第七話 廃墟街動乱 その四
襲撃を受けた駅前ロータリーから、数分ほど歩いたところに目的の建物があった。その割れた窓枠に件の小鳥が止まっている。あそこで間違いない。
田中はキャシーに周囲の警戒を頼むと一人建物へと向かって歩く。故障した小銃はどうせ使い物にならないのでキャシーに預けている。錆びた金属製の扉を開けた。朽ちた椅子やらテーブル、カウンターのようなものが奥のほうに見える。埃っぽい屋内を少し歩いたところで、屑拾いの恰好をした一人の男が奥の物陰から顔を上げた。
「タ、タナカか?」
「あぁ。久しぶりだなマーチン」
「おうタナカ生きてたか!主よ、彼の者との再会が叶ったことを感謝いたします」
年のころは四十手前くらい、開口一番調子のよいことを言いながら両手を広げて田中を迎える。しかし彼の目は泳ぎ、その顔色もあまりよろしくない。田中の左目が細くなる。
キャシーが今の自分を見たらどうおもうだろうか。きっと相当怒られるに違いない。
そう思わざるを得ないほど自分でも悪い顔をしているのがわかる。
「マーチン、いつからの付き合いだと思っている?俺が死ぬわけないだろ。何が来ようとも誰が襲おうとも。だから今も生きてるし、お前に会うためにここまで来れた」
田中はつかつかとマーチンに近寄る。対してマーチンは及び腰だが、いつの間にか顔に自然な笑みを浮かばせている。
「いやーほんと助かったよ。モンスターどもに襲われて仲間は散り散りになるし、俺一人じゃこんなところから生きて出られないし。ほんとタナカには感謝しかないさ」
「アンタにはいろいろと世話になったからな」
これは紛れもなく本心だ。
「そうだろそうだろ!あんときは大変だったんだぜ。なんたって当時の帝国滅亡のごたごたで都市は荒れに荒れているし、あんたは傭兵団の――」
「マーチン、すまないが俺はあんたと昔話をしに来たんじゃない」
田中は話を強引に遮る。
マーチンは肩をビクッと震わせるが、すぐさま何事もなかったかのように出口のほうへと歩き出す。歩きながらなおも田中に話しかける。話しかけなければならないといった風に。
「そ、そうだったな。すまないすまない。会うのは久しぶりだからうれしくなってな。そうだな、いつまでもこんなところにいてられないしな。じゃさっさと」
「そして助ける気もない」
田中はすれ違いざまマーチンの左腕をひねり上げると、喉元に銃剣を突き付けた。
マーチンの額を汗が一すじ流れ落ちた。
「おいおい……冗談はやめてくれよ」
声が隠せないほど震えている。僅かに銃剣の刃がマーチンの首に食い込んだ。
「冗談?やめてくれ?おいおいお前はいったい何を言っているんだ?それを言いたいのは俺のほうだよ。マーチン――もしかしてだが、まぁだ言い逃れができるなんて、無傷で帰れるなんて思ってないだろうなぁ?」
抑揚がなく冷たい声であった。
もちろん先ほどの襲撃者たち――犬面と猫面がマーチンとなんらかの関わりがあることくらい田中はわかっている。そもそも都合がよすぎるのだ。わざわざこんな人が立ち入らないような場所から助けを求めて、途中で溝さらいなんかよりもよっぽど腕の立つ本職の方々が襲ってきて、当の本人は無傷でしかも現れた田中を見て動揺しきっている。お粗末すぎる。どうせやるならもっと練ってからにしろと言いたい。
「わ、わかった!言う!言うから!だから命だけは!」
「いやだめだ。理由を含めて全て話してもらうのは当然だが、ここでお前を生かせば確実に禍根が残る。俺はそういうのが嫌いなのはマーチン、あんたもよくわかっているだろ?」
それでもなおマーチンは食い下がってくる。なんとしてでも、なんとしてでも殺されるのだけは避けたいと。生への猛烈な執念がそうさせるのか。
「ふざけるなっ!エンディミオンに来た時いろいろと助けてやったじゃないか!それこそ物乞い同然だったあんたのために!同じ傭兵団だったよしみで!」
「だから――こうしてここまで助けに来ただろ?それで借りは返した。そしてここからは違う。今からはまた別の話だ」
ペストマスクの下で、田中の口元が片方だけ吊り上がる。
「それともうちのアンデッドに一族郎党皆殺しにされたいのか?俺が命令したら本気でやるぞ。あいつは。なぁに、すべて話してくれたら神に祈る時間くらいくれてやるさ。同じ傭兵団だったよしみでな」
本気で自分を殺そうとしたものを生かしておく通りが、どこにあるのか田中にはわからない。それがたとえ旧知の仲だとしても。いや、顔見知りだからこそ怖いのだ。
もっと恐ろしいものを今まで見てきた。雇い主を裏切る瞬間、仲間を裏切る瞬間、雇い主に裏切られる瞬間。
だからこそ、田中は容赦しなかった。心が揺らぎそうになることは一切なかった。
ガチガチとマーチンが歯を鳴らす音が聞こえる。自分が殺そうとしたくせに逆の立場になるとこれか。田中は目の前にいる汚らわしいイキモノに心底軽蔑した。
「お、俺は悪くない……」
注意しなければ聞き逃してしまうほど小さくてかすれた声であった。
「おれだってこんな事したくなかった……でもな、でもな!やらないと俺がやられるんだよ!」
誰にだ?
そう田中が訊こうとした瞬間、横手から唐突に生まれる強烈な殺気――
田中はマーチンの腕を離して大きく後ろへと跳んだ。
刹那、
突然虚空から飛来した光の球体がマーチンの身体を抉り取った。
「マーチン!」
田中が声を上げると同時にマーチンだったものが崩れ落ちた。
今何が起きた?
田中はほどなくして“それ”の全体像を見た。
直径30センチメートルくらいの白く輝く光の球体であった。光球は天井付近をふわふわと浮いていた。
田中がこの廃墟街で初めて見るものだった。
アノマリー?新種のミュータント?
いや違う。
光球本体からは感じられないが、僅かに魔力のようなものによる繋がりを感じる。見たこともないが確実に魔術の類だ。そしてその術者によってマーチンは殺された。これが口封じなのは誰の目から見ても明らかであった。
視線をマーチンの亡骸に向けた。
抉り取られたというのは語弊があったかもしれない。マーチンの傷からは不思議と血が一滴もこぼれていない。焼き切られたというほうが正しいかもしれない。
まずい。これはまずい……。
武器は銃剣のみ、しかも広さはそれほどないのに障害物もあるというやけに身動きがしづらい屋内。そして相手は魔術強化された防具などお構いなしの威力である。
田中の額を汗が流れ落ちた。
マーチンを餌に、ここに誘い込まれたということにようやく気が付いた。
光球が陽炎のように揺らめいた。来る――と思った瞬間、光球は田中目掛けて一直線に突っ込んできた。
田中はぎりぎりでそれを避け、避けきれなかった服の一部が蒸発した。
田中を仕留めそこなった光球は地表付近で大きく旋回するとまた天井付近へと戻り、何の前触れもなく二つ目の光球が出現。
「いや待て!それはシャレにならん!」
悲鳴にも似た声を上げる田中へと再び飛来する。厄介なことに一つは先ほどと同じ射線だが、もう一つが逃げ道を塞ぐように狙ってきている。避けようがない!
脳裏に濃厚な死の影がちらつく。
だがしかし。
その影を彼方へと葬り去ろうとするものが一人。
窓をぶち破って屋内へと飛び込んできた彼女が影を打ち払う。
「ご主人っ!」
キャシーが田中と光球との間に割って入り、寸でのところで大剣を一閃した。田中への直撃コースにあった光球が二つに裂け、消えた。着地と同時に一回転してから、上体を戻して田中をカバーできる位置に立つとキャシーは大剣を構え直した。
「ご主人、ご無事で?」
「ああ。助かった」
「で、今度はいったい何に襲われているのですか?さすがにアンデッドとはいえ連戦はしんどいです」
キャシーはちらっと足元に視線を向け、
「しかも相当恐ろしいものを相手しているではありませんか。人体をこんなに破壊できるものをくらってはアンデットでもひとたまりもありませんね」
「同感だ。で、キャシー、これはなんらかの魔術的攻撃だと思うのだが、外に敵影らしきものはあったのか?」
「いえ、そのような敵術者は見ておりません」
ふむ、と唸る田中。とすれば相当遠くから操っているか、それとも案外その壁の向こうくらいの距離に隠れ潜んでいるのか。
光球が大きく旋回した。
「来るぞ」
「はい!」
田中とキャシーは各々の得物を構え――
突如として光球が霧散した。
『へ?』
予想外のことに二人して思わず間抜けな声が重なる。
いったん消えてからの奇襲攻撃かと勘繰ったが、待てど暮らせど攻撃が来ない。
それっきり何も起きない。
相手に遠くへ逃げる時間を十分に与えてしまったことに気が付いたのは、だいぶ後の話にになるのだが。
とにかく今のところ田中は呆気にとられるしかなかった。
「引き際が良すぎるというかなんというか……」
実は俺を殺しに来たのではないのかもしれない。そんな都合の良い考えすら田中に浮かばせてしまうほどであった。
もうこれ以上の攻撃はないと判断したらしく、キャシーは背中の鞘に大剣を戻した。くるりと振り返ると、
「お怪我はありませんか?」
「問題ない」
「今のはいったいなんでしょう?」
「俺が知りたいくらいだよ。でもマーチンに黒幕の名前を聞こうとしたら襲ってきた。マーチンは消されたが……たぶん俺も同時に消せたらラッキー程度の攻撃だったんだろうな。あっさりしすぎている」
マーチンの背嚢は体と一緒に抉り取られ、中身が散乱している。とはいえそこから黒幕につながる情報は得られないだろう。彼自身も脅されて無理やり手伝わされていた様子であった。そんな彼に自分の正体を明かす者など、まずいない。田中は奥歯をぎりっと噛みしめた。
「刺客の荷物にも目立ったものはないし、手掛かりは一切なし。しかも攻撃は一撃必殺。どうやら相当やばい奴が俺たちにちょっかいをかけているようだな。しかも一筋縄ではいかないような奴が」
奴であり、奴らではないことを田中はただただ祈る。
「で、どうします?」
キャシーが問うてきた。
田中は何を当たり前のことを、と言わんばかりに告げる。
「見つけ出してぶち殺す。悲鳴を上げ、泣け叫び、助けてくれと命乞いをさせながらその首を掻き切ってやる」
「仰せの通りに」
キャシーは片膝をつき頭を垂れると、そう答えたのであった。
おわり




