第八話 剣と魔術と外注業者 その一
はっきり言って大損害である。
田中は自室の机に置かれた小銃を見つめ、大きなため息をついた。ほんの数日前、廃墟街で仮面の男に襲われた際に壊された愛用の小銃である。使っている手前、整備や簡単な修理くらいならできる。しかし田中はあくまで魔術師であり、こういう道具の修理は素人である。特に重要部分の装填装置がぶっ壊れてしまったのだからもう手の施しようがない。
田中はもう一度大きなため息をついた。
「ご主人、あまりため息をつくと幸運が逃げていきますよ」
振り返ると、キャシーがちょうどドアを開けて部屋の中に入ってきたところであった。手にするシルバーのトレイにはティーポットとティーカップが二つ。
今日の眼帯はシンプルに黒一色。彼女が着ている裾が広がった薄水色のエプロンドレスとのミスマッチ感が可愛らしさをより演出している。
「オフクロじゃあるまいし、ノックくらいしたらどうだ?」
「あら、ちゃんとしましたよ。たぶんご主人のため息で聞こえなかったんですよ」
机に二人分のティーカップを置くと、キャシーは慣れた手つきでお茶を注ぐ。ペストマスク越しでもいい香りがする。お茶はもちろん掃除しかり料理しかり、アンデッドとは思えないほどキャシーは家事スキルがめきめきと上達している。それに比例するようにして自分が何もしないダメ人間に近づいているようで少し後ろめたい。
「それで、どうかしましたか。そんな大きいため息なんかついたりして……あぁそのおもちゃですか」
「お、おもちゃ……さすがにその言い方は心にグサッときたぞ……」
「すみません。対人に不向きってだけでしたね」
喧嘩を売っているのだろうかこいつは?
「結局直せなかったのですか?」
「んー、俺では無理だな」
言いながら田中は小銃の分解と修理に使った道具を集めて、机の引き出しの中に放り込んだ。
キャシーは立ったままティーカップに口を付け、
「どうします?剣士として再デビューしますか?」
「それは結構。剣の扱いはこれ以上上達しないだろうし。そんなことよりキャシー、出かけるぞ」
田中はティーカップの中身を一気に飲み干した。
「えぇ……今からですか?お茶入れたばっかりなんですけど」
田中は手元のカップとキャシーを交互に見ると、
「それもそうだな。もう少し二人でゆっくりしてからにしようか」
キャシーがまんざらでもない表情を浮かたのは言うまでもない。
小銃を肩にかけた田中と大きなバックパックを背負ったキャシーはエンディミオンの「小売り通り」にいた。
通りの左右には、エンディミオン商工組合と同業組合の二つの看板を掲げている店が軒を連ねている。大通りだけでなくその側道にも店はあり、さらに奥に行くと鍛冶屋などの工房もある。店の種類は多種多様にわたり、武器屋や古美術商、魔術関連の道具を取りそろえた店などさまざまである。であるからして人通りも多く、活気と喧騒に満ち溢れている。
田中が今向かっているのも小売り通りにある魔術的な道具を取り扱う店である。
「安全安心合法薬草」やら「オーダーメイドフルプレートメイル製作承ります」などの垂れ幕を素通りし、田中とキャシーは小売り通りをズンズンと歩いていく。途中で道を折れると少し細い道に入っていく。武器屋の前でちょくちょく足を止めるキャシーを引っ張りながら、田中たちは階段を下りる。下りてすぐ右手のところに古びた木製の扉の店があった。取っ手には開店中の札。扉には達筆な字で「三日月堂」と読める小さな看板が吊られている。田中はノックもせずに扉を開けた。
店内には武器やら防具、用途不明の道具などが棚や机だけでは収まらず、床にも転がっていた。窓はあるのだがあまり外の光が入ってこなく、全体的に薄暗いうえに少し埃っぽい。
店の奥のほうに、店主がロッキングチェアに座っていた。真っ白になった髪の毛を頭になでつけ、口元にはこれまた真っ白で立派な髭が伸びている。柔らかい人相をした爺さんであった。店内に入ってきた田中たちに気が付いたらしくようやく店主が顔を上げた。
「なんじゃい、誰かと思うたらタナカか。また弾切れか」
「弾切れどころか本体が壊れた。直せるか?」
布切れでぐるぐると巻かれた小銃を店主の前にあるテーブルへ置いた。
店主は布をほどき、小銃をしげしげと見た後、
「お前さんの金払いにもよるがのう。合法ゾンビ作りでも紹介しようか?」
守銭奴じじいめ、と田中が小声で悪態をついた。
店主は聞こえているというのに歯牙にもかけない。いつものことだから、わざわざ相手する必要もないのだ。
ここ三日月堂は、この老店主が一人で営む魔術道具の店である。店内に所狭しと置かれているあるいは転がっているものはがらくたが多かれど、その全てが魔術により強化された武器防具、術式が施された道具類ばかりである。
そもそもこの店自体は店主の道楽である。本業は武具の魔術による強化や術式の付与などである。老いてなお田中よりも魔力はあるし、魔術師としての技能も上である。それも、比べ物にならないほどに。第一線から退いた典型的な魔術師である。昔から田中は魔術付与弾丸や今回の修理のように、小銃関係のことはこの店主に頼っていた。爆発系の術式により弾丸を発射する小銃も、立派な魔術的武器であるからだ。
田中の背中からキャシーがひょっこりと顔を出した。
「おじい様、お久しぶりです」
「おぉキャシーちゃんか!久しぶりじゃのう。いっつも来るのはこの鳥顔野郎だけじゃから、いい加減辟易としていたところなんじゃ」
爺さんと孫娘。
田中の脳裏を一瞬だけだがそんな言葉がよぎる。
――では俺はその保護者というところか。
柄でもないなとペストマスクの下で笑い捨てた。
「最近お会いしておりませんので、私もそろそろご挨拶をしに行かなければと思っておりましたから。いつも主人がお世話になっております」
とキャシーは言ってぺこりとお辞儀した。
店主は目を細めると田中の方を向いた。その顔には興味津々と太字で書かれているかのようであった。あるいは悪戯をたくらむ少年のそれ。
「とうとうキャシーちゃんに根負けしたか」
「んなわけあるか。あとキャシー、紛らわしい言い方をするな」
「あら、すみません。ご主人とお呼びいたしましたつもりが、つい敬称を付けるのを忘れておりました」
間違いなくわざとである。このアンデッド、どうやら外堀を埋めるということを覚えたらしい。まぁ、埋める相手を間違えてはいるが、と田中は思うのだけれども。
あと猫を被っているつもりなのか話し方がいつもより丁寧で違和感がする。
ちょっと待っとれ、と言い残して店主は店の奥へと消えた。その間に田中は手ごろな椅子を取ってきて勝手に座った。ほどなくして戻ってきた店主の手には葡萄酒がなみなみと注がれたコップが3つ。
営業中に飲む気かこのじじいは。さすがの田中も呆れてしまう。
店主はそんなことなどお構いなしである。
「ほれ、おごりだ。お前さんは常連だしサービスということで。キャシーちゃんはこっちじゃ」
店主は自分と田中には普通の葡萄酒を、水で薄めて度数を落としたものをキャシーに渡した。
「ワー、アリガトウゴザイマス」
どうやら薄めてないのが良かったらしい。
田中もせっかくなのだからとマスクをずらして一口。
「いかにもエンディミオンって言った感じの安物の味だな。逆に落ち着く」
「何が安物だ。お前もあまり変わらん値段のもんしか飲んどらんだろうが」
小銃を挟んでしょうもない話をし始める田中と店主。
一方、キャシーは背負っていたバックパックを下ろして、興味津々といった風に店内の商品を見ている。しばらく店内をうろうろしていると、特に目が留まったのはキルト生地でできた犬のぬいぐるみ。武具や魔術的道具などが多い店内の中で、特に異彩を放つそれに目を奪われた。造りはそれほど丁寧というわけではない。所々に縫いが甘い箇所もある。素人が趣味程度に作ったといえばしっくりくる。そんな出来栄えのぬいぐるみだ。
店主がキャシーの様子に気が付いた。
「そのぬいぐるみ、頭をなでると良いことが起こるぞ」と店主。
「へー、良いことってどんなことですか?」
キャシーはぬいぐるみの頭をなでながら訊き返す。
店主はにっこりと微笑み、
「夜になると撫でた相手の枕元にいつの間にか立っている」
ひっ!と小さく悲鳴を上げたキャシーは瞬きよりも早く手を引っ込めた。同時にその衝撃でぬいぐるみが倒れた。
「どひいいいぃぃぃぃっ!」
悲鳴を上げながらこれまた目にもとまらぬ速度で移動して、田中の腕にしがみついた。ぬいぐるみを見る目が完全に怯え切ったそれである。小刻みに肩まで震わせている。アンデッドだというのにこのありさまは如何なものだろうか。
「の、呪いのアイテム⁉なんでそそそそんなものがこんなところに⁉と言いますか早く処分するべきです!直ちに迅速に――」
「嘘じゃ」
笑いに耐えきれなくなる前になんとか絞り出した、といった風に店主は言った。口角が上向きになり、ひくついているのが伺える。
…………。
「は?」
キャシーのこめかみに青筋が立った。
店主は一気に葡萄酒を飲み干すと、これまた人が悪そうな顔で言う。
「でもいいことは起こったじゃろ?」
そこでやっとキャシーは自分が田中の腕に抱き付いていることに気が付いた。田中は空いた手で額を押さえているが振り払おうとする様子はない。
キャシーの青白い顔が一気に朱に染まる。キャシーは店主に何かを言おうと口をパクパクとさせるが、結局は言葉にならなかったらしく、ふくれっ面でぷいとそっぽを向いた。しかし腕を離す様子は微塵もない。
店主の思い通りというわけか。そんなことを思いながら田中は葡萄酒を呑む。
空のコップを置き、店主はさっそく小銃を手に取った。そして目を凝らして装填レバーの部分を見ている。田中は何も言わない。どういう状況でどうしてそのような破損をしたのかは言うまい。まだ言うまい。
店主は装填レバーを何度か引こうとし、金属同士が削り合う耳障りな音がしたところで触るのをやめた。
「中の爆破の術式に影響はないとは思うが……機構の一部が壊れておるな」
「で、金額はどれくらいになる?」
「そうだな……専門の工房に持ち込むとして魔術強化もしないとならんし、仲介料その他もろもろで試算して……89800エンじゃな」
田中はいったん小銃に視線を落とし、続いて店主を見た。しばし無言のまま時間が過ぎる。店主も営業スマイルのまま微動だにしない。そして、ようやく田中は口を開けた。
「いやいや……高すぎるんだが……」
突如として店主は、くわっと目を見開いた。
「何を言うか、むしろ出血大サービスじゃ!今時レミントン小銃なんて扱う店は少ないんじゃぞ。しかも政変時に使ってた骨董品ならなおさらじゃ」
柔和な人相はどこへやら。まさに豹変。目が血走っていて怖い。今にでも頭の血管が切れてしまいそうで心配してしまう。しかし田中は臆せず、それどころか間髪入れず言い返す。
「うるせー!暴利反対!神よ、この爺に罰を!」
「いやいや、神に喧嘩を売るのが専売特許のネクロマンサーが、それを言うのはいかんじゃろ……」
つづく




