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第二十話 ダンジョンに巣食うもの(上) その六

 キャシーもヒートアップする田中を止めようとする気はまるでなさそうだ。むしろ心の中ではやってしまえ!と焚き付けん勢いである。


 おっさんはなおも往生際悪く、頭をぶんぶんと横に振って否定する。


「知らん!大剣とはいえ、戦いの世界で得物が壊れるなんてよく話だろうが!」

「てめえ!なんで見ず知らずのおっさんが大剣をぶっ壊したことを知ってるんだよ!」


 語るに落ちるとはこのことを指す。ネクロマンサーは「やべっ」と露骨に顔色を変えた。


「こんなダンジョンまで来て何を企んでやがる⁉」

「迷い込んだだけだ!」


 ネクロマンサーの反応を窺うように、ジト目でキャシーは詰問する。


「誰に頼まれたか知りませんが、まーた悪いこと企んでるんじゃないですか?」

「企んでない、企んでない。あと痛いから蹴らないで!」


 ネクロマンサーは泣きそうな顔で言うが、キャシーは聞こえていないふりをして脛を蹴ることをやめない。げしげしと蹴り続けている。げしげしと。


「ほーん。よほどあり得ない角度に曲がる指が見たいんですね」

「いや、ちょっ、ななななにする気だー⁉」


 田中とキャシーがネクロマンサーを問い詰める様に、エーミルはまったく付いて行けない。そもそもこのおっさんが二人に知り合いということにも驚きで、知り合いなのに責め立てているというのも戸惑う一因になっている。というか説明してはくれないのだろうかと言いたげにエーミルは田中へ視線を送る。


「あのぅ異教徒……この人は誰ですの?」


 田中は、ああとネクロマンサーを指差し、


「この前にあったアンデッド大量発生事件の犯人だ。見ての通りネクロマンサーで悪人だ」

「そういう自己紹介はよくないぞ。もっとこう腕利きとか超絶テクを持ってるとか」


 調子の良いことを言うネクロマンサーだが、キャシーが指へ手を伸ばすとすぐさま大人しくなった。


「まあ見ての通りろくでもないクロマンサーです」

「あと誰かこのアンデッドの嬢ちゃんを止めてくれない?ニコニコしたまま俺のこと縄で縛ってくるんだけど。こんな危険地帯で身動き取れなくなるのは嫌なんだけど」


 田中のサイドバックから取り出したロープで、キャシーは淡々とネクロマンサーを縛り上げる。歩けはするが両腕は使えず、印も組めないのでネクロマンシーは使えない。縛り終えたキャシーは逃げられないようロープの端を掴んだ。


「いざとなれば囮に使いますのであしからず」

「そんなひでえや!」


 ネクロマンサーがこの世の終わりみたいな声を上げた。フレッシュゴーレムの作製のために、近隣の村の墓地を「この世の終わりみたいな」風景にしていた男の発言とは思えない。


 田中は剣の柄に手をかけ、


「で、話を戻すがここに何しに来た?事と次第によっては囮になる前にズンバラリンだぞ」

「待て待て待て!そう血気盛んになるなって!今回は本当に何も関係ないんだ。というか俺も鎧と鎚を置いて逃げたせいで、激怒した雇い主に暇を言い渡されてな……。だからこうして生活費を稼ぐために誰も漁っていないダンジョンで冒険者稼業に勤しんでるんだよ。俺、モグリだけど」


 たまにいるのだ。冒険者組合に入らず仕事を請け負ったり、ダンジョンに不法侵入したりする輩が。森における狩猟権のようにダンジョンにもまた管轄の役所に有料の届け出が必要だ。冒険者なら組合で組合費から一括で管轄しているが、ネクロマンサーみたいなモグリは壁の薄い箇所などを破壊クラックして侵入する。クラッカーはもちろん立派な犯罪である。


 ネクロマンサーはハハッと自嘲気味に笑うと、


「まあ潜ったはいいけどクラックと同時に斥候に見つかるわ、斥候が呼んだリビングメイルの群れとゾンビ軍団で大戦争になるわ、連れてきたリビングデッドがさっきのでかいやつに全滅させられるわ。えらい目にあったなあ」

「大戦争って……」


 リビングメイルがアクティブモードなのはやっぱりお前のせいじゃないか!


 衝動的に剣を引き抜きたくなるが理性がそれを寸前で抑える。さすがに遠い目をして虚ろな表情を浮かべる人を切り捨てるのは抵抗がある。しかもロープでぐるぐる巻きで非抵抗だし。


 エーミルは若干引いているようでネクロマンサーから距離を取り、話にも意図的に入って来ないようにしている。


 ネクロマンサーは急にこちら側へと戻ってくると、


「それはそうとあんたらは俺とは違うみたいだな」


何もかも見透かしたような口ぶりだ。


「違うってどういうことだよ」と、とぼけてみせる。

「ダンジョンにアタックをかけに来たって感じではないなと。さてはどっかから迷い込んで出口がわからなくなったって口か?」


 田中は答えない。このネクロマンサーは舐めてかかってはいけないのは前回のリビングデッド事件で脳裏に刻んでいる。バレているとはいえ口に出して肯定すると後々ろくでもないことになりそうだ。特にネクロマンサーの目的がわからないうちは不用意にこちら側の情報を渡さないほうがいいだろう。そう考えるとさっき短銃を使ったのは悪手であった。単発式のあの銃はもう弾切れで、弾薬ポーチも持ってきていないから無用の長物になってしまった。


 切り札を使うタイミングも相手も間違えてしまったかもしれない。


 不穏な沈黙が田中とネクロマンサーの間に垂れ込めていた。


 今すぐこいつを消したほうがいいのでは……。


「ご主人……おしゃべりはそれくらいにしてもらってよろしいですか?」


 キャシーがその危うい空気を破った。


「おしゃべりっていうのは心外なんだが」

「言葉のチョイスに関しては後でいくらでも聞きます。ですが、誠に残念ですが……時間切れです」


 田中の背筋をぞくりとしたものが駆け抜けた。


 キャシーの切羽詰まった声に振り返れば、無数の赤光がこちらに向けられている。


 ずいぶん距離をとったのでてっきり撒いたものだと思い込んでいたのだが甘かった。数体の斥候型を先行させ、規則正しい隊列を組んだ巡回型が足並みをそろえて迫ってくる。先頭集団は槍衾を作り、統率の取れた動きはさながら一つの壁のようだ。そしてその壁は一枚だけでなく幾重にも連なって通路を埋め尽くしている。


 なるほど。たしかにネクロマンサーがリビングメイルとリビングデッドの戦争と表現したのがしっくりとくる。


「こ、この数はさすがにマズいですわ。さっきの比じゃありませんわ」


 圧倒的な物量を前にして気圧されるエーミルはすぐにでも逃げようと提案する。しかし足の速い斥候型に追い付かれている今、逃げ切れる保証がない。このままずるずると戦いながら後退しても、いつか力尽きて全滅するだろう。


 ――なら、どうする?


 田中は自問する。


 自問している間にもキャシーがバルディッシュを振り払い、無謀にも突貫してきた斥候型を通路の壁に叩きつけた。フレームが歪み、頭部がひしゃげて機能停止する。


 進軍速度が落ちないリビングメイルの群れを前にして、田中は腹をくくった。


 そして一つの答えにたどり着いた。

つづく

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