第二十話 ダンジョンに巣食うもの(上) その五
キャシーは田中に向けてにかっと笑ってみせると、
「こういう人外のバケモノ退治は私たちのほうが得意ですからね」
「あくまでも相手しているのは生き物だけどな」
まず初めに、キャシーが駆けた。
アンデッドが持つ人間離れした脚力で一気に距離を詰める。
赤光が迫るキャシーを捉え、防衛型が武装腕を振り下ろした。キャシーはそれをサイドステップで避けると、武装腕めがけてバルディッシュを横殴りに叩きつける。が、いきなり肘から先の刃が回転し、バルディッシュの斧刃を弾き返した。魔力強化されていないというのに、予想外だった。
田中が瞠目する間にもキャシーの胴が無防備になる。鎧をつけておらず一切の生身だ。防衛型はもう一方の腕で串刺しにしようとする。
田中がその間に割って入った。防衛型はキャシーへの追撃を諦め、武装腕の射程内へ潜り込もうとする新たな敵に向けて刃を振るう。その重い一撃は、角度を付けて受け流すのが田中には精一杯であった。衝撃で腕がびりびりと震える。
バルディッシュを振り上げながらキャシーが前に出た。壮絶な笑みだった。
バルディッシュの真価はその斧刃の重量を生かして上から叩き切ることにある。赤い一筋の光が弧を描き、空気を斬り、音を置き去りにして頭上から振り下ろされた。
今度は弾き返せなかった。
斧刃を受けた武装腕は一秒と半分持ちこたえた後、真っ赤な火花とともに肘関節から千切れた。刃が回転しながら壁に突き刺さった。
同時にキャシーの体が吹き飛ばされ、背中を叩きつけた。かはっ、と肺の中の息が全部吐き出さされる。アンデッドとはいえ今のはシャレにならないダメージだ。
何が起こったのか理解できなかった。腕は斬り落としたというのに――キャシーは見た。肘から先が千切れた武装腕、その下から生える30センチメートルほどの金属製のロッド。隠し腕。
「っザッケンナ!」
吐き捨て、真横に折れ曲がった左指を強引に引っ張って戻した。得物を握りなおして一歩踏み出す。踏み出し、大きく振りかぶって、防衛型目掛けてバルディッシュを一直線にぶん投げた。空気を斬りながら飛来する凶悪な斧刃を、防衛型は盛大な火花をまき散らしながら両刃の武装腕で弾き落とす。
田中の魔力剣が煌いた。防衛型のロッドが斬り落とされ、さらに武装腕の範囲内へと潜り込んだ。防衛型は田中を近づけまいと距離を取ろうとするが、その巨体ではとっさに機敏な動作が取れない。
半球型の胴体に剣を根元まで突き刺した。
田中は突き刺した剣を足場にし、防衛型の上へ一気によじ登る。
四つの赤光全てが間近にあるペストマスクへと向けられた。
田中はマントを翻し、ショルダーバックに括り付けられていた“それ”を引き抜いた。剣でもナイフでもなく、銃身を切り詰め、銃床を短くした小銃であった。全長は30センチメートルほどと普段使っているものより相当短いが、口径は普段の小銃よりもずいぶん大きい。
田中は防衛型の頭部にその銃口を押し当てる。
「切り札ってのは最後まで取っておくもんなんだよ――」
トリガーを引く。
小銃よりも激しい発砲音とともに、弾丸が防衛型の頭部をいとも容易くぶち抜いた。
防衛型はその場に脚を折り、田中をその背に乗せたまま地響きをたてて倒れた。赤い光が消え、完全に沈黙したことが伺える。
もうもうと砂埃が舞い、装甲の隙間から灰色の煙が幾筋も細く立ち上る。
田中は忌々し気に残骸へ一蹴り入れると、突き刺さったままの剣を引き抜いた。幸いにも刃こぼれはなさそうだ。安物にしては頑丈である。剣を鞘に戻しつつ、満身創痍のキャシーへと近寄る。
「はぁ……さすがにあんなバケモノと真正面からやり合うもんじゃないな。おーい、キャシー。大丈夫か?」
キャシーは服についた埃をはたきながら顔を伏せ気味に言う。
「大丈夫です。ちょっと、油断しました」
「まあ気にすんな。こうしてやっつけたんだから結果オーライだ」
責める気は毛頭ない。そもそもが規格外の相手なのだから、キャシーは十分やってくれたと田中は思う。同時にあんなバケモノを冒険者たちはどうやって倒しているのかが気になる。田中みたいに貫通性に富んだ高火力の武器をもって肉弾戦を挑むのは論外としても、攻勢魔術に長けた魔術師がいなければ正攻法では勝てそうにないのだが……。
田中は今回の立役者である短銃と呼ばれる銃器をショルダーバッグのラックに戻した。
この短銃は大口径単発式の銃器で、小銃では撃ち抜けない旧帝国の重装騎士対策に作られたものである。威力と貫通力を重視しすぎたため射程が小銃と比べて相当短く、正確に命中させるなら5メートルくらいが精々である。単発だし先込め式だしとあまり取り回しが良くないため、魔力強化が当たり前の時代になってからは姿を消して、今では信号弾の類を打ち上げるために使われるくらいだ。
田中が使用した短銃も十年くらい前に使っていた骨董品であり、引き金を引いたのは久しぶりである。自分でぶっ放しておきながら正直田中は驚いている。まさか役に立つとは思いもよらなかった。旧帝国騎士の鎧を撃ち抜く要領で、魔力強化されていないリビングメイルの装甲を撃ち抜くにはもってこいである。有効射程に持ち込むまでが至難の業なのだが。
「あなたち……本当に無茶な戦い方をするのですね。さすがに呆れましたわ」
完全に蚊帳の外であったエーミルがため息混じりに肩をすくめた。
ため息をつきたいのはこちらの方である。ゆっくりと視線を動かす。
「勝手に呆れてろ。で、どうして俺らがこんなのと戦う羽目になったのか、詳しく話を聞かせてもらおうか。んんっ?」
エーミルの背に隠れているおっさんがびくっと肩を震わせた。
「こんなエンディミオンの地下深くに何しに来やがった?場所が場所なんだからただの迷子ってわけじゃないだろ?」
「いやーちょっと道に迷いましてね」
下水道からダンジョンに入ってしまった自分たちが言うのもなんだが、何をどうやったら道に迷ってダンジョンにたどり着くというんだ⁉しかもこのおっさんなぜか目を合わせようとしない。
田中はペストマスクの下で胡乱げにおっさんを見る。短く刈り込んだ髪に手入れのされていない無精ひげが、さえない男感を冗長させている。ふと既視感を覚える。
それにしてもこの男……
「ちょっと待て、あんたどこかで見たことがあるな?」
探りを入れようとするつもりはなかったのだが、おっさんがあからさまに狼狽する。その証拠に視線があらぬところを泳いでいる。自白しているも同然だ。
「さあ?どこにでもよくいる顔だと思うけどねえ……」
なんだかとても怪しい。
キャシーも何かひっかかるのかして、しげしげとおっさんを見ている。エーミルだけがしきりに首をかしげている。
唐突に田中の頭に電流が走る。思い出すのはいつも突然なのだ。
「あ!思い出した!お前はあのときのネクロマンサーじゃねーか!」
「人違いだ!」食い気味に否定するおっさん。
ほぼ答え合わせをしたようなものである。
冴えない顔すぎて気が付かなかったが、若干薄れていた記憶が鮮明によみがえってきた。以前エンディミオンの周辺の村々で手当たり次第にゾンビやスケルトンを召喚し、なおかつフレッシュゴーレムでキャシーの愛剣であった大剣を叩き折った憎き悪党である。
「嘘つくんじゃねー!お前のせいであの後どれだけひもじい思いをしたと思ってんだ!」
よほど腹に据えかねていたのか田中の語気がどんどん荒くなっていく。実際、武器や武装の新調は経済的にきつかった。もう一度言う。かなりきつかった。
つづく




