第二十話 ダンジョンに巣食うもの(上) その七
田中の決断は早かった。
「よし、ネクロマンサーを囮に置いていこう」
エーミルとキャシーは互いに顔を見合わせ、同時に頷いた。
「いや待てや!」
血相を変えてネクロマンサーが叫んだ。大声だったため通路内にぐわんぐわんと反響する。
「勝手に人を捨て駒にしないでくれるか!囮とか……血の通った人間のすることじゃないぞ!」
「俺も心が苦しいけどみんなが生き残るためには仕方がなく……仕方がなく……」
「何が仕方がなくだ!おもいっきり棒読みじゃねえか!」
田中はやれやれとため息をつき、剣を抜き放った。リビングメイルたちとの距離がさらに縮まった。もたもたしている時間はどうやらあまり残されていないようだ。
「そりゃ不穏な輩も処分できて俺たちにも逃げるチャンスができるんだぞ。一石二鳥じゃないか」
「ととと取引だ!」
ネクロマンサーが田中の前へと回り込んで言った。キャシーは先行する斥候型と斬り結んでいるため、ネクロマンサーをしばるロープを掴んでいる者は誰もいない。
「取引?」
怪訝そうな声で田中は訊き返す。そんな言葉が訊けるとは思ってもいなかった。戦利品の類はなさそうだが、何か取引材料になるようなものでも持っているのだろうか。
「そうだ、取引だ!」
時間はもうない。
「自慢のゾンビ軍団も失ったみたいだが、取引材料なんてあるのか?」
「ある!あるんだよ!」
キャシーがまた一体斥候型を斬り伏せた。しかし倒した次からさらに新しい斥候型が現れ、槍で突いてくる。次第にキャシーの表情に焦燥の色が浮かび始めた。
突いてくる槍を掴み、そのまま力任せに横へ振り払う。ちょうどそこは先ほどバルディッシュで叩きつけて機能停止になっている斥候型の槍の穂先がある。斥候型の胴部がその槍に貫かれた。とうとうその間隙から、前線に到着した巡回型が槍の突きを繰り出してきた。
「ご主人!限界です、下がります!」
「キャシーもう少しだけ耐えてくれ!」
で、それは?と田中はネクロマンサーに続きを促す。
「俺はここにクラックしたんだ!だから脱出路がわかる!どうせ俺を囮に逃げるって言っても逃げ道なんてわからないんだろ⁉なら俺が連れて行ってやる!その代わりにリビングメイルの囲みを突破してくれ!さもないと遅かれ早かれ全滅だ!」
巡回型が攻撃に参加してから、キャシーはリビングメイルに攻撃するよりもその攻撃をいなすほうが多くなってきた。田中は横目でエーミルの表情を盗み見た。
考えるまでもなかった。
「わかった。道案内を頼む。けど少しは役に立てよ!」
「だからゾンビが全滅してるから戦闘面では役に立たんぞ――よっと」
田中が剣の切っ先で斬るよりも先にネクロマンサーを縛っていたロープがほどけて足元へ落ちた。ひょっとするだいぶ前から解いていたのかもしれない。自分の安全が確証されるまでか、あるいはなりふり構わず逃げなければならない時に備えてか。抜け目のない男である。
「とりあえずアンデッドの嬢ちゃんの言う通りここはいったん下がるぞ!次の波状攻撃を押し返したら、この先にある分かれ道まで一気に走る」
現状やはり逃げの一手しかないのだ。
エーミルが田中の傍にやってきて耳打ちをする。
「大丈夫ですの?異教徒の話を聞いてたら不安しかありませんわ」
「大丈夫かどうかって聞かれたら……大丈夫じゃないけど。まあなんとかなるだろ」
「なっ⁉適当すぎですわ!」
エーミルは柳眉を逆撫で田中の腹をメイスの先で小突いた。ちょっとだけ痛かった。
田中はエーミルの肩を叩くと、
「俺とキャシーで抑えるから、とりあえずネクロマンサーのカバーを頼む。変な動きを見せたらぶん殴れ。あとヤバいと思ったら俺たちに構わず逃げろ」
呆れかえったような表情のままキャシーは下がり、ネクロマンサーの斜め前に立つ。
「相手は生命がないから無茶をしてきますわ。ですが異教徒は絶対に無茶はしないこと!いいですわね」
田中は無言で首を縦に振った。そして剣を構えてキャシーのカバーに入る。
「あら、ご主人。私一人で十分でしたのに」
そういうキャシーの手足には槍が掠ったのか擦過傷がいくつもできていた。田中はそのことに気が付いた素振りを一切見せることなく、
「従者を助けるのも主人の役目だからな」
そう言って巡回型の突きを受け流す。受け流しつつ、返す剣で両腕の槍を真ん中から斬り飛ばした。キャシーはくすぐったそうに小さく笑い気合一閃、バルディッシュで斥候型を一刀両断した。そしてそのまま今度は鋼鉄製の柄をしならせながら横に大きく振るう。斥候型がまとめて吹き飛ばされた。
逃げるにはこれ以上もない好機だった。
「よし未だ!走――」
ネクロマンサーの声が不意に途切れた。不穏な気配を感じながらもキャシーと田中はきびすを返した。そして二人が走り出そうとするのと同じくして、ネクロマンサーの諦めきったようなやるせないような乾いた笑いが聞こえた。
「あーすまん。やっぱ役立てそうにねーや」
闇の奥に群がる大きな黒い影。通路が震える。
互いの装甲をギシギシとぶつけ合い、地響きにも似た無数の足音と駆動音とともに暗がりから溢れ出してくる。超自然的な赤い光。リビングメイル防衛型。
それも一体や二体ではない。巡回型に負けず劣らず通路の奥から続々とこちらに向かってやってくる。
前後を挟まれ、完全に退路を断たれた。
「いえ、そんな……おかしいですわ!普通のダンジョンではせいぜい一体か二体程度ですのに!」
エーミルが悲鳴とも怒号ともつかぬ声を上げた。さっきの一体でも苦労して倒したというのに、こんなまとまった数を相手にできるはずがない。
「知るか!普通じゃないんだろ、ここは!とにかく下がれまだ――」
脱出する方法はある――と続く前に、鈍い音が田中の言葉をかき消した。後ろから追い立ててくる防衛型に気を取られる田中に、両腕のない斥候型がここぞとばかり体当たりをしたのだ。大きく後ろへと吹き飛ばされた田中の体が地面を数回バウンドした。カーボン装甲の胸当てを付けているとはいえ、仮にも金属の塊がぶつかったのだから無傷ではあるまい。現に起き上がろうとするが、がくがくと腕が震えて力が入れられない。
「ご主人――ぐっ!」
田中へと駆け寄ろうとしたキャシーの腹に槍が突きたてられた。さらに二本の槍がキャシーの体を貫いて背中から抜ける。
キャシーの目が憤怒に染まる。
「邪魔をするなあああ!」
手刀ですべての槍を叩き折ると、数体のリビングメイルをまとめて袈裟懸けに斬り伏せた。とはいえさすがのキャシーといえど片膝をついて肩で荒く呼吸をしている。
折れた槍を抜こうともせず、キャシーは呻く田中へとふらつきながら近寄る。そして立ち上がろうとする田中に肩を貸した。傍から見るとキャシーの方が重症だが、アンデッドだから槍で刺されたくらいでは死なない。しかしそれでも無視できないダメージをもらいすぎた。
田中はよろよろと立ち上がると片手でペストマスクをずらし、血の混じった唾を吐き捨てた。
――これ以上は限界だ。もうなりふり構っていられない。
田中はサイドバックに手を突っ込むと、そこから爆破の術式が書かれた樽をまたもや取り出した。
「まだ持っていたんですか⁉」というキャシーの呆れたような口ぶりに、
「最後の一つだ!」
田中は答えて、爆破樽をリビングメイルの戦列のど真ん中へ投げ込んだ。
途端に大きな魔術の爆発が起き、粉塵とともに巡回型がまとめて吹き飛んだ。通路全体が揺れ、爆風が通り抜ける音に紛れて――聞こえた。
突破口は開いたというのに……得体のしれない音に田中は眉をひそめた。たちまちのうちに煙が晴れていく。爆発で手足を吹き飛ばされ、這いつくばるリビングメイルたちの合間を縫って、その足元から壁へと無数の亀裂が走るのが見えた。
思わず息を呑んだ。
まさか、二度の爆破魔術に通路が耐えられなかった⁉コンクリートだぞ、そんな馬鹿な!
激しい振動に立っていられず、田中が地面に這いつくばる。
「ご主人!早く手を!」
キャシーが叫び、こちらへと手を伸ばす。しかしその手を掴むよりも先に地鳴りとともに足場が崩壊した。
ダンジョンの床が崩れ、壁が崩れ、リビングメイルたちが足下で口を開ける暗闇に吸い込まれていく。
魔術で生み出した光源が天井の破片にぶつかり霧散した。
エーミルやネクロマンサーの絶叫が崩落音に紛れて聞こえるが、それを気に掛けたり案じたりする余裕は田中にはなかった。
浮遊感が体を襲う。
暗闇。
そして――
田中の意識はそこで途絶えた。
おわり




