第十五話 Re:新米都市警 その五
金属同士がこすれ合う音とともに棺桶から出てきたのは、身の丈2メートル以上はあろうか巨大な板札鎧の全身甲冑であった。リビングメイル……ではないのだろう。兜の奥で赤黒い目が光るのが見えた。特注の魔力強化されたラメラ・アーマーで全身を覆っているのは、おそらくリビングデッド。それもゾンビやスケルトンなんかではなくもっと違う別の何か。またその右手にはゾンビの背丈と同じくらい巨大かつ荘厳な装飾が施され、紫色に怪しく光るメイスが握られている。
そう、紫色の魔力の光なのだ。魔力が付与された武器の中では最上級の代物で、等級的にはキャシーの大剣より上である。それでいてこの恵体である。いったいどれほどの戦闘力を秘めているのか想像もつかない。
ネクロマンサーが大きく胸を張る。
「俺の顔を見られたからには帰すわけにはいかんからな。さる御方より頂いたこの旧帝国親衛隊長が使っていた破城の大槌!そして旧世界の魔術書を読みとき、それをもとに作り出した我がフレッシュゴーレムによって口封じとしてくれよう!」
ネクロマンサーの口上とともにフレッシュゴーレムがメイスを握りなおし、大きく息を吐いた。ゴーレムというものは訊いたことがある。旧帝国よりもずっと昔、今よりもっと高度な魔術が栄えていた世界で使役されていた自立式の石人形だったはず。そんなものが本当にあったかどうか定かではないが、なるほどネクロマンシーだから石でなくFlesh(肉)のゴーレムというわけね。
「さてと本命のお出まし……ボス戦ってところね……」
自嘲気味につぶやく私。
「いや、それだけじゃないぞ」
タナカが地面を指差す。あたしはそれを視線で追い……うげっ!
本日二度目の蠕動している地面を目にして思わず声が漏れた。とゆーかいつの間に新たなゾンビを作ったの⁉
「俺の真の目的はこいつを完全体にすることよ。しかし完全体と呼ぶにはまだまだ肉が足りなくてな、仕方なしに色んな村を回ってるというわけだ」
銃撃されるのを恐れてかネクロマンサーは棺桶の裏へこそこそと移動しながら話し始めた。
「ただ……こいつが近くにいると、なぜか時間差で勝手にゾンビが湧いてくるんだよなあ。しかも無制限に。それでお前らに感づかれたのだろうが……今後の課題だな」
魔術も唱えず勝手にゾンビを召喚するなんて一体どんな腕前をしているんだ、このネクロマンサーは?
「行けっ!フレッシュゴーレムよ!目の前のアンデッドを壊すのだー!」
ネクロマンサーの命が下されるや否やフレッシュゴーレムがメイスを構えてキャシーと対峙する。
先に動いたのはキャシーの方、切っ先に体重を乗せて斜めから振り下ろす。フレッシュゴーレムはその一撃を避けようともせず、あえて真正面からメイスで受け止める。相手の力量を図ろうとしているのだろうか。耳をつんざくような金属音が響き、火花が飛び散った。
魔力強化されたメイスでなければ今ので勝負はついていただろう。メイス事一刀両断だ。しかし実際はどうだ。大剣の振り下ろしを受け止め、キャシーの人間離れした怪力と互角以上にわたり合っている。
わずかな間そのままの態勢で硬直状態が続いたが、フレッシュゴーレムは足を一歩踏み出すと、力任せにメイスを押し返した。バランスを崩したところに追撃を受けるわけにはいかず、キャシーは舌打ちしてから大きく後ろへと跳ぶ。単純な力比べでキャシーが負けた瞬間を初めて見た。これで未完成だって?笑わせてくれる。とても肉をつぎはぎしただけの化物とは思えない。さすが旧世界の魔術をもとにしたと言うだけはある。こんなバケモノを作られた日にはおちおち墓参りにも行けなくなるじゃないか。
「さて、俺たちは目の前のこいつらをどうにかしないとな……」と、タナカ。
タナカが言う通り、次々とリビングデッドが墓場から蘇ってくる。その数は十……いや、二十を超えるほど。さすがに損傷が激しくてゾンビにもスケルトンにもなりきれないような遺体からは作れないらしい。それでもこの数は脅威の一言である。
「ねえ、この前の時みたいに魔術の弾丸で、まとめてこいつら燃やし尽くせないの?」
「物騒なことを言うなあ。俺もそうしたいのはやまやまなんだが、弾切れなんだ」
「一発も?」
「ああ一発も」
タナカの発言に耳を疑った。必殺技というか奥の手みたいな感じで言ってたくせに、こういう大事な時にこそ残しておくべきでしょうが!
「初めにキャシーが言ってただろ?弾も小道具も全部品切れだって。あとついでに言うなら普通の弾ももうないぞ」
タナカは小銃を構えると、土から顔を出したばかりのゾンビに向かって至近距離から発砲した。
頭の半分が吹き飛んだゾンビは、もとの動かぬ死体へと戻る。そしてタナカは腰の弾薬ポーチから新しい弾倉を取り出してリロード、装填レバーを引いて初弾を装填する。
「これが最後の弾倉だ」
次いで銃撃。またもや地面から這い出している途中のゾンビの頭を吹き飛ばした。
「どうすんのよ……?」
不安げに訊く私にタナカは軽い調子で言った。
「なあに、どうとでもなるさ」
文字通り怪物だった。しかし、たとえ怪物だったとしてもキャシーが負けるわけがないと心のどこかで思っていた。キャシーが戦っている姿なんて、あのときの一回くらいしかまともに見ていないのに。それでもそう思わせる力と強さが彼女にはあった。
負けるわけがない。
私が迫りくるゾンビの頭に剣を叩きこんでいる間にも、キャシーの立て続けの斬撃をフレッシュゴーレムはそのメイスで的確に受け流していく。
動きは人間と変わらない、いやキャシーの動きについて行けるのだから並みの戦士以上だろう。腕力もキャシー並み、そして圧倒的な体格差がキャシーを、圧していた。その時には心のどこかで感づいていたのかもしれない。数回に及ぶ斬撃の後、わずかな隙をついて振るわれたメイスがキャシーの胸元を掠める。一瞬だけ態勢を崩すキャシー、そこにフレッシュゴーレムが渾身の一打を振り下ろす。
キャシーはこれもまた紙一重でかわし、大きく後ろへ跳んで距離を取る。
メイスが打ち付けられた地面は大きくえぐれており、振り下ろしただけでできるような跡ではない。魔力強化されているがゆえの打撃力か。
しかしキャシーは臆することなく果敢に攻め込む。再び始まる斬撃と打撃の応酬。
大剣の切っ先はフレッシュゴーレムの鎧を少しずつ削り取っていくが、いかんせん全てが浅く決定打に繋がらない。
振り下ろしたキャシーの大剣をフレッシュゴーレムはメイスで受け止め、またもや力任せに弾いてみせる。
弾かれたキャシーの大剣の切っ先が地面をなぞり――その刃の腹をフレッシュゴーレムが踏みつけた。
初めてキャシーの表情に焦りの色が浮かぶ。慌ててキャシーは大剣を引こうとするが、どうやってもフレッシュゴーレムの足をどかせることはできず、大剣は微塵も動かない。そこへフレッシュゴーレムがメイスを振り下ろし――
大剣が、へし折られた。
飛び散る無数の赤い破片が、徐々に魔力の輝きを失っていく。それは破片の大小関係なく、等しく元の鋼の色へと戻っていく。魔力強化を失った剣ではあの鎧を斬れない。キャシーは折れた大剣を惜しむことなく捨てると、メイスの追撃を受けないようまたも大きく後ろへと跳んだ。
私はその信じられない光景に一瞬目を奪われてしまった。
「ニト、気を抜くな!」
タナカが私のすぐ目の前にいたゾンビの首元に、後ろから銃剣を突き刺した。ゾンビはなおも足掻くが、我に返った私がそれを斬り伏せる。
「ありがと、助かったわ」
「キャシーなら……大丈夫だ。それよりも」
タナカは小銃を構え、自分に迫りくるゾンビで一番近いものに至近距離から発砲した。
「増えることはもうなくなったが、それでもこれだけの量は大変だ、なっ!」
銃剣を喉元に突き刺し、そのまま発砲。喉が吹き飛び、頭が落ちた。
タナカは装填レバーを引くことはなかった。弾が切れたのだ。
私たちはゾンビの群れに囲まれつつある。今はまだ対処できているが時間がたてばたつほど状況はさらに不利になる。私たちの体力が尽きる前にどうにかしなければ。
つづく




