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第三十一話 異形と修羅と盗賊 その五

 影は音もなく門扉を開けると、姿勢を低くしてアプローチを足音一つなく進んでいく。


 屑拾いとアンデッドが出かけたというのにまだ屋敷の中にいることから、この二人が案山子の役割なのだろう。童は障害にならない。問題は女の方だ。影は腰にぶら下げた黒塗りのショートソードに触れた。抵抗されては面倒だ。


 アプロ―チの途中、玄関口まで十歩ほどというところで影の足が止まった。盗賊としての直感がそうさせた。


「ほぅ――侵入者でありますか。一人で再びここへ押し入るとは、よほどの覚悟を決めてのこととお見受けいたす。よって、丁重にもてなしますがゆえ」


 女の声だ。


 影は声が降ってきた方へ顔をゆっくりと上げる。


 屋敷の屋根に直立不動の影が一つあった。


 欠けた月を背負い、影を見下ろすはアヴェンジャー。


 彼女は猫を思わせるしなやかな動作で跳躍、音もなく地面に足を付けた。


 鎧こそ付けていないが左の腰にサーベルを二本、右の腰にダガーをぶら下げている。影――ベルヌコ団の盗賊が来るのをあからさまに待ち構えていたのである。


 髭の盗賊は舌打ちせずにはいられなかった。こんな真正面から対峙する気など端っから無かったというのに。


「どうします?尻尾を撒いて逃げ帰りますか?まあ帰す気はさらさらありませんが」


 一方的に告げると、アヴェンジャーは鯉口を切ってサーベルを抜き放った。青い魔力の光が闇夜の中でふわりと輝いている。


 髭の盗賊はアヴェンジャーの好戦的な態度に顔をしかめた。ショートソードをゆっくりと引き抜きながら、


「それはありがたい。俺たちも引くに引けなくてな」


 瞬間――アヴェンジャーは地を蹴り、瞬きする間もなく距離を詰め、両手でサーベルを高らかに振り上げ、問答無用で斬りかかった。髭の盗賊は危なげにショートソードで受け止め、飛び散る火花越しに瞠目した。あの高さから飛び降りて無傷なのはさることながら、ショートソード越しにかかるこの力は通常の人間のそれではない。


 アヴェンジャーと目があった。その瞳に浮かぶのは歓喜の色。


「おお、今“俺たち”と言いましたな?つまり単独犯ではなく誰かに命じられて盗みに来たのでありますな?なるほど承知しました。貴様はただでは殺さん。その四肢を全て斬り落としてでも洗いざらいすべてを吐かせてくれるわ!」


 サーベルにこめられる力がさらに増す。ショートソードの刃にがりがりとサーベルが食い込んでくる。黒い女から渡された二等級の魔力強化を施しているショートソードが、あり得ないことに安物のサーベル相手に折られようとしていた。


 腕力で圧倒し、絶対的優勢の立場で彼女は不意に眉をひそめた。


 髭の盗賊の口元が微かに緩んだように見えたからだ。おそらく気のせいではない。


 だとすると――アヴェンジャーの背後で突如として気配が生まれた。背の高い盗賊が腰だめにダガーを構え、鍔迫り合いをして身動きが取れない彼女の背中目掛けて突っ込んでくる。


 ――なるほど。二人組でありましたか。


 深く吐いたアヴェンジャーの息が青いサーベルの背を白く曇らせる。


 盗賊のダガーが迫る。


 そして、夜空が赤らんだ。





 どたどたと慌ただしい足音とともに扉が勢いよく開かれた。


「ボス―!カチコミだー!」


 麻布を被った大柄な部下の叫び声に、ベルヌコ団アジトにいた団員全員が腰を浮かした。


 ただ一人椅子にどかっと腰を下ろしたままの団長は、険しい表情を作り部下に尋ねる。


「落ち着け。何かの間違えじゃないのか?あとボスじゃなくて社――」

「本当でー!見張りはおらを除いてみんなやられちまった!」

「は?今時カチコミたぁ、いったいどこの誰だ?」


 部下はその問いには答えられなかった。ぎゃっ!と短い絶叫を上げて部下は倒れ伏したからだ。みるみるうちに赤く染まっていくアジトの床。


 ようやく状況を理解した団員たちは壁に置かれている武器へ各々手を伸ばし――襲撃者の姿を見た。


 夜の闇を背にして童が一人立っていた。


 蒼いボンネット帽を被った赤い童で、血を吸ったかのような赤い目でこちらを見ている。右手には見張りから奪ったのか血の滴る手斧が握られている。まさに目の前で倒れている部下の後頭部をかち割った凶器だ。


「おどれどこの組のもんじゃあ⁉」


 壁に掛けられていた剣を構えて部下の一人が咆えた。


 童はにっこりとほほ笑むと、「こんばんは」と弾んだ声であいさつした。あいさつだけで名乗りはしない。


 なんだこの童は……?


 ベルヌコ団の社長は童が纏っている不穏な雰囲気に訝しんだ。それは冬の湖のように深く冷たく暗い。そして同時に汗が背中に滲むのを感じた。


 初めは敵対組織からの刺客かと思った。だがその考えもすぐに払拭される。組織とつながりを持ち、黒い女をバックに付けて援助さえされているうちにカチコミをかけようとする同業者などいるはずがない。よほどの馬鹿か、裏社会の事情に明るくない者か。


 部下たちは武器を構えてじりじりと童を囲んでいく。たかが童、しかし部下たちもこの童の異様さに薄々気が付いている。牽制はすれども誰一人として斬りかかろうとする気配はない。


 社長は横目で傍に立つ側近を見た。こいつは、魔術は使えないが多少の魔力を持っている。だから真っ先に剣や斧ではなく小銃を構えた。社長はこの小銃という武器を時代遅れの武器とは思わない。たしかにエンディミオンの政変で誕生し、政変の終わりとともに第一線から退いた武器だ。魔力がないと使えないし、魔力強化された鎧は撃ち抜けない。しかし条件さえ整えば特別な訓練をせずとも、照準を合わせて引き金を引くだけで相手を倒せる。それに、いかなる歴戦の戦士といえども常に鎧を着ている者などいない。


 社長は童を見た。鎧はなし、鎖帷子の擦れる音もしない。そう、こんな輩を安全圏から倒すにはもってこいじゃないか。


 社長は机の引き出しから乾燥薬草を取り出し、先端に火をつけた。


「どこの誰かは知らんが、一人でカチコミをかける意気込みには敬意を表する。もっとも、賢いとは思わんがな。やれ」


 その合図とともに側近が小銃の引き金を引いた。さして広くもない事務所内で発砲音が轟いた。


 童はニィと笑みを浮かべると、常人離れした反射神経で弾丸を避けた。そして手斧を大きく振りかぶる。次の瞬間には、小銃の銃口に投擲された手斧が半ばまで突き刺さっていた。これでもう小銃は使えない。


 手初めに一番近くにいた盗賊へと童は――リデルは襲い掛かる。赤い瞳が軌跡を描き、瞬きする間に盗賊へ肉薄した。そしてその腕を万力のような力でつかむと、いつ取り出したのか左手に握ったダークで腱を裂いた。がああああああ!と絶叫を上げる部下の喉笛を掻き切って黙らせ、持っていた剣を奪い取り、次の獲物へと斬りかかる。吹き上がる血飛沫は天井を汚した。


 社長は一瞬のうちに起こった惨劇に息を呑んだ。童の常軌を逸した動きに、背筋に冷たいものが走るのを意識した。

つづく

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