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第十三話 狩猟権、持っていますか? その五

 田中はキャシーを見る。


 口をあんぐりとさせて無防備に立ち尽くしている。


 女戦士を見る。


 眉間にしわを寄せて、今すぐにでも飛び掛かれるように重心を下げている。


 そして二人の視線が全く同じ方向を向いているから、田中も同じようにゆっくりと首を動かした。


 ウサギがそこにいた。


 ただし全高4メートル。


 田中は見間違いかと思い目をしばたかせたが、やはりどこをどう見てもウサギである。ただし小山ほどの大きさだ。


 のっそりと立ち上がったウサギを前に思わず後ずさる。可愛らしい外見なのだが、至近距離かつその巨体を前にすると恐怖しか湧いてこない。そして田中はトレースを吹き飛ばしたのはこいつなのだとようやく理解した。


 後ろ脚のみで立っているうさぎは真っ赤な双眼で田中を見ている。


 田中の脳裏に警鐘が響く。その視線に殺気はない。しかし、マズい。殺気はなくとも動物が興味を持って見られるというだけでマズい。もし、こんな大きさのウサギにじゃれつかれたらひとたまりもない。


 ――と、視界の端に何かを捉えた。


 田中は首を横に向ける。苦虫を数匹まとめて噛みつぶしたような顔をした女戦士が田中のそばを通り抜け、そのままウサギと対峙するように立ちはだかった。


 女戦士が腰から片手剣を引き抜いた。刃が片方だけについた幅広の片手剣である。触れるだけで切り裂けそうなその剣身から真っ赤な魔力の光が溢れ出る。さぞ名のある魔術師が強化したのだろう。剣、魔術含めてキャシーのものよりも業物に違いない。


 田中は訊く。


「そんな物騒なもん引き抜いてどうするんだよ。バーベキューにでもするのか?」


 女戦士は答える。


「私はこいつを追ってこの森に来ました」


 どういうことだと田中は眉をひそめた。ウサギの視線が田中から女戦士に移った。


「よく考えてみてください。こんな大きなウサギが野生でいるわけがないでしょう」


 これくらいでかいトカゲならいるけど。


「このウサギはニシナリアの魔術師組合が作った実験動物です」


 女戦士はとんでもないことをさらっと言ってのけた。


 エンディミオンから南に行ったところにニシナリアという友好都市がある。馬で三日、徒歩で六日程度の距離である。小規模の廃墟街が近くにあるそこそこ人口の多い都市だ。そこにもちゃんと魔術師組合はある。


 それにしてもニシナリアの魔術師たちは、いったい何のためにウサギをでかくしようなんて思い至ったのか。


「対ミュータント用……とか言っていましたね。例えば犬とか自分たちに従順な動物を巨大化させてミュータントと戦わせることで、脅威に対抗するとかなんとか……」

「発想は悪くないが、散歩とかしつけとかどうするつもりなんだ、ニシナリアの連中は。じゃれつかれただけで殺されるぞ、この大きさだと」


 ウサギは近くの木に前脚を伸ばすと根元から容易く引き抜いた。そして葉をバリバリと食べ始める。トレースが話していた倒木や先ほど見つけた頭を潰された鹿を田中は思い出した。おそらく犯人はこのウサギだ。


 ひょっとして――とんでもなく危険なのでは?


 女戦士はウサギの食事シーンにたじろぐこともなく話を続ける。


「理由までは知りませんが被検体は檻を破って脱走しました。組合の捕獲作戦も失敗したらしく、周囲の森や山に甚大な被害を出しながら逃走を続けていました。だから私は組合から処分の依頼を受けてあの被検体を追って来たのです」


 たしかに、この大きさだ。組合に常駐しているような魔術師でどうこうなるとは思えない。屈強な、それこそ辺境最強と呼ばれるような戦士に処分を依頼するのも分かる。しかし、話を聞く限り巨大化させたのは普通のウサギらしい。廃墟街のモンスターじゃあるまいしただ大きいだけのウサギの処分なんて容易いのでは。それこそ遠くから弓を射るなり槍でも投げるなりすればいい。鋼鉄のように分厚い鱗もなければ特殊な攻撃方法もないただのウサギである。いくら大きくても斬れば傷つくし、撃てば痛がるだろう。倒せないということはないはずだ。


「で、よほど強いのかよほど逃げ足が速いのかは知らないけど、あんたはまだ仕留められていないと?」

「理由があります……言い訳になってしまうかもしれませんが」

「別に聞きたかないよ。こっちも森を荒らしているヤツをどうにかしてくれって話だしな。キャシー、仕事だ」

「はい、承知いたしました」


 キャシーはようやく大剣を引き抜き、ウサギの前に立ち、


「うっ……」


 変な声を上げたきり、そこから動こうとしない。


 どしたん?と怪訝そうに訊く田中に対してキャシーは、


「えーっと――いくら私がアンデッドとはいえ、ああいう見た目といいますかフォルムといいますかウサギを真っ二つにするのは気が引けると言いますか……」


 可愛いから殺せない、と言いたいのだろう。横を見れば女戦士も同意と言わんばかりにこくこくと頷いている。頭が痛くなってきた。


 やりにくいということは否定しないが、一応は依頼で来ているわけであって……。


「しゃーない、俺がやる」


 田中は大きなため息をつくと装弾レバーを引いた。要するに実験動物の処分なんて考えるからためらってしまうのだ。狩り、あるいは駆除だと思えばいい。田中はそう自分に言い聞かせながら照準を覗き、引き金に指をかけた。自分たちの都合で造ってしまったのだから、せめて苦しまないように一発で仕留めてあげたい。


 真っ白な毛におおわれた額に銃口を合わせ、指先に力を入れ――


「何勝手なこと言ってるんですかああああ!」


 後ろからのタックルに田中はなすすべもなくずっこけた。衝撃で小銃が手からすっぽ抜ける。


「てめえ何してくれんだああああ!」


 田中は起き上がるなりトレースの襟元を締め上げる。外からは見えないがマスクの下は憤怒の形相である。


「何するって、先輩こそ自分が今何をしようとしていたかわかってるんですか⁉」


 逆に声を張り上げられて思わず一瞬言葉に詰まる。


「何って言われても、ウサギを撃とうとしたんだが……」

「それですよ!先輩にはこの森での狩猟権がないでしょーが!森林法違反ですよ!」


 狩猟権。


 文字通り動植物を狩猟採取するための権利である。簡単に言えばキノコ狩りとか薬草採取、狩りをしたかったら金を払えということである。もちろん金を払わずにウサギを撃とうものなら立派な密猟者となる。たとえそれがドラゴンほどの大きさだったとしても。


「待て……狩猟権って……あの女戦士ならわからんでもない。密猟者一歩手前だからな。でもどうして俺たちに狩猟権がないんだ?というか、はぐれのミュータントを想定していたんだから普通は許可が下りてるだろ?」


 トレースは険しい表情をして腕を組むと、


「僕も驚いていますよ。まさか狩猟権が必要な事態になるとは思ってもみなかったものでして。ええ、手続きが面倒なんで許可などは取ってないんです。いやはや、世界とは広いですねえ」

「あほかああああああッ!」


 ズシン――と地鳴りがした。いや違う、田中とトレースは恐る恐る振り返った。ウサギがゆっくりとこちらに向かってくるではないか。


「森番なんだから特別に狩猟許可とかだすなりなんとかしろッ!」

「森番をなんだと思ってるんですか!ただの一公務員ですよ!そんな権限ないですって!」

「じゃあお前がどうにかしろッ!」

「小銃もないのにできるわけないじゃないですかッ!」

「役に立たねえなぁおい!」


 二人が言いあう間にもウサギは迫ってくる。ゆっくりとしたペースで、しかし着実に。そして興味津々と言う風に。


「ええい!森林法が怖くて魔術師が務まるか!」


 田中が落とした小銃を拾おうとするが、トレースは田中の腕を取って即座に邪魔する。


「だから森番の前で森林法違反はだめですって!」

「邪魔をするな!もとはといえばお前が巻き込んだのが原因だろーが!」

「不可抗力です!」

「不可抗力じゃねーよ!てか、こういう状態にならないために下準備しとけよ!」

「ほら最近よく聞く想定外ってやつですよ!」

「お前のは想定外とは言わねえええ!」

「ご主人!上!」


 緊迫したキャシーの声が田中たちに届いたのと二人の頭上に影が差したのは同時であった。

顔を上げれば視界いっぱいに広がるウサギの腹。


 地面を蹴ってウサギが二人目掛けてジャンプしたのだと気づくなり、


「「うわああああああああああ!」」


 腹から悲鳴を上げて田中とトレースは全力で飛び退いた。間髪入れず地響きをあげてウサギが着地。衝撃でキャシーと女戦士がすっころんだのが視界の端に見えた。


 もうもうと巻きあがる土煙の中、着地に失敗して這いつくばっている田中を赤い双眸が射抜いた。廃墟街でリザードと対峙しているのと感覚的には何ら変わりがない。


「マジでシャレにならねえぞ……」


 小銃は手元にない。田中が剣の柄に手を伸ばしたその時、突然空が黒く陰った。

つづく

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