第十五話 Re:新米都市警 その四
私たちに背を向ける彼から、逃げようとする気配は感じ取れない。
観念した……というわけではないのだろう。
そしてネクロマンサーを追いかけ始めてからずっと付きまとっている悪寒にも似た嫌な予感は未だ消えていない。
「手を頭の後ろで組め。妙な真似をすると撃つぞ」
タナカが小銃を構えてずいっと前へ出る。
ネクロマンサーの肩が小刻みに震える。
――笑っているのだ。
「貴様らは勘違いしている。大いに勘違いをしている!俺は何もゾンビを大量発生させることが目的ではない」
……なんかいきなり小悪党みたいなことを言い始めたわねコイツ。しょーじき逮捕できたら理由なんてどーでもいいんだけど。
「ふーん。じゃあ何が目的だってゆーのよ。私には『僕はこんなにゾンビを作れるんだぞすごいだろー!』って自慢したがっているようにしか見えないわ」
私の挑発に再び肩を揺らすネクロマンサー。
「俺はそんな安い術師ではない。だが、そこまで言うなら教えてやろう。我が崇高なる目的の――」
そう言いながらネクロマンサーはゆっくりとした動作でこちらに――振り向き振り向いた瞬間、タナカが発砲した。
胸に弾丸を浴びて後ろへと吹き飛ばされるネクロマンサー。
「本当に撃ったの⁉」
「ああ、撃った。今撃たなければ奴は何かをしていた。確信はないが自信はある。間違いなく奴は何かをしようとしていた」
驚きの声を上げる私にタナカは淡々とそう言った。いや、だからと言って敵が自分の目的を言おうとした瞬間を狙うとは……なんとも卑劣な。もちろん誉め言葉である。
「あのなあ、今時そんな時代遅れの武器が効くと思ってるのか?」
ネクロマンサーが嘲りながら立ち上がる。
弾丸が直撃したのは間違いなく、胸元には大きな穴が開いている。しかしそこから淡い魔力の光が漏れているのが見て取れる。
なるほど、服の下に魔力強化した薄い胸当てか何かを着こんでいたのか。それなら小銃の弾丸程度じゃ魔力強化された鎧は抜けないし、やつが無傷なのも納得できる。とはいえ衝撃は結構あったらしく被弾個所をさすりながら痛みに顔をしかめている。
そしてネクロマンサーは素早く印を組むと自信に満ちた様子で高らかに言い放った。
「我が呼びかけに応えよ、黙する死者ども!」
私はとっさに身構えた。剣の柄を握る手に思わず力が入る。
周囲が――蠢いた。
次々と地面が盛り上がり、腕が伸び、そこから這いずり出てくるのは五体の動く死体。
うげげっ!ゾンビが五体も⁉
再び蘇ったことへの喜びか苦しみにか、腐り落ちる寸前の体をぶるんっと震わし、黄色く濁った虚ろな目がどこを見るでもなしに向けられている。まだ召喚者の命がないからこいつらは動こうとしないのだ。しかし、ひとたび命令が下されると――
「はーはっはっはっは!ゾンビどもよ!私以外の人間どもをやっつけるのだー!」
ネクロマンサーが命ずるやいなや、ゾンビたちはこちらめがけてゆらりゆらりと歩み始めた。
すでに死んでいるから、斬ろうが突こうがひるまず突っ込んでくる。そんな面倒な相手をどう対処するべきか……。
「ちゃんと五体全部をコントロールできているな。なかなかの使い手だな」
悩む私の隣でタナカがまるで人ごとのようにつぶやいた。
「同時に五体も出せるなんて魔力の容量も魔術の腕もなかなかのもんだな」
「のんきに感想言ってる場合じゃないでしょーが!」
ぽかりとその肩を殴ってやった。もちろんグーで。
「痛っ!なんで殴るんだよ」
抗議するタナカの鼻っ面に……ペストマスクのクチバシに指を突き付け、
「あんたねえ、状況考えなさいよ」
「むしろお前が落ち着け。冷静になって考えてもみろ、俺にはキャシーがいる。というわけで任せたぞ、キャシー」
「はい、承知いたしました」
返事をするや否やキャシーはすたすたと歩き始めた。たしかにキャシーの腕前とあの大剣ならゾンビの数体くらい一瞬で片付けられるだろう。しかし、私は目を疑った。キャシーは大剣を構えるどころか抜こうともしていない。背負ったままである。
キャシーとゾンビの距離はどんどん縮まっていき、そして――
通り過ぎた。
……あれ?
お互いに肩が触れ合うくらいの距離だったのに。まるでゾンビにはキャシーなどはなっから眼中になかったように思える。
「なんで⁉おいお前らそいつが見えてないのか⁉」
呼び出したゾンビに向かって、驚きと悲痛の入り混じったような声を上げるネクロマンサー。だが悲しいかな、すでに死んでいる者が返事などできるわけがない。
タナカは小ばかにするかのように肩をすくめた。
「ゾンビってのは魔術師の命令に絶対に従うもんだ。そしてあいつはなんて命令した?」
えーっと、たしか……自分以外の人間をやっつけろ、だったかしら?
正解だ、とタナカは言う。そしてキャシーが続けて話す。
「ニトさん、お忘れですか?」
「何を?」
「私、ご主人によって生み出されたアンデッドですよ」
呆けた顔をするネクロマンサーを尻目に私はようやく納得した。
なるほど。ゾンビは単純で簡単な命令しか聞かない。それこそ延々と歯車を回させるような、そんな命令だけである。だから人間をやっつけろと命令されたゾンビがアンデッドのキャシーを攻撃することなどありえないのだ。だって人間ではなくアンデッドだから。そのことを見抜いたうえでタナカはキャシーに直接ネクロマンサーを叩かせようとしているのだ。
「ちょっと待てお前、人間じゃないとか卑怯だぞそれは!」
たまらず声を荒げるネクロマンサー。
しかしキャシーは何寝ぼけたことをぬかしているのだと言わんばかりに眉を顰めると、淡い赤光を放つ大剣を引き抜いた。そして左足を軸に体を回転させ、赤い回転軌跡を描きながら無防備なゾンビの頭を五つまとめて切断する!
「ああああッ!ああああッ!あーッ!」
頭部を失い、土塊へと還るゾンビを目にして頭を抱えるネクロマンサーに、キャシーは吐き捨てるように言う。
「あん?ご主人に喧嘩売るほうが悪いんですよ。それに卑怯だとか、違法行為している人が言う台詞ですか。ほれ、ネクロマンシーなんて捨ててかかってきなさい」
言い返す言葉も見つからず、ネクロマンサーはぐぬぬと歯を軋ませた。
「さて、観念して貴方の首を差し出してください」
「嫌ぢゃあ!」
悪あがきなのかネクロマンサーは新たな魔術を紡ぐ。
そんなことなど構わずキャシーは両手で大剣を腰だめに構えると、その切っ先で貫くべくネクロマンサー目掛けて突進する。が、ネクロマンサーの魔術が完成するほうが早い。
「ADVENT!」
ネクロマンサーの声とともに、キャシーとネクロマンサーとの間へ割って入るように巨大な棺桶が出現した。高さはだいたい2メートルと半分くらい。縁取りも装飾も一切されていないが、重厚感のある無機質な棺桶である。キャシーは切っ先が棺桶に突き刺さる寸前で足を止め、大剣を構え直す。
タナカが小銃に銃剣を取り付けているのが視界の端で見えた。
「ニト、気を付けろ。今のは召喚魔術だ。あいつ、何かを呼びやがった……」
それくらい私でもわかる。問題はあいつがいったい何を呼んだのか、である。
ギシッ……。
蓋が軋み、ゆっくりとひとりでに開いていく。そこには闇があるばかりでそれ以外何も見えない。
気のせいか急に肌寒くなってきた。
ぉお……ぉぉぉ……。
呻きとも風の声ともつかぬ微かな音が耳に届く。
蓋が半分ほど開いたところで、闇に染まる棺桶の内側から指がかけられた。魔力の輝きを放つガントレットに覆われた手であった。さらに軋む音とともに今度は蓋が全て開かれ――
現れた。
つづく




