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第三十一話 異形と修羅と盗賊 その六

 月を覆っていた薄雲がようやく晴れた。


「なぜ……?」


 青白い光が降り注ぐ中、盗賊の口端から赤い血の泡が弾けた。


 背の高い盗賊の背中からサーベルの切っ先が伸び、月明かりを照らし返している。


 アヴェンジャーはゆっくりと、ひねりを入れながら刃を引き抜いた。


 背の高い盗賊は数歩後ずさり、自分の身に何が起こったのかを見てあおむけに倒れた。しかし、理解できたかどうかは怪しい。


 なぜならアヴェンジャーは振り返りもせず、髭の盗賊と鍔迫り合いで相対したままであるからだ。だが物事はいたって単純である。彼女はもう一本のサーベルを引き抜いて突き刺しただけだ。


 そう――背中から生えているもう一対の腕でサーベルを引き抜いただけだ。


 その姿は髭の盗賊からもしかと見て取れた。すなわち四本腕の異形の姿を。


「バ、バケモノ……」


 その声は恐怖に震えていた。


 アヴェンジャーは眉間にしわを寄せて、露骨に不満感を表した。


「バケモノ呼ばわりは心外です。たしかにこの異形の姿には私も主殿に思うところがありますが……しかしアンデッドとは大体このようなものではありませぬか?」

「ふざけるな!アンデッドがもう一人いるなんて聞いてねーぞ!」

「正確にはもう一人いますよ」


 お話はここでお終い――アヴェンジャーはサーベルを逆手に持ち直すと、盗賊の肩口からまっすぐ振り下ろして刺し貫いた。そのままもう一本のサーベルで胴を大きく横に薙いでとどめを刺した。


 とどめを刺してしまった!


 アヴェンジャーの表情に初めて焦りの色が浮かんだ。


「あ、しまった……尋問するの忘れてた……」


 あわわと視線を泳がせるアヴェンジャーが「そうだ、止血をしなきゃ!」と思い立ったその時には、盗賊はすでに事切れていた。





 これは一方的な虐殺である。


 リデルが得物を振るうたびに腕が、血飛沫が飛び、絶命していく。いくら性能の高い武器を持っていたとしても、ゴロツキ崩れの盗賊たちが敵う相手ではない。破壊の暴風雨を止められる者など、この場に誰一人としていなかった。


 破れかぶれに振り下ろされた剣をリデルはショートソードで受けとめ、左から鍔なしの短剣であるダークを腕から取り出して振るう。腹を薙がれた盗賊がひるんだ瞬間にショートソードを突き立てた。その手から剣をもぎ取ると、別の盗賊に向けてダークを投擲する。


 盗賊はなんとかその一撃を弾き落とすが、目前には笑顔のリデルと鋭利な切っ先。


 ――どうしてこうなった?


 社長は次々と倒れていく部下を見ながら自問した。


 あいにく答えは持ち合わせていないし、応えられる部下もいない。


 敵対する盗賊団が送った刺客でも当局の兵隊でもない。もっと違う別の――人ではないモノ。ようやく気付いた。これは屑拾いの報復だ、と。


 最後まで残っていた側近の首が、リデルの飛び回し蹴りを受けて、いとも容易くひん曲がった。リデルはバトルアックスを引きずりながら社長へと近寄っていく。返り血で真っ赤に染まりながらも笑みを絶やすことはない。


 額にびっしりと汗を滲ませ、社長は背後に飾られている長剣に手を伸ばした。しかし掴む前にその手が止まった。


 鞘や鍔が意味もなく華美に装飾され、実用性の欠片もない自分の長剣だ。


 昔はこうではなかった。ボスと呼ばせていた頃の、もっと使い古された、ぼろい中古の剣だった。


「クソッたれが!」


 それもこれもあの黒い女の口車に乗ったのが間違いだった!


 あの女のせいで俺たちは今報復を受けている。


 あの女がブツを盗む仕事を持ってきたせいで。


 あの女があの女があの女が……!


 社長は、自身に斧刃が振り下ろされるその最期の瞬間まで罵っていた。





 月が薄雲に隠れた。未だ手の行き届いていない植え込みが風に揺れ、雑多な街並みのように騒いでいる。


 アヴェンジャーは残心しながら辺りを見渡し、新手がまだ潜んでいないか気配を探る。しばらくしたのち大丈夫と判断してから、サーベルを鞘へと戻した。そして余分な二本の腕も何事もなかったかのようにサーコートの内側へ納めた。


 血だまりに沈む二つの死体に挟まれるようにして、アヴェンジャーは立ち尽くしていた。


 チンガードに隠れた彼女の口元が動いた。


「これが私の役割だ。何も間違っていない。何も……」


 彼女の表情から感情は伺えなかった。しかし独り言ちるその声はまるで違っており、


「後悔しているんですか?」


 後ろからいきなり声をかけられた。


 アヴェンジャーは緩慢な動作で振り返る。


 気配は全く感じられなかった。いつの間に起きたのか、パジャマ姿のリデルが変わらず微笑を浮かべている。死体を前にしても動じることなく、いや――視界にすら入っていないかのようだ。


「それは……ない。ただ――第二の人生がここまで血なまぐさいものになるとは思わなかった」


 リデルは一瞬だが赤い目を丸くし、次の瞬間には元に戻った。


「僕もですよ。ですが降って湧いたようなアンデッドとしての生活です。僕は特に気にしませんよ」

「ふん、お主も腕が四本になってから同じセリフを吐くんだな」

「見てくれは別として、意外と便利じゃないですか?だって同時に四か所も剪定できるんですよ。庭師としてはうらやましい限りです」


 アヴェンジャーのただでさえ威圧的な三白眼がさらにきつい視線を送る。


「本気で言っていますか?」

「ふふ、冗談ですよ」


 アヴェンジャーは思う。自分は主殿によって生み出されたアンデッドだが、どうしても目の前にいる少女のような少年のアンデッドが自分と同じであるとは思えない。キャシーとも何かが根本的に違うような気がする。自分の思い過ごしかもしれないが、記憶に残っていない過去の経験が微かに警鐘を鳴らしている。


「一緒に頑張っていきましょうね」


 アヴェンジャーは返す言葉に詰まった。リデルは相変わらず笑顔だ。


 しかし、顔は笑っているのにその目は笑っていない。そんな得体のしれない笑顔を向けられてとっさに返事などできない。それどころか、なんだか心の奥底を覗かれているかのようで、彼女は背筋を走るうすら寒いものに身を震わせた。


「そう……だな……」


 そう答えるのが精一杯であった。

おわり

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