表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/384

第十三話 狩猟権、持っていますか? その一

 風が流れ、葉が揺れるたびに鼻へ運ばれてくる心地よい木々の匂い。その合間を縫うように漂ってくるツンとした刺激のある匂い。それは近づくほどはっきりとしてくる咽かえるような血の匂い。


 ペストマスク越しでも強く感じられる。


 田中は傍にしゃがみこんだ。手袋を取り、そっと素手で触れるとまだ体温はじんわりと残っている。それに傷も新しいものだ。


 よほど強い力でなぐられたのかして外傷は頭部の傷一か所のみであるが、その頭部自体が原形をとどめていない。もちろん即死だろう。出会い頭に会心の一撃を食らったと見える。


「ご主人、これはどう考えます?」


 顔色一つ変えずにキャシーは訊く。


「まだ犯人は遠くへは行っていないだろうな……まあ人かどうかもわからないけど」


 自由都市エンディミオンが管轄している森林地区で田中たちは凄惨な現場と遭遇していた。思いがけず――ではない。やっと遭遇できたというのが正しい。


 見るも無残な鹿の死骸に短く黙とうした後、


「で、ここからどうするんだ?俺たちは廃墟の中を歩くのは慣れてるけど、森に関しては素人だぞ」


 田中の視線はキャシーよりもさらに後ろにいる男へと向けられた。二人からに3歩ほど離れたところに、少年と言うには大人びており、青年というには幼い雰囲気をもつ男がいた。外見の奇抜さで言えば田中の右に出る者はいないが、この男もなかなか変わった格好である。狼の毛皮の腰巻を身に着け、イヌ科の耳をモチーフにした装飾がついた顔周りまである頭巾のようなものを被っている。肩から田中のものよりも小ぎれいな小銃を掛けている。


 この場にいるのは鹿の死骸を除けば田中とキャシーとこの男のみ。


 男は腕を組み、たっぷり数秒の間黙考する。そして、


「そうですね……どうしましょう?」


 困り顔でそう言った男に、田中は無言で赤ん坊の頭ほどの石を投げつけたのであった。



 時間は相当遡る。





 田中は顔を洗うと、いつものようにペストマスクを付けた。魔術師と名乗るようになって以来ずっと付けているペストマスクである。家の中くらい外せばいいのにとキャシーは言うが、それでも外す気にはならない。魔術師としてのたしなみだと自分で言っているが、もしかしたら何らかの呪いなのかもしれない。自分が自分に対して掛けた戒めとしての呪い……。


 田中はリビングへの扉を開けた。


「ご主人、おはようございます。いい夢は見れましたか?」


 給仕姿のキャシーが快活な笑顔で迎えてくれた。両手に持っている皿にはスクランブルエッグとソーセージが盛られている。漂う香ばしい匂いがペストマスク越しの鼻をくすぐる。


「いい夢かと聞かれると微妙だな」

「そうですか。まあとにかく椅子に掛けてください。今日の朝ごはんは会心の出来ですよ」

「そうさせてもらうよ。朝からありがとう」


 キャシーの眉間にしわが寄る。食い入るようにこちらを見ているのだが、一連の会話の中に何かキャシーの期限をそこねるようなことでもあっただろうか。


「どうしたんですか?なんだかご主人らしかぬ感じですけど……さては偽物⁉」

「んなわけあるか」


 田中は両手に皿を持ったまま器用にファイティングポーズをとるキャシーを無視して椅子に腰かけた。すでにスクランブルエッグとソーセージ、芋のポタージュ、サラダと朝から豪勢なメニューが並んでいた。朝から重すぎるとも言える。口には出さないが。


「それにしても家の中だと言うのにペストマスクなんかかぶっているんですんね」

「魔術師としてのたしなみだからな」

「まあ昔も頬あてなんかして人相がわかりにくかったですけど。まさか先輩がこんな風になってるとは思いもよらなかったです」

「そりゃまあ昔は魔術師じゃなかったからな。あと飯の時くらいは頬あてを外してた……よ……?」


 とてつもない違和感が田中を襲った。


 今俺は誰と会話していた?キャシーか?というかキャシーは何人前の朝ごはんを用意してた?


 腐った水車のようなぎこちなさで顔を横に向ける。ソファに見慣れぬ後姿が座っていた。


「……誰だお前?」


 田中の声には警戒感がありありと出ていた。隠す気すらないらしい。


「いやー、先輩にそういう風に言われると結構傷つきますね。一緒に戦場を走り回った仲じゃないですか」


 見慣れぬ後姿が立ち上がり、振り向いた。若い男だった。少年と青年の間くらいで人懐こそうな顔をしている。彼を見て田中は思わず、うげっと声を漏らした。


 田中は彼を知っている。というかできればもう会いたくない部類の人である。


「キャシー!どうしてこいつを家の中に入れた⁉」

「え、いけませんでしたか?昔の知り合いとお聞きしましたが」

「そうそう、先輩と僕は昔からの知り合いですよ」


 比喩表現でなく本当に頭が痛くなってきた。


「とりあえずキャシー、誰かを家の中に通すときは先に俺に連絡をくれ。あとこいつは昔の知り合いなんて生易しいもんじゃない。同業者だ。傭兵団時代の部下だ……」


 男は軽やかな動作で一礼する。


「改めて自己紹介を。元先輩の部下でしたトレースです。以後お見知りおきを」




 成り行きで、一緒に朝ごはんを食べることになった。


 田中としてはさっさと追い返したいのだが、三人分作ってしまったからせっかくなら食べていってもらいたいというキャシーの反論を受けて、しぶしぶ折れることにした。当の本人は美味い美味いと連呼しながらガツガツと食べている。


 キャシーは得意げな顔をしている。これでは普段から味の感想を言っていないように思われてしまうではないか。


「いやーそれにしても驚きましたよ。先輩が魔術師となったのは風のうわさで聞いていましたがまさかネクロマンサーとは。しかもこんなかわいい子をアンデッドにして使役しているなんて、法律的に大丈夫なんですか?」


 キャシーがちらちらとこちらを見てくるがガン無視を決め込む。


「厳密にはネクロマンサーじゃないんだが……まあそこんところは大丈夫。今のところ官憲にも呼ばれていないし」


 田中はソーセージにフォークを突き刺し、無造作に口の中へ放り込んだ。あまり話したくはないと言外に言っているのだが、どうにもこのトレースという男はそれを気に掛ける様子がない。それどころか意識的に気づかないふりをしているのではないかとさえ思う。というか絶対に察している。察しているにもかかわらず、あわよくばいろいろと聞いてやろうという思惑が滲み出ている。田中は思った。めんどくせえ。


「でも傭兵団にいてたときはアンデッドなんてつくれませんでしたよね?いったい何があったんです?」


 可愛いアンデッドとキャシーが小声で付け足した。もちろん無視だ。


「お前に話す必要はない」

「つれないなあ」


 トレースは田中のあまりの無愛想っぷりに苦笑した。


 田中はペストマスクの下で微笑んだ。


 早く死なねーかなコイツ、と。


 しばらくの間無言でフォークを動かした。


 目前の皿を空にしてからようやく田中は話を切り出した。


「で、何の用があって来た?まさかたまたま近くに寄ったからついでに顔を見に来たとか言わないよな。もしそうならひどい目にあわすぞ。具体的には体に穴が開く程度の」

「えーっと、先輩……よっぽど苦労したんですね」


 うるせえ。


「いやはやお察しの通りで。ちょいと面倒ごとに巻き込まれていましてね。先輩ならどうにかしてくれると考えて、こうして遠路はるばるやって来たというわけです」

「よし今すぐ帰れ」

「いやいやいや、冷たすぎですよ!もう少しこう親身になってくれてもいいじゃないですか!」


 トレースが悲痛な声を上げるが、田中は知らんぷりを決め込む。


 まあそれはさておき、面倒ごとに巻き込もうとしているのは火を見るよりも明らかだ。正直に面倒ごとだと言って隠そうとしないところには若干の好感が持てるが、だからといって手を貸すかどうかは別問題である。前にあった魔術師組合の事件や決闘の代理人みたいなことはできることなら金輪際勘弁願いたい。


「まったく、その性格直したほうがいいですよ。マジで。まあまあそんなに身構えなくて大丈夫ですよ。そうですね、仕事の依頼って思ってくれれば十分です」

「経験則からして、そういうのに限ってクッソ面倒なんだよ」

「ほんと擦れた性格になりましたねえ……」

「可哀そうな目で俺を見るんじゃない」


 と、田中は気が付いた。キャシーが頬を膨らませてこちらを見ている。訂正。恨めしそうに睨みつけている。羽虫程度なら視線で殺してしまいそうなほどに。


「ご主人、なんだか私一人はぶられているような気分なんですが」


 どうやらすねているらしい。田中は小さくため息をついた。


「そんなことないぞ。うんうん。俺はどちらかというとこんなヤツとよりキャシーとずっと話したいよ」

「ホントですか!」

「いやあの先輩、そろそろ話し進めてもいいですか?」


 きらきらと瞳を輝かせるキャシーと対照的にトレースの瞳からは光を感じられない。仕方がない。ちょっとくらい話を聞いてやるか。

つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ