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第四十話 勇者と屑拾い その四

「それは依頼という認識でいいのかな?」


 マシューは質問を質問で返す。


「え?うーん、そうなのかなあ……」


 強引な話の持って行き方に、キャシーは少し納得がいっていないようで首を傾げる。しかしマシューは構うことなく、キャシーからの依頼を受けたという前提で動くようだ。


「ですが依頼料は出せませんよ!勇者相場の依頼料が出せるほどうちは余裕がないので」

「大丈夫、もう報酬は貰ったから」


 そう言うとマシューは手ぶらでコカトリスの元へと進んでいく。臆する様子など全くない、まさに勇者の背中である。


 あれ?と思い田中は隣を向いた。マシューは行くのに従軍司祭はその場から動こうとはしない。田中の横に佇んだままだ。


「お前は行かなくていいのか?」


 ちらりと空色の瞳が向けられた。が、それも一瞬のことで結局従軍司祭はそのまま突っ立っている。マシューの援護をする気はないようだ。


 別にいいけど。


 田中はこれ以上話しかけるのを止めた。どうせ返事は帰って来やしないのだろう。


 弾丸を打ち尽くして再装填中の職員が、近づいて来るマシューに気が付いた。


「あ、こら!ここは危ないから下がりなさいっての!」


 しかし、武具を身に着けていないせいか彼が勇者ということまでは気が付いていない。興奮したやじ馬が考えなしに近づいてきたくらいにしか思っていないようだ。


 マシューは職員の荒っぽい物言いに腹を立てるではなく、おどけたように肩をすくめた。


「残念だけどそれはできない相談だ。勇者が逃げちゃ都市の名折れだからね」


 職員はギョッとして瞬きを繰り返した。自分が一体誰に対して話しているのかようやく気が付き、予備の弾倉を装填することも忘れてしまっている。


「え、なんで勇者がこんなところに……。あ、いえ、ですが我々が命じられた任務で――」

「僕は依頼を受けたんだ。あのニワトリをどうにかしてくれって。なら、その依頼を果たすのが勇者の務めさ」


 勇者の権利の一つ。誰からでも直接依頼を受けることができる権利。


 今キャシーから依頼を引き受けたことにより、勇者はこの事件に介入することができるようになった。役人は追い払うことはできない。なぜなら彼は参事会が任命した勇者であり、その参事会の名のもとに権利を行使するからだ。


 そしてもう一つ。


「だから少し借りるよ」


 マシューはすれ違いざまに、職員が腰にぶら下げている予備の剣を引き抜いた。その自然な動きに、職員は剣を取られたことに言われるまで気づくことができなかった。


 職員は返してくれと言えない。


 勇者は行政から武器を一つだけ借りることができる権利を持つ。これは大昔に存在したとある王国が、旅立つ勇者に小銭と武器を与えたことに起因する、伝統みたいなものである。武器を与えるが借用に変わったのは、あまり高価なものを渡したくない行政側の都合だろう。当の王国も渡したのは銅製の剣だったとか。


 マシューは勝手に借りた剣をぶんぶんと振り回してみせた。治安維持局の標準装備であるこの片手用の剣身は、青い魔力の光を宿している。魔力強化としては一番下のランクで安物だが、勇者が持ったとなれば話は別だ。


 いつの間にか最もコカトリスと近い位置で相対しているのは、マシューであった。


 魔獣課の攻撃は止んでいた。勇者の存在に気付いたやじ馬たちから「勇者だ」「勇者様だ」「うちの店が潰れる前にニワトリを倒してくれ!」と次々に声が上がってくる。また、どこから湧いて来たのか賭博師とオッズ表、屋台売りの姿も見られる。


「毎度のことながら不謹慎な奴らめ」


 コカトリスのことをマシューは憐みこそすれ、いくら暴れようが責めはしない。


「誰がどういう意図で持ち込んだのかはわからないけど――恨まないでくれよ」


 マシューが剣を構えると、驚くべきことに剣身から放つ魔力の光が数段濃くなった。しかも眩い魔力の光が剣身を包み、刃が一回りも大きく見える。


 怒りに我を忘れているコカトリスはそんな些細なことなど目に映らない。小さいくせに立ちふさがる愚かな人間を次の攻撃目標に選んだ。隣の屋根をくちばしでもぎ取ると、マシュー目掛けて放り投げる。


 魔獣課の職員が慌ててその場から逃げ出す一方、マシューは離れようとしない。それどころか手にする剣を屋根目掛けて縦に一閃した。


 その瞬間、たしかに田中は鋭く研ぎ澄まされた魔力の流れを感じた。


 蒼い軌跡が弧を描く。屋根は宙にある状態で真っ二つに両断された。


 人間離れした剣撃を目にし、屋根の持ち主を含めたやじ馬たちが一様に声を失った。


 これが勇者たる所以。


 マシューは自らの魔力を武器に纏わすことができる。彼が魔力を纏わした剣の切れ味たるや魔力強化なんて生易しい代物ではない。魔力そのものが刃となるのだから魔力強化した鎧だろうが何だろうが、実体の有無にかかわらず斬ることができる。世界広しと言えど、こんな真似ができるのはマシューのみである。


 個人の域では済ますことができない圧倒的な戦闘力を持つからこそ、マシュー・アウトボードは自由都市エンディミオンが定める唯一の勇者なのだ。

つづく

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