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第四十二話 電車を越えて4ブロック目 後 その一

 廃墟街は、先程の襲撃が嘘のように静かであった。


 ハイイロもいなければオークの一匹も見かけない、白と灰の世界。聞こえるのは遠くの方からする奇怪な鳥らしき鳴き声と自分の荒い呼吸音。


 マーカス先導の元、田中たちは細い路地を速足で進んでいた。マーカスのすぐ後ろにはキャシーが護衛として、少し離れて田中が後ろを警戒しながら続く。小銃はすでに初弾が装填済みで、引き金を引けばいつでも撃てる。いつ襲撃が来ても問題ない。どたまに弾丸を打ち込む準備はできている。


 自分たちを追うモノと場所が場所だけに、ぴりぴりとした緊張感がパーティを支配していた。


「聞いてみたかったんだが……」


 張り詰めた空気を破ったのは田中であった。


「どうしてあんたらはこんな危険地帯にまで探索しに来るんだ?獰猛な奴らがうろうろしてるっていうのに」


 特に深い意味はない。ただ、ドワイド兄弟のような探索ガチ勢の心情が気になっただけである。金を稼ぐでなく、どうして探索そのものに命を懸けることができるのか。田中には見当がつかなかった。


「――昔、冒険ごっこをやったんだ」


 マーカスは遠い記憶を思い返すように言った。


「生まれた村から離れた丘までだけどな。離れたと言っても半刻くらいの距離なんだが――それでも子供ながらに初めて見る景色、感じる空気、高揚感が入り混じって――楽しかった。こんなにも心が躍るようなことがあるんだと気づいてしまったんだ。それ以来、あの時感じた感覚が今でも忘れられないんだ」


 小学生の頃、裏山で友達と一緒に秘密基地を作ったことがある。たしかに思い返せばビニールシートや段ボールといった建材を運んだ時や、不格好ながら基地の形が出来上がってきた時など、言葉で言い表せないくらいとてもわくわくした。だからと言って今秘密基地を作りたいかと聞かれれば、そうではない。



 マーカスを否定する気など微塵もないが。やはりどこかずれている印象を持ってしまう。


「でも、どうして廃墟街に?うちの従者なんて代わり映えのない寂しい景色とか言うくらいだぞ」

「だからだよ」


 振り返ったマーカスはにたっと笑った。


「どこまでも同じ景色だからこそ、景色に満足することがなく何度も廃墟街へ行くことができる。そして廃墟街へ行くたび、埋められていく地図は俺たちの空っぽの探求心を満たしてくれる。しかも踏み入れた塔の数、その中の部屋の数だけ何度も何度も何度もだ。こんなに楽しいことはない」


 目も口も笑っているはずなのに、笑っていない。人形が浮かべるような彼の張り付けた笑顔に薄気味悪さを感じ、田中の背筋をぞわっとさせる。


 彼らの探求心は底の開いた樽だ。どれだけ注ごうとも決して満たされることはない。満たされないからこそ、躍起になって何度も何度も注ぐ。哀れにも、いつか満たされる日が来ると思い込んで。


「君たちはどうなんだい?君たちも金目的ではないんだろ?マスク越しでもわかるよ。それは廃墟街へ目的があって訪れる人の目だ。そうに違いない」


 田中の脳裏に警鐘が鳴った。直感が危険だと囁く。


「さあどうかな?少なくとも廃墟街と金は切っても切れないと俺は思っている。金もまた俺の目的の一つには違いない。かなりのウェイトを占めてな」


 彼の笑みがすーっと消えていく。これだからマイノリティは肩身が狭い、とマーカスは肩をすくめて笑った。


「お喋りはこれくらいにしよう。ほら、あの角を曲がれば目的地なんだろ」


 田中の言う通り、角を曲がって路地を抜けると急に視界が開けた。


 ビルとビルの間には何も建造物がなく、瓦礫と瓦礫の隙間から廃墟街では珍しく丈の短い草が生えていた。季節がもう少し暖かい頃なら青々としていただろうが、今は茶色に染まり瑞々しさはどこにもない。もしここを俯瞰図で見ることができるなら、碁盤の目状の町の中にぽっかりと丸く何もない地域があることがわかるだろう。まるでその辺りだけ跡形もなく吹き飛んでしまったかのように。


 そして、そこが地図の上でマーカスが指差した場所でもあった。


「何と言いますか……ちょっと拍子抜けですね」


 物珍しそうに目前の光景を見ながらキャシーがつぶやいた。


「もしかして諦めてくれたんじゃ」


 ――おおぉぉぉん……。


「……そう上手くは行かないようだな」


 マーカスの声音はひどく固い。フェイスマスクを鼻の上までグイっと上げると、開けていた地図をバックパックへと戻した。鳥籠の中の鳥が騒ぎ始めた。


 すでに田中もキャシーも事態を把握していた。さっきまではなかったはずなのにいつの間にか気配が一つ、二つと感じられる。


 ハイイロに違いない。しかも気配の数からして最低でも二組はいる。


「さすが狼、奴さんはそうとう執念深いらしい。縄張りを抜けたのに、何が何でも俺たちをぶっ殺したいみたいだ」


 鋭い視線を周囲に配りつつ、マチェーテの柄に手を伸ばす。


「もう!あと少しだっていうのに!」


 キャシーも悪態をつきながら、バルディッシュを構えて視覚外からの攻撃に備える。


 このままでは抜け道で帰還しようとしたところで、ずっとハイイロに狙われることになりそうだ。となれば奴らの追手が来る前に、今ここにいるハイイロを全て殺せばあるいは……。

つづく

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