第二十三話 お薬を作ろう その三
エーミルは丸薬を包装する手を止めて言う。
「それにしても効果はどのようなものか気になりますね」
キャシーはごくごく自然な動作で顔を上げ、
「どれくらい効きました?」
聞かれるなりマリオンは心外そうに眉をよせた。
「なぜ使った前提で話をするんじゃ?私は使ったことがないから、効き目どうこうはわからんぞ。使う予定もないしな」
「はーん、モテる自慢ですね」「ね」
「どうしてそうなるんじゃ……?」
だってそうじゃないですかー、とキャシーが続けようとしたとき、いきなり部屋の奥にあるドアが開いた。
びくっと身を震わしてキャシーは振り返った。見れば、知らない男が覗き込んでいた。三十代くらいの細身の男性で人当たりのよさそうな人相だ。そして冒険者や屑拾いのように野暮ったいところもなくいかにも都市的な整った顔立ちである。ただキャシーたちがいることに気が付いていなかったのか、こちらも少し驚いた様子だ。
作業部屋全体を見渡し、すでに開けているドアをわざわざノックして、
「珍しいなー、お客?」とマリオンに笑いかけた。
「……知り合いじゃ」
「そっかー。ならお客さんたちもゆっくりしていってくださいねー。あと俺今日遅くなるから―」
あいさつもそこそこに男は作業場を横切って外へと出て行った。バタンとドアが閉まり、妙な静寂だけが作業場に残った。マリオンは二人に背を向けて身じろぎ一つしない。
視線を宙に漂わせ数舜迷った挙句キャシーが口を開いた。
「誰ですか?」
マリオンは振り返らない。たっぷり一呼吸おいてから、
「……私の……フィアンセじゃ。じゃから惚れ薬なんぞいらんとゆーとるに」
言葉尻が少し震えているようにキャシーは感じた。それはエーミルも同じだったようで、まるで二人して図り合わせたかのように顔を見合わせた。
「効果はばつぐんですね」「体を張って効能を伝える魔術師の鑑」
マリオンは今度こそ振り返った。表情が引きつっており臨界点まであと残り僅かという具合だ。
「おい、何を勘違いしておる。私はそんな薬に頼っとらんぞ!」
その顔が若干赤らんでいる。謂れのない嘘っぱちなのかそれとも図星なのか。こめかみに浮かんでいる青筋から彼女の心の内が易々と伺える。
「なんじゃいその目は?」
その目は、と尋ねる割にはアンデッドと神殿騎士をジト目でマリオンは睨んでいる。
二人は顔を見合わせる。
「ねー」「ねー」
マリオンは何も言わない。ただ無言のまま壁に掛けられているロッドを掴んだ。
「おやじ―空いてるー?角煮ある?」
田中は煮売り屋の暖簾をくぐった。日も傾きかけた頃とはいえ、まだまだ周囲は明るいのに屋台は酒飲みであふれていた。田中を含めて暇人ばかりである。
「角煮も席も一人分だけならあるぞ。早う座んな」
祈ったこともない神に口先だけの感謝しながら田中は席に座った。
「じゃあエールと――」
「「角煮」」
あれ?と田中は首を傾げた。そして恐る恐る隣を見ると、同じようにこちらを見ているニトがいた。中身が半分まで減ったコップと串焼きが、彼女がだいぶ先客であることを物語っている。
「都市警がこんな時間に酒盛りとはいい身分だな」
「午後休なのよ。公務員なめんな」
猫のじゃれ合い程度の言い合いはいつもの様式美である。店主がカウンター越しに顔を出し、「悪いんだが角煮はもう一人分しかないぞ」と言うまでは。
さてどうしたものかと田中は頭をひねる。もちろん自分が引き下がるなんて選択肢はない。特に相手がこの新米都市警ときた日にはもってのほかである。交渉なんて大層なものではないが、正直に話したら諦めてくれるだろうか。物は試しで訊いてみた。
「俺は角煮で一杯ひっかけようと思って来たんだが」
「あら奇遇ね。私もちょうどそんな気分なの」
ニトはコップをグイっと傾ける。どうやらあちらも譲ろうとする気は毛頭ないらしい。もう少し可愛げがあっても罰は当たらないのではないだろうか。無論、言葉にできるわけがないので心のうちにとどめておく。
田中は屋台に掛けられているメニューにちらっと視線を走らせる。
「もっと可愛らしいの食えよ。あたりめとかいか黄金とか塩辛とか」
「あんたの可愛いの基準がわからないっての。とにかく私は角煮と魔王の一撃で〆るつもりなんだから」
「趣向がおっさんのそれだな」
「うっさい」
もぐもぐと串焼きを頬張りそれもまた酒で流し込む。どうやらこれ以上やり取りしても碌な結果になりそうにない。田中はため息をつくと腰を上げた。
「どうしたのよ?」
「俺は紳士だからなお前に譲るよ。あと目の前で食べられるのは癪だから、俺はどっか別のとこに行く」
「何が紳士だからな、よ。そんなんされたら余計気まずいっての。ほら、座りなさいよ。半分あげるから。おっちゃん、角煮と走りトカゲのから揚げ一つ!」
エールを代わりに受け取りながらニトは田中を無理やり座らせた。
「むぅ、それもそうかな」
勢いに負けて田中は再び腰を下ろし、ニトからエールを受け取った。角煮とから揚げが運ばれてきて二人でそれをちびちびとつつく。
「〆じゃなかったのか?」
田中は肉の塊を半分に切り、ニトの取り皿に置いた。わざとではないが自分のそれよりニトのほうがほんのわずかに大きい。
「時と場合によるでしょ。今はそういう気分じゃないのよ」
「よくわからんなあ」
どうやらその返事がお気に召さなかったらしく、ニトはムスッとして角煮にフォークを突き立てた。
「わからなくて結構。そういえばキャシーちゃんいないわね?」
「ああ、あいつは掃除に行ってる」
「掃除?ちょっとどういうことかわからないけど……まあいいや」
お前らが捕まえたからなんだけどな、と心の中でつぶやいた。
「そういえば剣、持ってないんだな」
ニトの腰当たりを見ながら田中は何気なしに聞いた。剣とはもともと田中が持っていた魔力を喰って切れ味を上げる魔力剣のことで、以前ニトにあげたものである。そしてどういうわけか彼女は手ぶらで角煮をつついている。
「勤務時間外だし、いつもぶら下げてるわけじゃないって。でもちゃんと役立ってるから安心してって」
「そりゃよかった」ほっと胸を撫でおろす田中にニトは笑みを向け、
「ホント役立ってるわ。裁断機として連日フル稼働よ」
「いや待てや!裁断機ってなんだ裁断機って!?」
「裁断機もしらないの?紙を切る道具よ」
「あの魔力剣、紙の脂で切れ味が落ちないからカットに重宝するわー」などと当然のように言う始末である。仮にも最上級の魔力強化を行ってる剣が剣として使われていない現実を前にして、よほどそのことを認めたくないのか、田中は足をじたばたさせ頭を抱えてしまった。
「そんなことのためにあげたんじゃねーよ!もうなんだよこいつ意味がわからん!」
そして絞り出したような声で咆えた。実戦ならまだしも、誰がお役所の羊皮紙を切ることに使われているなど想像できようか、いやできまい。
「もう、落ち着きなさいよ、みっともない。何枚重ねても切れ味が落ちずにスパスパきれるとかマジヤベェって事務員の子も褒めてたわよ」
それを誉め言葉ととる人間がどこにいるのか。
キャシーちゃんがいないから調子崩されてやんの――ニトがわき腹をぐりぐりと拳で押し当ててくる。聞こえないようペストマスクの下で舌打ちし、鬱陶し気に払いのける。
「ご主人!ちょうどいいところにいましたね!」
よく通るいつもの声に振り返った。
なぜか全身を包帯でぐるぐる巻きにしてアンデッドというよりマミーな外見のキャシーが、目をキラキラと輝かせて走り寄ってくる。手には何やら怪しげな紙包みが握られている。
田中は知っている。あの輝きは良くないことが起こる前兆だということを。
「へへ、いいモノを持ってきましたよ!」
ほら、ね――
田中はいつものように肩をすくめてみせた。その様子を隣で盗み見たニトが顔を手で覆って笑うのを我慢しているのが腹立つ。
「とりあえずその手の中のものを遠くに投げろ。それからどっかから樽でも取ってきて隣に座れ。そして晩飯だ」
ニトがとうとう堪えきれず、カウンターをバンバン叩いて笑い声をあげた。
おわり




