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第四十話 勇者と屑拾い その二

 店員が恐る恐るといったように料理を運んできた。ただならぬ気配を察したようで皿を持つ手が僅かに震えている。倍の時間をかけて赤い皿がテーブルに二つ並んだ。


 給仕を終えた店員がテーブルを離れてから、ようやく勇者は口を開いた。


「八年ぶりくらいなのにひどい誤解のされようだ。そして貴方は大いに誤解をしている」

「何が誤解だ。誤解のしようがない」


 田中の声は明らかな怒りに震えている。


 キャシーは不安そうな顔で自分のご主人を見る。ここまで感情を爆発させている田中など今まで見たことがない。そりゃ怒髪天を突くことはちょくちょくあるが、それでもどこか余裕を残していた。しかし今の田中に余裕など伺えない。過去、二人の間にいったい何があったのだろうか。


「それが誤解なんですよ。ウェルズ団長が死んだのは僕のせいではない。あくまでただの事故。戦場ではよくある、よくやったことじゃないか」


 両手を強くテーブルに打ち付けて田中が立ち上がった。頭に血が上りすぎて視界が真っ赤になる。しかし勢いに任せてカッとなった分、冷静になるのもまた早い。ここが昼時の飯屋であることを思い出し、田中はすぐさま腰を落とした。そしてフォークを握り、パスタを巻き始める。


「……この話は昼飯時にするもんじゃないな」

「わかってくれて嬉しいよ。また別の機会にしよう。食事はやっぱり楽しんでしなきゃね」





 悔しいけれど、勇者の言う通りこの店の赤茄子ソースは絶品だった。際立つ赤茄子の甘味とそれを邪魔しない穏やかな酸味。これら二つが合わさり生まれる濃厚な味わいは、美味いなどという乱暴な言葉で表すのは以ての外だ。気が付けば田中もキャシーも皿を空っぽにして食後のお茶を飲んでいた。


「しかし、私が思っていたのと勇者サンのイメージがだいぶ違うのには驚かされました」


 口の周りに赤いソースをつけたままキャシーは続ける。


「勇者なのだから、もっと冷静沈着というか思慮深いというか人格者であるべきというか。でも実際の勇者サンはそういうものが全然なくて、へらへらとして軽い感じなんですもの」


 キャシーは独自の勇者観を、当の本人の前で言ってのける。


「それはほぼ悪口じゃないかな?否定はしないけど」


 苦笑いをしながら、勇者は中身がほとんどなくなったティーカップを置いた。


「勇者ってのはあくまで称号だからね。中身はそこらの冒険者となんら変わらないよ。家屋侵入権なんてないし、他人の家の壺とタンスを物色する権利もないからね」

「そんな夢のない!」


キャシーが悲痛な声を上げる。というかそんな所に夢を感じるんじゃない。


「都市の参事会が認める冒険者が俗にいう勇者だからね。真の勇気を持つ者とか、恐怖に打ち勝ち前へ進む者とかいう人がいるけどそれは違う。

怖いもんは怖いし、危ない時はそりゃ逃げるさ。でも勇者として人類の版図を拡大するために、パーティを率いて遠征はしなくちゃならない。廃墟街のバケモノまで凶悪じゃないけど、外には生活を脅かす危険なモンスターはたくさんいる。強制はされないけど、やっぱり勇者なんだからそいつらと戦わなくちゃならない。

さっきも言ったけど、ほんとはただの傭兵崩れの冒険者だってのにね」


 勇者はやれやれと肩をすくめてみせた。


「なんていうか勇者サンと話していると本当に勇者のイメージが崩れます。ご主人と喧嘩しているところと今の話とかが特に」

「イメージかぁ……うん、イメージはごめんね。でもあっちはどうか知らないけど僕は喧嘩してるつもりはないよ。話を戻すと、一介の冒険者が持てないような権利や義務があるのは勇者ならではだね。都市が有事の際には召集される義務があるし、人員召集権だって行使できる。あと入管とか手続せずに顔パスなのは便利だねぇ」


 人員召集権とは、文字通り人を集める権利である。私設軍隊の設立にもなりかねない危険なものだが、勇者の場合逆に持っていないと不都合なことがある。勇者パーティの遠征が一番わかりやすいだろう。


 その遠征はメインとなる勇者パーティだけでなく、どうしても様々な人々が集まる。酒保商人や研ぎ師、荷物運びなどエトセトラエトセトラ。後方支援部隊や非戦闘員など商魂逞しい輩が大挙として集まった結果、冒険者パーティというよりは遠征軍の規模ほどの大所帯になる。そのとき人員召集権がなければ法に従い、役所によってこれを解散させなければならない。そんな勿体ないこといったい誰がするというのか。だから勇者にはそういった権限が与えられている。何事も理由があるのだ。


 ちなみに、身分を問わず直接依頼を受けることができるのも勇者の特権だ。つまり組合の中抜きを受けないし、また組合に仕事の内容が漏れることもない。


 勇者は椅子の背もたれにもたれかかり、頭の後ろで両手を組んだ。


「今風の言い方だと勇者ってのは半分役人半分民間みたいなもんさ。そうそう、最近だと盗賊団が法人を名乗ってボスが社長呼ばわりなんだってね。とんでもない時代になったよ。盗賊の頭がボスって言葉にそこまで思い入れがないように、勇者って称号も大した意味はないのかもなあ」


 当の勇者本人に言われてしまっては何も言い返せない。冒険者としての仕事、都市からの仕事と二つの仕事を受けざるを得ない彼には、勇者ならではの葛藤があるのだろう。しかし、それでも冒険者たちは憧れと尊敬を持って勇者を目指す。


 勇者は意地の悪い笑みを浮かべる。隠し事をばらすときのようなそんな。


「これがオフの日の勇者の姿さ。幻滅したかな?」


 迷うことなくキャシーは首を横に振った。


「以前ご主人と一緒に、遠征からの帰還パレードを見たことがあります。見物人が口々に勇者を称えて賞賛していました。ですが、群衆からあれほど歓声を浴びていた人が、ここまで人間臭いというのはむしろ面白いです。ね、ご主人」

「知らん。こいつに関して俺に同意を求めるな」


 勇者が意外そうな顔をした。そして小さく笑い声を漏らす。勇者の反応に田中とキャシーは訝し気な視線を送った。


「悪気はないんだ。こういうやり取りが新鮮でね」


 田中は内心首を傾げた。それほどおかしなやり取りだっただろうか?勇者とてパーティを組んでいるのだ。しょうもない会話の一つや二つくらいするだろう。


「うちのパーティメンバーは実力者には違いないんだが、そういう輩ってのはどうも癖が強すぎてね。冒険以外は勝手気ままにふらついてるんだよ。だからコミュニケーションもくそもない」


 嘆かわしいといったようにかぶりを振った。


 まっさきに田中は勇者パーティの魔術師であるイシイのことを思い出した。


 勇者の言う通り、たしかに魔術師としての実力はぴか一だ。そしてとんでもなく癖が強い。というか癖が煌びやかな服を着て歩いていると言ったほうが適切かもしれない。


 勇者パーティは五人からなるが、後の二人の戦士も勇者の口ぶりからするに推して知るべしである。

つづく

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