシーは傭兵から手を放した。そして軽く脛を蹴って田中の隣へと戻った。
「さて、だいたいの事情はわかった。局長の家へ送り届けるまでずっと襲われ続けるってことがな」
わざわざリザに向けて田中は言った。
「護衛を降りるって言いたいの?」
リザの視線は好戦的だ。その分考えていることが手に取るようにわかってしまう。
「野盗の次がいきなり傭兵だ。今度は盗賊法人が二つも三つも襲ってきかねない。今頃どこかで見ていた斥候かなんかが鳥でも飛ばして知らせている頃だろうな」
リザは無言だ。下唇を噛み締め、握った手が小刻みに震えている。
「お言葉ですがタナカ様、狙われているというのもオージアを出るまでは未確認情報で、確実性などどこにもありませんでした。そして私はエンディミオンまでの護衛を頼みました。契約内容になにか間違いなどはございますでしょうか?」
オージアからこっち、向けられたことのないほど冷ややかな視線だ。抑揚もなく淡々と事実だけを述べている。
相手が待ち伏せをしているとわかった今、田中たちに降りられては困る。味方は一人でも多くいたほうがいい。それこそ確実に味方だと断言できるならなおのこと。それだけ必死なのだ。
だからこそ田中は言う。
「その論調は好きじゃない。それに組合を通さない闇営業に契約もクソもない」
組合を通していないからこそ知らぬ存ぜぬで降りることができる。なぜなら組合を通した依頼なら絶対にあるはずの契約書が存在しないのだから。依頼を受けた証拠など何処にも有りやしない。
セバスチャンは「それでも」と言いかけて、急に口をつぐんだ。
視線はまっすぐ田中へ向けられている。そこにはもう冷たさはない。
不意に、風を切る音した。
次いで鈍い音がとても近いところからした。
景色が全てスローモーションで流れていく。
リザが顔面を殴りつけた、と気が付いたのは大の字になって地面に倒れてから。
「ごごごご主人、大丈夫ですか!」
珍しく上ずった声を上げてキャシーが駆け寄ってくる。
「大丈夫ダイジョウブ……あれ、俺の鼻めっちゃ腫れてない⁉」
「落ち着いてください、それはペストマスクのくちばしです!」
どすどすとしか形容できない足音を立てて近づいて来る。
キャシーを押しのけて、顔を真っ赤にほてらせたリザが真上から覗き込む。おかしなことに殴った張本人が今にも泣きだしてしまいそうだ。そして多分本人はそのことに気が付いていない。
「ほんと信じられない!幻滅したわ!」
そう吐き捨てると奥歯を噛んで睨みつけた。ぎゅっと握ったパンツにしわができている。
「あたしは、あんたなら……あんたたちならと思っていたのに……」
ペストマスク越しのリザの姿が滲んで見える。
勝手に期待されても困る。
魔術師にできることなんてたかが知れているというのに。
「ったく、この暴力娘が……加減ぐらいしろ。あと護衛を降りる気はねーよ」
「え――」
リザが発したのは短くて間抜けな声。
よっぽど予想外な一言だったらしい。
田中はうずき始めた頬を押さえ、口の中の切れた箇所を舌で探る。
「局長に名指しで胡散臭い奴って言われているんだぞ、俺。ここで降りたら家まで交渉しに来るかもしれない。あとお前らになんかあったら寝覚めが悪いし……俺が困る」
全ては理由。
頭で理解していても、行動に移すには何かしらの理由が必要なのだ。
特に契約書もないのに危険な仕事を続けるためには、それなりの理由を。
キャシーが意地悪な笑みを浮かべ、セバスチャンが目頭を押さえ天を仰いだ。
「ちゃんと自分の言葉で言え。俺たちにどうしてほしいかを。隠し事は一切なしで」
そして、
リザは――笑った。
「あたしをエンディミオンまでエスコートしなさい!」
もちろん断る理由などない。田中は頷いた。
「でだ、そこで話しがあってだなあ――」
逃げた旅姿の人がちらほらと戻ってきた。皆一様におっかなびっくりに様子をうかがいながら。その中には配達人の姿も見られる。ペストマスクの下で田中はニヤリと笑った。
数秒後、傭兵にはこのペストマスクの屑拾いが悪魔か何かに思えたことだろう。
つづく




