第十五話 Re:新米都市警 その三
「不詳この私キャシーが状況を打開する妙案を思いつきました」
キャシーが得意げな顔をして話を切り出してきた。
若干嫌な予感がしなくもないが……よろしい、話してみなさい。
「こういうのはどうでしょうか。ニトさんが都市警の増援を呼びます。そして街道と言う街道を全部封鎖して、全部の巡察官を村に駐留させて全員の身元をチェックして人や物の出入りなどを管理、制限する。魔術師なら組合に確認が取れるまで身柄を拘束したりして……これで絶対に犯人が捕まえられますよ」
などと、とてつもなく恐ろしいことを言ってのける。
う、うーん……頭が痛くなってきた。
私はこめかみを押さえながらキャシーに諭すように話す。
「あのね、昔にね、そういうことを実際にしてた国があってね……旧帝国っていうんだけど。議会派の反乱で滅びたけど。とりあえずその案は却下ね」
えー!とキャシーは不服そうだがそもそも一介の巡察官にそんな増援が呼べるわけがない。というか絵に描いたデストピアはやめてほしい。
だめだこのアンデッド、解決するどころか新しい問題を生み出しかねない。
「別に打つ手がないってわけじゃないぞ。一応だけど考えがある」
タナカがおもむろにそう言った。初めは聞き間違いかと思ったが、その態度というか振る舞いからどうやらそこそこ自信があるようだ。
従者が従者なら主人も主人……と言う可能性もあるだろうし、効かないほうが幸せな気がする。まあでも物は試しで、ちょっと詳しく聞かせてもらってよろしいでしょうか。
「犯人がまだこの村に訪れていないってのが前提だぞ」
「大丈夫、今日はあんたたち以外で外から入ってきた旅人とかはいないわ」
「なら大丈夫そうだな。で、俺の考えを話す前に確認したいことがある。報酬はでるんだろうな?」
報酬?ホウシュウ?
What?
「オゥ、ワタシアナタノコトバワカリマセーン」
「おいクソ警官、ほんとうに言葉をわからんくしてやろうか」
「ジョークよジョーク。だから銃口をこっちに向けないで、ね」
私の誠意のこもった説得が通じたのかタナカは小銃を壁際に戻した。
正直怖かった。
まあ、たしかにアイデアを出させるだけ出させてタダ働きさせるのも考え物である。しかし現金を支払うほど私の懐に余裕はないし、実際その考えとやらがほんとうに使えるものかもわからない。
「報酬は出せないけどご飯くらいはおごるわよ」
まあ妥当なところではないだろうか。エンディミオンに帰ったら私の休暇の日にでもランチに連れて行こう。報酬なのだから私の誘いを断るなんてとんでもない。もちろんキャシーも一緒で。
タナカは私のステキな提案に肩をすくめると、
「じゃあ説明するぞ。まずはニトが村の入口のところで――」
「都市警よ。そこで止まりなさい。そして両手を頭の上にあげなさい。いいわね、おかしな動きをしたら容赦しないわよ」
旅人風の恰好をした年のころは三十代半ばだろうか、それこそ道を歩けば必ずすれ違うくらいどこにでもいそうな冴えない顔をした中肉中背のおっさんである。
「な、いきなりなんですか」
村の入口で私がいきなり槍の穂先を向けたせいか、男はへっぴり腰で慌てふためいている。まあ村に入るなりこんな風に歓迎されたのなら誰だって動揺するだろう。しかし、
「しらばっくれるんじゃないわ。あなたでしょ、ここ最近のリビングデッド大量発生事件の犯人は」
そう指摘して私は槍の穂先を男の胸からさらに数センチほどの距離まで近づける。
男から動揺が消えた。代わりに現れたのは研ぎ澄ましたような冷気。
「……ほぅ、さすが都市警。ちょっと甘く見すぎていましたね」
男はにゅうと目を細めると挑発するかのようにそう言った。どこにでもいそうな冴えないおっちゃん、なんて人相ではない。今すぐぶっ殺したほうが良い気がする――私の第六感がそんな物騒な考えをチラつかせてくるくらい危険な香りがする。
「それにしてもよくわかりましたね。素直に驚きました」
「まあね。あまり都市警をなめないことよ」
ロングスピアを構えたまま不敵に笑って見せた。
嘘である。
本当は村にやってくる人に片っ端から槍を突き付けて、都市警だ!お前が犯人だろ!と決めつけているだけである。
職務乱用と言われればそれまでだろーけど、事件解決にはやむを得ないことである。うん。いやーそれにしても初めに話を聞いたときはこんなアバウトな作戦が上手くいくとは到底思えなかったのだが、まさか成功するとは……。
「で、都市警さんはたった一人でこの俺を逮捕する気かな?」
「あら、それくらい朝飯前よ。ほら、さっさと頭の上で腕を組みなさい」
「ああそうさせてもらう――よっと!」
いきなり男は槍の穂先をすくい上げるように蹴り上げると、同時に私の懐に飛び込んで来た。だが私はすぐさまロングスピアを男目掛けて叩きつける。所詮はネクロマンサー、しなりの利いた打ち下ろしはかわせまい。しかし男はいつの間に抜いたのか右手に握ったショートソードを一閃、穂先から先が斬り落とされたロングスピアは男の鼻先を掠める。
こいつ、ネクロマンサーのくせになかなかやる!とても素人の動きには見えない。おそらく何かしらの訓練を受けたプロ。
返すショートソードの切っ先が私に向けられる。背筋にうすら寒いものが走った。
――かわしきれない!
「何事も油断はいけないな」
ズドンッ!という重い銃声がして、男が持っていたショートソードが吹き飛んでいた。
装填レバーを引きつつタナカが茂みをかき分けて現れた。その後ろには抜身の大剣をチラつかせているキャシーの姿もある。もしもの時は援護するとは言っていたが本当にその世話にあずかる羽目になるとは。まだまだ訓練が足りないと痛感させられる。しかし今はそれがとても心強い。
男は右手をさすりつつ、キャシーのことははったりか何かだと思っているのか私と田中を交互に見やる。本当にヤバいのはキャシーなのだげども。
これで三対一、追い込むことには成功した。普通の小悪党ならここで観念しているはずである。しかしこのネクロマンサー、まだ口元に笑みが浮かんでいる。
「ええい、武器だけ撃ち抜くとは……いや、まぐれ当たりに決まっている」
「たしかにまぐれだ。しかし今度こそはその頭をぶちぬいてやる」
銃口はネクロマンサーの額にぴったりと向けられている。
「おお怖い怖い」
おどける様なネクロマンサーの声といつの間にかその左手には小さな筒状の物が握られていた。そしてタナカが引き金を引くよりも僅かに早く、ネクロマンサーはそれを地面に投げつけた。同時に灰色の濃い煙がもうっと周囲に広がっていく。すぐそこにいたはずのネクロマンサーの姿どころか輪郭さえ見えなくなってしまった。予想以上に煙が厚い。私は役立たずの棒きれを捨てると支給品のブロードソードを抜いた。安物で心もとないが木の棒よりはましである。
「この世界でも煙幕か⁉」
タナカの驚きの声が聞こえ、次いでガシャコンという装填音が聞こえた。そして発砲音とともに田中がいたであろう所から局所的な突風が吹いてきた。厚い煙が空へと流されていく。
あっという間に煙は立ち消え、ネクロマンサーの姿も掻き消えている。どこに逃げた?
タナカが再度装填レバーを引き、小銃を構えた。銃口の先を視線で追うと、なるほど村の奥へと逃げていくネクロマンサーの背中が見えた。タナカは引き金に指をかけて照準器を覗いていたが、小さく舌打ちをすると小銃を肩にかけて走り出した。
置いていかれまいと慌てて私も走り出す。
「追いつけるの⁉」
「わからん!でもあいつがどこに逃げるのかはだいたいの見当がつく!」
「どこなのよ?」
「相手はネクロマンサーだぞ、墓に決まってるだろ!」
タナカの言う通り、全力で走った私たちは村のはずれにある墓地でやっとネクロマンサーに追い付いた。
つづく




