第十一話 魔術師組合探検隊 その一
冒険者は旧世界の廃墟街には行かない。なぜならば得られる報酬に対して都市が定める特定危険生物――いわゆるミュータントやアノマリー、大戦時のブービートラップなどあまりにも危険だからである。
屑拾いは旧世界の廃墟街に殴り込みをかける。なぜならばとにかく金が欲しいからである。しかし死んでしまっては元も子もない。生きて帰るためにはミュータントを含めた廃墟街を歩くための知識が必要である。言わば屑拾いとは廃墟街の専門家なのである
薄暗い曇天の空模様の下、二人組の屑拾いがミュータントに囲まれていた。変わった風貌の二人組である。
片方は一見して魔術師。都市迷彩柄のフード付きマントに魔術で強化されている胴当てを身に着け、ミュータントに向けて小銃を構えている。かろうじて魔術師を名乗れるものの装備である。しかしそれよりも目に付くのが、彼がつけているペストマスクだ。このせいで第一印象が不審者と言われても文句は言えない。
もう片方は褪せた金髪をミディアムショートにした十代後半くらいの少女。血の気のない顔色に左目を覆う黒い眼帯、そして可愛らしい顔にアクセントを加えるがごとくななめに大きな縫合痕。鎧と衣服に覆われていない箇所にも縫合痕が見て取れる。そして身の丈ほどはあろうかという大剣を軽々と担いでいることから、その人間離れした腕力が伺える。
異世界へ送り込まれた田中と、彼の手により作られたアンデッドのキャシーである。
「ご主人、今日はあまり出歩かないほうが良かったかもしれませんね」
前面のミュータントの一挙一動を注視しながらキャシーは言う。大剣を構えていないが決して油断しているわけではない。もし飛びかかって来ようものなら、この状態から振り下ろして真っ二つにする腹積もりである。田中も初弾を装填済みの小銃を構えつつ答える。
「かもしれないな。天気は一雨来そうだし、よくわからん化物には襲われるし。ほんとこいつら一体何なんだ?」
二人はいつものように廃墟街へ探索に出かけ、その最中に突如として物陰から飛び出してきた六匹ほどのミュータントに囲まれた。しかも旧世界で造られた転送装置を求めて廃墟街を長年歩いている田中ですら見たことがないミュータントである。うち一体は出合い頭にキャシーの抜刀を受けて真っ二つになり、足元に転がっている。
田中とキャシーは互いに背を合わせ、ミュータントたちはその周囲をぐるっと等間隔で囲んでいる。大きさは人間の子供くらい。しかしそれはあくまで胴の部分だけで、そこから生える四本の手足はその倍はあるだろう。さらに特徴的なのは胴体が大量の巻き毛に覆われている。おそらく人間でいうところの鎧の代わりとなる体毛なのだろう、ふわふわではなくごわごわという表現が合う。爪と牙の形と鋭さから残念なことに肉食性であるのがわかる。そして蜘蛛を連想させるような赤い四つ目がぎょろぎょろとせわしなく動いている。生理的嫌悪感を増長させる外見である。
――さて、どこから片付けるか。
田中は見える範囲で四ツ目の獣たちの立ち位置を確認する。
現時点で田中たちがこの四ツ目の獣たちに対して知っていることというのは敏捷性が高いことと、集団で戦闘を仕掛けるということだけである。戦闘力よりも目の前の現象に対する知識のほうが頼れる自体がしばしばあるが、ミュータントに対しては特にそれが顕著である。いくら武装をしようとも人は簡単に死ぬのだ。
とにかくこういう敏捷性が高い奴に囲まれているのは非常にまずい。まず囲みを崩さなければ。
「キャシー、まずは俺から見て右前のでかい瓦礫の前にいるヤツからやる。そうしたら包囲から一気に出て、瓦礫を背にして残りを迎え撃つ。オーケー?」
「問題ありません。ですがご主人に一撃で仕留められますでしょうか?私はそれが心配でなりません」
「いやそこはもっと前向きなことを言ってくれよ……」
このアンデッド、以前にも増して言うようになってしまった。人間臭くなっていることを喜ぶべきかアンデッドらしくないことを嘆くべきか。
田中は照準器を覗き込み、息を止め――
発砲音。
銃弾は狙い違わず四ツ目の獣の頭を撃ち抜いた。人に非ざる紫色の血液とともに脳漿が散らばる。同時に田中とキャシーは駆け出した。幸いなことに獣たちは小銃の銃声に驚いたのか、僅かな間ながら動きが止まっていた。包囲から脱出するには十分すぎる時間である。
瓦礫前にたどり着いた田中は装填レバーを引いて次の銃撃に備える。キャシーは大剣を両手で構える。そして、ようやく四ツ目の獣たちが動き始めた。
一番近くにいた獣がその長い両手足をばねのように使い、キャシーに向けて跳躍した。キャシーは大剣の剣先を上向けに構え直すと、跳躍に合わせるようにして前に出る。空中で方向を変えるすべをこの獣は持っていなかった。自ら剣先に飛び込んだ獣は頭からまっすぐ両断され、キャシーに爪が届くことなく左右別々の着地となった。
続いて二匹同時に地を蹴ってキャシーへと襲い掛かる。キャシーは大剣を水平に振った。狙いもタイミングも猪突猛進する獣たちには避けようがなかった。巨大な刃が風を切り、頭を斬り、胴を斬る。血がまるで風に揺られるカーテンのように広がった。
そこへもう一匹の獣が爪を振り上げて飛び込んで来た。が、その頭部に風穴が開いた。田中は再び装填レバーを引く。動きが直線的で非常に狙いやすい。命のやり取りをしているとはいえクレー射撃でもしているかのような気分になってしまう。瞬く間に5匹が物言わぬ肉塊となった。
最後の一匹は四つの目で田中を見据えて大きく嘶いた。
悪手である。
キャシーは投げナイフを引き抜くと、渾身の力で投擲した。
田中はしゃがみ込むと死骸をまじまじと見た。爪や牙は十分な殺傷能力があるように見える。廃墟街の肉食性生物としては及第点だろう。しかし、
「攻め方が単調すぎるなあ」
他のミュータントと比べても強かさというか、廃墟街で生きていくにはお粗末な狩りの仕方である。その結果、あっさりと全滅させられた。田中からしてみれば肩透かしもいいところである。とはいえ強敵ではなくてほっとしているのも事実ではあるが。
そうしていると何処からともなくパチパチと手を叩く音が聞こえた。
田中はあたりに視線を向ける。小銃には弾丸は装填済みである。すると廃墟の影から屑拾いの装備をした青年が拍手しながら現れた。
「いやあすごい大立ち回りでしたね!あっという間に全部倒してしまうなんて!助けに行こうと思って来たのですが、そんな必要ありませんでしたね」
どうやら獣に襲われているところからずっと見ていたらしい。頼まれてもいないのに助けに来るとは物好きな屑拾いである。
「そんなに強くなかったからな。もう少し知能があったり体がでかけりゃどうなっていたかはわからないが」
田中のわき腹をキャシーがつんつんとつついた。振り向いてみればキャシーが胸を張ってふんぞり返っていた。いや、まあ確かに獣の大半を倒したのはキャシーではあるけれども。
「いえいえそんな……あ、俺の名前はジャンって言います。見ての通り貧困にあえぐ屑拾いです」
そう言ってジャンは笑顔を見せた。二十代半ばくらいか、人が好さそうな雰囲気を漂わせている好青年である。裏を返せば非常に屑拾いらしくない青年だ。
「俺は田中だ。で、こっちはキャシー」
どうもー、とキャシーは小さく手を振る。
田中は周囲を見渡す。人の気配は全くなく、自分たち三人しかこの場所にはいない。
「仲間はいないのか?」
「仲間……まあ仲間というか同業者というか。向こうで本業に励んでいるはず。サボっていなければという話ですけどね」
ジャンはおどけたように肩をすくめてみせる。
同業者ねえ……。
冒険者と違い組合が存在しないため、はぐれの屑拾いは徒党を組んで廃墟街に向かったりする。彼も同じクチなのだろうか。
――まあどうでもいいか。
他の屑拾いなんて興味も関心もないから長々とおしゃべりする気もない。それにいつまでも話しているほど田中は暇ではない。
「とりあえず俺らはこれで失礼するわ。空模様もかなり悪くなって――」
不意に何かがペストマスクを叩いた。いや、降ってきたのだ。
「……雨?」
ただでさえ厚かった雲はいつの間にかその厚さをさらに増して、とうとう天気が崩れてしまった。まずいことに田中とキャシーはまだ野営地を決めてはいない。雨風だけでなくミュータントどもも避けられるような場所を探そうとすれば、見つける前に本降りになるのは想像に難くない。フード付きマントは防水仕様だがそれほど長くはもたない。
さてどうしたものか。
「うわあ、降ってきましたね」
ジャンは空を見上げながらどこか他人事のように言う。
お前もこのままじゃ濡れ鼠になってしまうんだぞ、と言う田中に対しジャンは首を横に振った。
「どうです、俺たちのベースキャンプに来ませんか?あそこなら雨風しのげますよ」
田中とキャシーは顔を見合わせた。
願ってもない申し出である。
が、
甘い話には裏があると大昔から言われている。甘美な誘惑を前にいったいどれだけの人間が破滅していったことか。
雨の勢いが強くなってきた。
田中は空を見上げる。
「雨は嫌いなんだよなあ、雨は……」
やはりせっかくの好意を無碍にするのも躊躇われる。
それに例え裏があったとしても未然に潰してしまえば問題ない……はず。たぶん。
田中は一応考えるふりだけしてから、ありがたく案内してもらうことにした。
つづく




