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第二十四話 お嬢と執事 その五

 エンディミオンまで歩いて残り半日。


 数多の行商人やら旅人、荷車を引く運送屋やらが街道を行き交い、田中たちはそこに紛れるようにしてエンディミオンへと向かっている。整備された見晴らしの良い街道だ。


 すれ違う荷馬車を引く駄獣たちはいろいろで、定番の牛や馬に珍しいところではヤギに引かせている御者もいる。おそらく山岳地帯の村から来たのだろう。あの地域の村々ではゴートンなるヤギのモンスターが駄獣として生育されてる、などと田中は聞いたことがある。身の丈3メートルはあるとかないとか。


 森も抜けたし、さすがにこれほど人通りがあれば野盗も襲ってきまい。いや、ごろつきを差し向けては来ないだろう。よっぽどの馬鹿か、あるいはよっぽどの手練れか――騒ぎを起こしても構わない連中か。


 どうやら後者らしい。キャシーの動きは実にアンデッドらしく常人の反応速度を超えていた。


 風を切る音とともに、田中へ向けて放たれた矢をキャシーは引き抜いたナイフで切り落とす。落とせなかったものは自分の体を盾として使って防いだ。


「キャシー!」


 リザがキャシーの左腕に深々と突き刺さった矢を見て悲鳴に近い声を上げた。


 ようやく状況を理解した周りの人たちが、リザに負けず劣らずの悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。興奮した駄獣が嘶き、街道はさらにパニックになる。


「アンデッドが矢で死ぬか!」


 叫ぶ田中はキャシーを見ることなく真っ先に荷車を蹴倒して、弓矢の射線を斬る遮蔽物を作る。リザとセバスチャンを押しやり自分は最後にその影に隠れた。そして装填レバーを引いて初弾を薬室へ送り込み、荷馬車を銃架のようにして銃口を向けた。


 田中が言う通り、たかだか矢が刺さったくらいでアンデッドが死ぬわけもなく、キャシーはバルディッシュを構えて襲撃者の目前へ立ちふさがった。


 鎧を着こみ各々長柄の武器を持っているのが二人とクロスボウを構えているのが三人。一見して野盗ではない。野盗にしては整った装備である。田中はペストマスク下で眉間にしわを寄せた。


「傭兵か……」


 道理で真っ先に飛び道具を持つ田中を狙ったわけである。傭兵は冒険者や屑拾いとは違い、金で雇われて戦う戦争屋にして対人戦闘のプロ集団だ。だからこそ粗末な装備をしていた野盗たちとは違い、防具にはチェインメイルやCOPを身に着けている。武器も斬り結んだ際になるべく自分たちが怪我をしないよう射程の長い長柄を選んでいる。


 戦乱時は野盗を狩り、平和な時は野盗に成り代わるというが目の前の傭兵もその口なのだろうか。顔やどこの傭兵団に属しているかを表す部隊章も隠している。


「傭兵が野盗の真似事とはどういう了見ですか?そこまで食いっぱぐれているようには見えませんね。気の迷い程度なら寛大な心で許してあげます。ですので、死にたくなかったらさっさと失せなさい」


 傭兵たちの持つ長柄よりさらに長大で凶悪なバルディッシュが陽の光を反射する。


「そういうわけにもいかん」


 傭兵の一人がグレイブを構えながら、ずいっと一歩踏み出た。バケツヘルムで人相は伺えないが、佇まいから盆百のそれではあるまい。


「こちらも仕事でな。そこの不良少女をクライアントのところへ優しくエスコートしなくてはならんのよ」

「あいにく、そのエスコート役は私とご主人が先約しておりますがゆえ、人斬りさんはご退場願いませんかね」


 せっかちな傭兵が一人、返事よりも先にクロスボウへ矢をつがえた。答えを聞くまでもなさそうだ。


「ははっ、残念だが俺たちは神に供える葡萄酒すら持ち合わせて無くてな。どんな手を使ってでも金子を工面しなきゃならん。あと無傷でな」


 田中の背筋を冷たいものが走ると同時に、弾かれたように振り返った。うかつだった。


 そこには背後から抜身の剣を向けられて硬直しているリザと、助けようにも助けられず額から汗を垂らしているセバスチャンの姿があった。


 白昼堂々襲撃するようなやつらだ、絶対に成功させるために搦め手の一つや二つ使うに決まっている。前の五人は囮で、端っから田中たちとやり合う気などないのだ。だから注意を反らしている間に真っ先にリザを押さえたのだ。たしかに葡萄酒を供える気など彼らにはなかった。


 田中は置かれた状況にぎりぎりと歯嚙みする。


 今さら後悔しても遅い。それよりもどうやってリザを助け出すかだ。


 後ろに回った傭兵は三人、計算してかはわからないがリザやセバスチャンで小銃の射線を切るように立っている。はみ出ている箇所を小銃で狙えなくもないが、距離が近すぎてリザにも当たる恐れがある。しかも傭兵は魔力強化されているCOPで銃弾が当たっても致命傷にはならないが、リザは普通の服装だ。小銃は使えない。


 となれば剣を抜いて斬りかかるか――いや、リザを盾に使われたらどうしようもない。


 田中の思考が堂々巡りを始めた頃、リザが田中に向けて微笑んだ――ような気がした。


 次の瞬間、リザは振り返りざまに傭兵の腕を絡めとり、足払いをかけた。傭兵は自身の身に何が起こったのかわからず、理解するよりも先にリザの肘鉄が腹部に叩きこまれた。鎧の上を振動が波のように伝わり、声を上げることもなく傭兵は白目を剥いた。


 身のこなしが素人のそれではない。


「てめえこの野郎っ!」


 ようやく仲間が倒されたことを理解した傭兵が激昂して斬りかかる。無傷で捕まえるということはすでに頭の中から吹き飛んでしまっているらしい。


 今度こそ田中は小銃を構え――初老に片足を突っ込んだ老執事がリザと傭兵の間に割って入った。棒立ちで、しかしながらそこに一切の隙などありはしなかった。


 田中にはその老執事がセバスチャンだと頭の中で瞬時に結びつかなかった。


 完全に別人である。眼光は鋭く、その両の拳にはいつの間にはめられたのか鈍く輝く使い込まれたナックルダスター。


「じじい!どけぇ!」


 傭兵が咆え、剣を振り下ろす。老執事は半身を反らすだけでかわすとそれがあたかも自然の摂理のように、作用があれば反作用があると言わんばかりにカウンターで殴りつけた。流れるような、思わず見とれてしまうほどきれいな右ストレートであった。


 ――こいつら何者だ。


 そのままもう一人の傭兵の懐に飛び込むと剣を叩き落とし、腹に重い一発を叩きこんだ。刃は鎧で防げても衝撃までは防げない。傭兵が膝から崩れ落ちる。


 老執事は土埃を軽く払い落してから息をついた。


「歳は取りたくありませんな。思うように体が付いて来ません」


 まるでやんちゃ盛りの子どもの遊び相手を終えたかのよう。


 にわかに信じられない言葉と光景であった。


 まさか誘拐する対象に圧倒されるとは思っていなかったのだろう。傭兵たちはクロスボウを構えることすら忘れて唖然としている、


 そして狼狽えている隙をついた田中とキャシーにより、これまた一瞬のうちに残りの傭兵たちは制圧されたのであった。

つづく

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