第二十四話 お嬢と執事 その二
「あんたら都市の中で暴力事件を起こすたあ正気か?」
田中はかがんで二人に視線を合わせるとそう尋ねた。
息を整えたらしく不良少女がキッときつい視線を田中に投げる。
「先につっかかってきたのは向こうよ!」
「喧嘩早そうなのは外見だけにしとけよ。手を出したほうが負けなんだよ。あのままだと今頃警吏にしょっ引かれてさらし刑だぞ」
「ああ?なに喧嘩売ってんの?」
田中は小さくため息をつくと、目にもとまらぬ速さで銃剣を引き抜き、刃をその喉元に這わせた。
「――⁉」
不良少女が目を剥き、初老の御付きが腰を浮かせた。
構わず田中は、しかしあくまで諭すように話しかける。
「お嬢ちゃんのおうちではそれが通じるのかもしれないけど、都市には都市の法律がある。わかったら大きく深呼吸しろ」
不良少女は言われるがままに深呼吸した。田中はそれを見届けてから銃剣を仕舞う。少々大人げないことをしてしまったが、平和的かつ手っ取り早く話を聞いてくれたので良しとしよう。
初老の御付きが立ち上がった。ズボンの裾についた砂埃を払い、軽く一礼する。
「先程は申し訳ございません。そして危ないところを助けていただきありがとうございます。こちらは私がお仕え致しておりますリザお嬢様です。私はセバスチャンと申します」
物腰が穏やかでいかにも執事と言った印象を受ける。とくに名前が。
それにしても、お嬢様……ほんとうに良い家の不良少女もといお嬢さんだったことにちょっとだけ驚いた。どこで道を誤ったらヤンキー然とした不良少女になってしまうのか。
「俺は田中、あっちはキャシーだ。危ないところというよりも自ら危険に飛び込んでいったように思えたがな。あと助けてくれと目で訴えかけられたような気がしたが」
「それはお嬢様が暴れる前に誰か止めていただけたらな、と思った次第で」
「いや執事のあんたが止めろよ」
田中の冷静な指摘にセバスチャンは顔を青くする。
「そんな殺生な!こんな老体でお嬢様の暴力を止められるわけがありませんでしょう!」
「セバスチャン!いらないことを言うな!」
「ひっ、申し訳ございません」
なんだか見ていて田中は悲しい気持ちになってきた。完全に人選を間違えている。この手の不良少女はもっと体育会系的な人を御付きにするべきではないだろうか。筋肉もりもりのマッチョマンとか。
かいつまんで話を聞けばこの不良少女、どうやらエンディミオンの市議か公務員だかの娘さんらしい。名前を伏せていることからそうとう地位は高いようだ。思春期をこじらせて不良になってしまうのはこの世界も田中がいた世界も同じようである。
「こう見えてリザお嬢様、昔は可愛かったのですよ。それこそ庭で摘んだ花をプレゼントしてくださって。私はそれを押し花にして肌身放さず持ち歩いております」
「だからいらないことを言うなっての!」
顔を真っ赤にしてリザはセバスチャンの頭をぶん殴った。
「はぅっ!」
白目をむいて倒れるセバスチャン。鈍い音が響いたが、死んでいないか不安になる。
「とにかく!警吏に捕まえられる前に逃がしてくれたのは礼を言うわ!」
礼を言う割には仁王立ちで頭も下げず実に偉そうである。
「そうかいそうかい。じゃあ俺らはこれで失礼するよ。ほら、キャシー。いつまで呆けてんだ。早く帰るぞ!」
馬鈴薯とパスタを交互に呟きながらうつろな表情を浮かべているキャシーの襟首をつかみ、田中はその場を立ち去ろうとした。しかし、
「ちょっと待ちなさいよ!」
リザがそれに待ったをかけた。
「まだ何かあるのか?」
「もちろんよ!そもそもあたしたちはあいつらにエンディミオンまでの護衛を頼もうとしていたの。そしたらいきなり法外な値段を吹っ掛けてきたから口論になって鉄拳制裁したわけ。とにかくエンディミオンまで護衛なしで帰るなんて考えられないわ!どうしてくれるのよ!」
だいたいの経緯が読めてきた。同時に頭が痛くなってくる。
「どうしてくれるのよ、って何か、俺が悪いとでも言いたいのか?」
「当たり前よ!もう町にも戻れないし!」
「いや、ぶん殴って台無しにしたのはお前だろーが」
田中は眉をひそめた。話がよくわからない方向へ転がっていってないか?
冒険者への依頼は二通りある。一つは依頼者が組合へ依頼を出し、組合側が冒険者たちに斡旋するというもの。これが元も基本的な冒険者の仕事の受け方である。
もう一つは組合を通さず、知り合いのつてなどで依頼を受けたり依頼したりする仕事である。実際のところ届け物も専門とする業者や組合がいるので内容によってはややグレーな案件である。俗にいう闇営業というやつである。
「そもそもだが特に護衛とかそういうのは組合を通したほうがいいぞ。組合を通さない闇営業なんかすると組合に入れないような脛に傷持つ冒険者まがいの輩だったり、運が悪いと反社会勢力に依頼することにもなりかねん。護衛のはずが営利誘拐でした、って具合よ。それを防止する意味で仲介業者として冒険者組合があるわけなんだから」
知り合いからの依頼とか一定の信頼関係がなければ闇営業は危険なものである。誤って反社の集会の護衛をしてしまい、都市警と対峙するはめになった冒険者の話など腐るほど聞く。
いつの間に復活したのかセバスチャンが深々と頭を下げている。
「見通しが甘く申し訳ございません。何分我々もお忍びのため、組合に依頼ができず……」
「だからこそ足元見られて吹っ掛けられるんだよ。組合には言えない、だけど依頼はしたい。だから輩がやってくる。さっきの言い争いは必然としか言いようがない」
「だからあんたが代わりにあたしたちを護衛しなさいよ。あんたも冒険者なんでしょ?」
とんでもないことをリザが言ってのけた。今、さんざん闇営業は信頼関係がある相手とじゃないとだめだよ、という話をしたつもりなのだが。組合を通さないから契約書がない。契約書がないからこそ言った言わないの世界になる。それでも本当に良いのか。
「俺は冒険者じゃないぞ」
「ご主人は屑拾いです」
屑拾いでもないんだが、と田中が否定するよりも前にリザが鼻で笑う。
「あたしからしたら一緒みたいなものなんだけど」
なんか言動がいちいち腹立つなーこの子。間髪入れずセバスチャンが話を続ける。切羽詰まった表情に加えて、なんとしてでも田中たちを逃さまいとする気持ちが内側から溢れている。
「タナカ様のおっしゃることは重々承知しております。ですがその上で護衛をお願いできますでしょうか。組合を通さない依頼となりますが相場よりは多く依頼料は払います。ですので何卒……」
そもそも冒険者組合に属してもおらず、廃墟街でもないのに自分が受けてよいのだろうか。組合的にばれたら大目玉を食らいそうな案件だ。具体的には罰金とか。しかし金額的にはおいしい。
横目でキャシーを見てみると嫌がる素振りはなさそうだ。
まあ、いっか――
田中はため息を一つ。
「寄り道なしで一直線にエンディミオンまで行く。OK?」
リザとセバスチャンは大きく首肯した。
「神のご加護があらんことを――」
つづく




