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第十三話 狩猟権、持っていますか? その三

 鹿の死骸を見下ろしながら田中は黙考している。どうにもおかしい。トレースが言うようにミュータントの仕業であるとは、田中には到底思えなかった。


「ご主人、頭を一撃で潰されていますが他に目立った外傷がありません」


 キャシーが潰れた鹿の頭を見ながらそう言う。


 糸口となり得そうなのは頭を潰されている以外に外傷がないという点だ。ミュータントやその類のバケモノなら殺した後捕食しないというのもおかしな話である。


「僕たちが近づいてきたから逃げてしまったのでは?」


 振り返ると、さっきまで伸びていたトレースがいつの間にか復活している。トレースはイヌ科の耳を模したような頭巾に年季の入った革鎧、狼の毛皮の腰巻という森番――いわゆるレンジャー的な恰好というよりも蛮族みたいな装備をしている。ただ武器は蛮族とはいいがたく、肩から小銃を斜めに掛けている。ストック部分には斜めにひっかいたような小さな傷がいくつも彫られている。


「ミュータントがぁ?人が近づいただけで逃げ出すなんてありえないと思いますよ」


 すかさずキャシーが否定する。


 逃げてくれるならどれだけ廃墟街の探索が楽になることやら。あいつらはむしろ向かってくるからたちが悪い。田中の中で苦い記憶がふつりふつりと浮かんでくる。


「じゃあ森を荒らしているのはミュータントの仕業じゃないんですか?」

「少なくともこの鹿に限っては違うだろうな」


 田中はきびすを返してトレースの横まで近寄った。そして何かしら思いついたように尋ねる。


「なあ、今この森に入っている猟師とか冒険者ってどれくらいる?」

「事件が起きてから規制してますよ。何かあったら責任問題ですし」


 いちいち言うことが役人臭い。しかし、トレースが言う通りならこの広大な森にいるのは森番たちと自分たちしかいないはずである。


 もっとも法令を守る気のない輩がいたら話は別である。


「この辺に森番や猟師が使う小屋ってあるのか?」と田中が訊く。


 以前、こういう役人が管理している森の中には、森番や狩猟許可書を持った猟師たちが休憩や宿泊などに使うための小屋が建てられていると聞いたことがある。廃墟街にはそういった設備がなく、野宿や廃墟の中で身を休めることしかできない。田中としてはうらやましい限りである。あったとしてもミュータントの襲撃ですぐになくなってしまいそうだが。


「あるにはありますよ。ですけど、どうして?」


 トレースは怪訝そうに答える。


「飯とか食べるなら雨風しのげるところで食べたいだろ?森を荒らしている狼藉者とやらも小屋があるのにわざわざ野宿なんてしたくないだろうし」


 さも当然といったように返す田中に、昔馴染みとはいえトレースも一瞬だけ言葉を失った。


 田中の言っている意味が理解できず、それでもなんとか頭をフル回転させてから返答する。


「もしかしてですけど、先輩は――言い方は変ですけど犯人は人だと思っているんですか?しかも山小屋を拠点に行動をしていると?」

「当たり前だろ。んな都合よくミュータントが出てくるわけがないし。とゆーか、もしミュータントなら襲われた森番全員この鹿みたいになってるはずだ。たぶんホシは密猟者か冒険者崩れとかそういったところだと思うけどな」


 密猟をしている最中に森番と遭遇しそうになったため、さっき田中がトレースに石をぶん投げたみたいに奇襲を仕掛けたのだろう。そして人を殺すほどの度胸はないからその場で放置、逃走。密猟者とかならあり得ない話ではない。


「ですが仮に密猟者だとしても、常識的に考えてそんなわかりやすいところにいるはずが……」


 トレースの当然ともいえる反論に反応したのは田中ではなくキャシーであった。


「トレースさん、ご主人の言うように小屋は調べたのですか?」

「いえ……調べてはないですが……」

「じゃあとりあえず近場の小屋まで案内してくれ。どうせアテもないんだし。意外と犯人が狩ってきた獲物の肉を焼いて食ってるかもしれないぞ」


 実のところ、適当に言っているだけである。確信など全くない。まさか本当に小屋で犯人が飯を食っているなんて自分で言っておいてなんだが、田中もさらさら信じてなどない。ただ、エンディミオンからここまでほぼ休憩なしで歩いているし、お腹も減ってきた。それにトレースの部下が――プロが探しても痕跡すら見つからないのだから素人の自分が見つけられるとも思えない。だったらちょっとくらいサボっても罰は当たらないだろう。心の中の悪い自分が甘美な言葉で語りかけてくる。抗う気もないが。


「先輩、本当に小屋に行くんですか?今まで襲われたポイントを見たりとかしなくていいんですか?」


 田中が左手を軽く払った。


「大丈夫だろ。ほらさっさと案内する」


 田中の言うことに納得したわけではないのだが、たしかに自分の部下がそういったポイントを現在も重点的に監視している。だったら自分たちは違う場所に目を向けてみるのも悪くはないかもしれない。


「わかりました。こっちです。付いて来てください」


 気が付けばトレースはそう言っていた。


 トレースを先頭に田中とキャシーは森の奥へと分け入っていく。


 ――どれくらい歩いたのだろう。


 キャシーの背中にはいつもの大剣、田中の肩にはいつもの小銃。装備も廃墟街へ行く時と同じ、要するにフル装備であった。


 そしてフル装備の田中たちが目指すのは現在の地点――森の入口から一番近いところに建てられている小屋である。近いといってもそもそもこの森自体自由都市エンディミオンがいくつもすっぽり収まるくらい広大なのだから、まあ遠い。


 まだ着かないのだろうか。


 普段から森を歩きなれている森番や猟師ならともかく田中にはかなり堪えた。廃墟街ならまた別だっただろう。アンデッドのキャシーはそうでもないのかもしれないが、ずんずん先へと進んでいくトレースに歩を合わせるのはかなり堪えた。それでもなんとか付いて行けるのは、視界の端に時たま入ってくる木に登っていくリスやら間抜けな顔をしているアライグマという動物たちに知らず知らず癒されているおかげかもしれない。あいにく田中が顔を向けると一目散に逃げていくのだが。そして動物たちに逃げられたその田中の視線が、今度はトレースの背中に向けられた。正確には背中に斜め掛けしている小銃に。


「それにしても、小銃なんてまだ使ってるんだなあ」


 懐かしい、といったような話しかけ方であった。


 トレースは振り返らない。振り返らないかわりに肩をすくめて言った。


「先輩がそれを言いますか。そりゃ戦場を共に走った相棒ですからね……といってもあの時使っていたものとは違いますが」


 グリップや金具など所々が真新しい部品である。使い古されぞんざいに扱われている田中の小銃とは見た目や性能を含めて天と地ほどの差がある。


「トレースさんも魔術師ですか?」


 キャシーが聞いた。小銃はその特性上、魔力を持たざる者には扱えない。だからそう思ったのだろう。


 トレースは首を横に振る。


「魔術師なんてそんな高尚なもんじゃないですよ。たまたま術式が扱える程度の魔力を持っているだけです。自分みたいなものまで魔術師なんて名乗ったら魔術師組合が管理できなくなってしまいます」


 微量な魔力もちって案外そこら辺にいるもんですよ、とトレースは笑う。


それを聞いてキャシーが即座に振り返る。顔を見るなりキャシーが次に言いそうなことが田中には何となくだがわかったような気がする。


「ご主人も組合費収めるのあんなに嫌がるんでしたら魔術師の看板を下ろせばいいのでは?大して魔術も使えないなら経済的にもそちらのほうがいいと思います」


 ほぼ想像通りの内容だった。


 言うようになったなあと感心するより前に理由を話したほうが良いだろう。


「あのなあ、そんなことやってみろ。ネクロマンシーも使えなくなるし、キャシーを連れているだけで聞き取りのために組合がすっ飛んでくる」


 そこまで行ってから田中は急に声を潜める。


「――厳密には魔術じゃないけど」


 トレースの耳には入らなかったと思う。


「まあまあキャシーさんも先輩も気張らないで。要するに金の使い方であって、組合費を払ってまで魔術師と名乗る価値があるかどうかですよ。先輩と違って僕はそう思わなかっただけです。ネクロマンシーはおろか明かりすら生み出せませんしね」


 だがしかし、と心の中でトレースは付け足す。仮に魔術師として組合に属したとしても組合費は経費で落ちるから、田中と違って特に自分の懐が痛むわけではない。


 話してみたらどういう顔をするだろう。


 気になる。


 悪戯心が胸の内でむくむくと湧き上がる。


 トレースは振り返る。


 田中とキャシーを見据えると、笑顔を浮かべて、


「そろそろですよ」


 ほどなくして視界いっぱいに光が溢れた。


 森が開けた。

つづく

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