第二十四話 お嬢と執事 その一
まるっきり屑拾いの外見ながら屑拾いではないと否定し、かつ冒険者組合にも所属していない。そんな田中は個人的なお仕事でキャシーを伴い、エンディミオンと友好都市であるここオージア市を訪れていた。
誤解が無いように言うが闇営業ではない。
たまたま用事があり、そのついでにお小遣い程度の駄賃でちょっとしたお仕事を個人間で請け負っただけである。しかるに組合を通さない闇営業ではない。あくまで善意によるものである。
「最近組合関連の規制が厳しいからな。こうでも言っておかないと白い目で見られる」
「ご主人、誰に向かって言ってるんですか?」
ペストマスクを被った不審な屑拾いこと田中は、ふっと小さく笑うと明後日の方向を向いて歩き始めた。
「え、誤魔化した⁉」
慌ててキャシーは田中の後を追う。都合が悪くなると黙ってどこかに行く癖はやめてもらいたいと切に願うアンデッドであった。
今日はいつもの血なまぐさい仕事ではなく、お出かけついでのお使いのため左目の眼帯は白地にオークの肉球の絵柄をチョイスしている。しかし装備は廃墟街へ行くときと何ら変わらないフル装備である。カーボン装甲の胸当てを身に着け、バルディッシュを肩に担いでいる。ミュータントはいないとはいえ野盗や狼、土着モンスターへの対策をするのが旅人である。
田中も同じく装備に余念はない。銃剣は挿していないが小銃を担ぎ、数多の傷があるカーボン胸甲を付け、腰には吸魔の剣をぶら下げている。最近新調した肘から先を守るカーボン装甲を縫い付けた籠手は攻守ともに田中のお気に入りである。
「エンディミオンにも負けず劣らず、人が多いなあ」
オージアの大通りを歩きながらのんきに田中はつぶやいた。
通りの両脇には露店が立ちならび、露天商が声を上げて呼び込みを行っている。廃墟街が近くにないため屑拾いの姿は見えないが、冒険者や傭兵などはわんさかおり活気に満ち溢れている。
「ご主人、まだ御用はありますか?」
「いや、もうないな。観光がてらそこらへんぶらぶらしてから帰ろうか」
「そうとなればこのオージア市観光ガイドに乗っている幸福の小麦亭に行きましょう!いや、行くべきです」
キャシーは入管時にもらった冊子を田中の鼻っ面へ押し付けんばかりに迫る。
「近すぎてよく見えないぞ。というか少し落ち着け」
失敬、とキャシーは距離をとってから深呼吸する。しかしその目には抑えきれない食欲がありありと溢れ出ている。
田中は押し付けられたオージア市観光ガイドの『今行くべき十の人気店』の欄を斜め読みし、
「パスタか。珍しいな」
「あい、ここにある馬鈴薯とミルクのパスタなるものを食べたい所存で。星四つですよ四つ!」
「その星四つがどんな尺度かわからんけど……まあ後で行くか」
やったーとキャシーは歓喜の声をあげながら、観光ガイドを胸に抱えてぴょんぴょん跳ねる。
思わず頬が緩んだがペストマスクのせいでキャシーには分るまい。
ふと横を向いた。
いくら露店が立ち並んでいるとはいえ、通りの両端を切れ目なく露店が埋めているわけではない。別の通りに繋がっている側道やら路地が所々にあり、そこを塞ぐように出店する露店はない。田中の視線はそんなどこにでもある路地の暗がりに吸い込まれた。
田中の視線を追ったのか、キャシーもガイドブック片手に路地を覗きこむ。
「ご主人、あれはなんでしょう?宗教勧誘でしょうか」
男女が四人何やら言い争っている。うち二人は見るからに冒険者然とした姿の二人組の男だ。もう片方は打って変わって小綺麗な身なりのまだまだ少女と言ってもいいくらいの女性と、初老に片足突っ込んだであろう男性である。主に冒険者二人と女性が鼻っ面を突き合わせ、初老の男は困り顔でおろおろとしている。冒険者たちはかなり頭にきているのか今にも剣を抜きそうな勢いだ。
「見なかった振りでもしますか?」
「そうだな。エンディミオンじゃ日常茶飯事だし。あとは警吏がなんとか――」
初老の男性と目があった。明らかに助けてくれと物語っていた。
「私のご主人はいつからこんなにお人好しになってしまったのでしょう」
「まだ何も言ってないぞ」
「でもほっとかないんですよね?」
田中はため息をついた。最近この従者にいい様にあしらわれている気がするのは気のせいだろうか。小銃から弾丸を抜き取り、間違っても発砲しないようにする。
つま先を路地へと向けて、ゆっくりとした足取りで歩いていく。
たまにはいい恰好をしてもいいだろう。
「そこまでにす――」
田中が言い終わるよりも先に、少女のひねりの入った右フックが顎に入り、冒険者を大通りへと吹き飛ばした。
「ふー、ふー、ここまで来れば追っ手も来やしまい……」
台詞が完全に悪人のそれである。田中はペストマスクをずらして汗をぬぐう。
まさか問答無用で殴り飛ばすとは夢にも思っていなかった。
初老の男性が頭を抱え、キャシーが驚きと興奮の混じった声を上げた。大通りへと殴り飛ばされた冒険者を見た通行人の悲鳴があがり、近くを巡回していた警吏が駆け寄ってくる音が聞こえた。そして田中は、女性の手を引き入管を突破してオージア市から少し離れた森の中まで、全速力で逃げてきた次第である。
今頃都市内では暴力事件として騒ぎになってることだろう、そして無関係とはいえその場に居合わせた田中たちの顔も見られているに違いない。ペストマスクは悪目立ちが過ぎる。無論、冒険者に手を出してはいないが警吏相手にそんな主張が認められるかは怪しい。ほとぼりが冷めるまでオージア市には戻れないだろう。
「ちょっと待ってください!パスタは⁉馬鈴薯とミルクのパスタは⁉幸福の小麦亭は⁉」
キャシーが悲痛な声を出した。
「残念だが……またの機会だな」
「なんですと……」
キャシーはその場でへたり込み、真っ白に燃え尽きてしまった。
可哀そうだが仕方がない。幸福の小麦亭のものとは程遠いだろうが、花と彩亭でルアに頼み込んで馬鈴薯とミルクのパスタを作ってもらうとしよう。
それにしても、勢いで逃げ出して――訂正、連れ出してきてしまったがどうしたものか。田中はゼエゼエハァハァと荒い息をつく二人組に視線を投げる。
冒険者をぶん殴った少女の方は見るからに勝気そうな顔で、鮮やかな金髪を後ろでひとくくりにして、まるで仔馬の尻尾みたいに揺らしている。まあ……美人なのだがどうにも目つきが悪く、田中には不良少女にしか見えない。着ているものは動きやすそうな上着と皮のパンツに機能性よりデザイン性を重視したような編み上げブーツ、子猫くらいしか入らないような大きさのバックパックを背負っていた。ちょっと半グレになったいいところのお嬢さんが物見遊山で旅していますといった感じである。ただ服の上からも彼女の引き締まった体型がわかる。
もう一人は背筋が伸びた体格のいい初老から老人に片足を踏み入れたくらいの男性だ。髪には白髪も交じり始めている。鎧も武器も身に着けておらず旅姿の恰好で、護衛ではなく御付きの従者と言った感じか。
つづく




