第四十話 勇者と屑拾い その三
「今さらなんだけど、そちらのお嬢さんには自己紹介がまだだったね」
キャシーは目をぱちくりさせて自分を指差した。馴染んでいるせいで気が付かなかったが、そもそも勇者の名前すら知らない。となりの従軍司祭は……まあアンデッドという立場上、神の使徒と慣れ合う気はないので別にいいだろう。エーミルは例外だが。
勇者は身を乗り出してキャシーに手を差し出した。
「僕の名前はマシュー・アウトボード。この自由都市エンディミオンが認める唯一の勇者さ」
キャシーはその手を握り返し、自らも名乗る。
「私はキャシーです。ご主人によって生み出されたアンデッドにして従者です」
牽制の意味も込めてちょっぴり握る力を強めてみた。しかし、勇者の顔色は変わらない。彼の手に魔力が集まっているのと何か関係があるのだろうか。
「いい名前だ。実にいい名前だ。でも昔はこんな子を作る力なんてなかったよね?」
「魔術師には人に言えない秘密がたくさんあるんだよ」
「ふーん。まあ話したくないなら無理に聞く気はないけどね。僕のことはこれくらいにしておこう。あいにくこれ以上面白い話はないんでね。で、隣のこの子が――」
勇者が田中を見たまま、置物のように微動だにしない従軍司祭を指差した時であった。
ティーカップが独りでにカタカタと揺れた。
そう思った次の瞬間には、まるで天地がひっくり返りでもしたかのように地面が鳴り響いた。勇者を含め誰もその場から動くことができない。
爆発にも似た地鳴りは、すぐ隣にいたキャシーの悲鳴すらかき消すほどの轟音であった。
振動と音が弱まってから、ようやく店内がにわかにざわめき出した。床には割れた食器の破片が散乱している。客たちは、今のはいったい何だと口々に言い合い、そして確かめるべく表へと出て行く。へたり込んでいる店員にはそれを止める手立てはない。
初めは地震かと思ったが、以降さっきのような強い揺れはない。しかし店の外から轟音が断続的に響き、併せて喚く声がいくつも聞こえてくる。
――何かろくでもないことが起こっているな。
波紋が消えないティーカップを置いて田中は立ち上がると、他の客に続いて店の外へと向かう。キャシーも慌ててその後ろに付いて行く。
店の外は、どこから集まってきたのかやじ馬たちでいっぱいだ。田中は彼らの視線を追う。
視線が集まる先は三軒隣の飯屋だ。
その屋根を突き破り、石壁を崩壊させて、平屋ほどの体躯の巨大なニワトリがばったばったと暴れていた。
「なんじゃこりゃああああああ!」
「コォォォケェェェェ!」
耳をつんざく鶏声。
状況から判断するに先程の轟音は、この巨大なニワトリが飯屋を半壊させたときのものだとでもいうのか。いかに巨体とはいえ、にわかに信じられない。しかしニワトリが羽ばたくたび、大小さまざまな瓦礫が飛び、翼が当たれば辛うじて残っていた石壁が崩れる。
田中には目の前の光景が、とてもじゃないが現実とは思えなかった。理解が追い付かず、やじ馬たちと同じようにただニワトリが暴れる姿を唖然として見ているだけである。
「くおらー!一般市民は下がってろー!」
いつの間にやって来たのか、武装した魔獣課の職員が市民を近づかせないようにしつつニワトリを包囲していた。役所にしてはやけに早い出動だし、まとまった人数がそろっている。しかも魔獣課だけでなく、市民の整理のためか都市警の姿もちらほらと見える。
ニワトリは瓦礫を踏み越えて道路へ出ようとするが、そのたび職員が槍の穂先を向けて下がらせる。職員たちもまさか町中で出動する羽目になるとは思っていなかったのだろう。その表情には若干の困惑が垣間見える。
「ほー、これはまた見事なコカトリスだなー」
田中たちより少し遅れて、勇者ことマシューと従軍司祭が店の中から出てきた。そして暴れるニワトリを見て呑気に笑っている。
「は?コカ……なんだって?」
「コカトリス。サッカイ市の東の山間にいるでかいニワトリのモンスターさ。でかいし凶暴だし防御力も高いし、厄介な部類のモンスターだね。あの地域にいるモンスターってケラプスとかバシリスクとか大きいのばっかりだし」
なるほど、家畜ではなくモンスターという扱いなのか。道理で治安維持を行う都市警ではなくて、魔獣課が前線を張っているわけだ。しかし傍から見ても、公務員がどうこうできるレベルの相手ではなく、せいぜいこれ以上被害を出さないようその場にとどめておくのが精一杯といった様子だ。
というか、いったいどうしてそんなモンスターが都市の、しかもレストラン的な店を半壊させているのだ?
「うーん、モンスターといってもあくまででかいしニワトリだし、食用なんじゃない?ほら、右の羽にタグが付いてるし」
「いやいやいやそんなもん持ち込むな!せめて〆てからにしろよ!入管もなにやってんだよ!」
余りにもずさんな役人たちの管理に腹の底から田中は叫んだ。
目下コカトリスと対峙している魔獣課職員のうち、槍持ちの後ろに控えている小銃を持った撃ち手が照準を覗きこんだ。どうやら都市内での発砲許可が下りたらしい。頭は動きが激しいため胴体を狙い、撃ち手たちは次々に発砲した。
幸いなことに、的が大きいせいで誰も外しはしない。しかし、どうも効いているようには見えない。
おそらく何層もある分厚い羽毛によって銃弾の衝撃が殺され、本来の火力を発揮できないのだろう。仕留めるどころか完全に火に油を注ぐ形になってしまい、ますますコカトリスは大声で鳴きながら暴れる。不運なことに翼の一撃が隣の家の屋根を1/3ほど吹き飛ばしてしまった。おお、やんぬるかな。離れたところから、ぎゃー!という悲痛な叫びが聞こえる。
それなら、とさらに近づこうにも羽による突風や単純に巨体が大暴れしているのだから、邪魔されてこれ以上全く近づけない。銃弾も効かない槍も届かないとなれば八方ふさがりである。倒すにはバリスタでも持ち出さないといけないだろう。
キャシーがぐいぐいと服の裾を引っ張った。
「ご主人、大変なことになってますね……」
「あんなのに暴れられたらな。でも俺たちには何もできないぞ。小銃もバルディッシュも持ってきてないし。ここは大人しく治安維持局に任せてさっさと帰るに限る」
「そうとも限らないよ」
口をはさんできたのはマシューだ。相変わらずへらへらとした軽い笑みを浮かべている。
「なぜなら僕は勇者だからね」
奴の言っている意味が分からない。勇者だからいったい何だというのだ。
「じゃあ、あのニワトリも倒せるんですか?」
マシューも自分たちと同じように武器も防具も身に着けていないし、魔術道具の一切も持っていない。いくら従軍司祭を連れた勇者といえど、徒手空拳で敵う相手ではないはず。第一今日はオフだといったのはマシュー自身である。
つづく




