07.一時の休息
エリド大陸のほぼ中央に位置する大国『ゲルトクルン聖国』
シンリィ教と呼ばれる普遍的な宗教を国教とし、未だに教会が強大な力を持ち、政治にまで口を出し、銃でドンパチやるこの時代においても未だに聖騎士団をいくつも所有する国力だけはデカい古臭い国である。まぁ。聖騎士団と言っても武装は近代的な物になってはいるようだが。
アンノウンがこの世に溢れ出るまでは、既に異形共により喰い尽くされ、もはや絶滅危惧種と化した魔物。小鬼や大鬼討伐や異教徒殲滅に亜人への圧政を行なっていたらしい。
古臭い、と言っても数があるだけ軍事力は幾らかは強大であり、隣接する小国や亜人の集落を武力で制圧し、植民地としている。
その国土の大きさからこの国だけで、世界で二十四あるアンノウンとの前線の内、五つもの前線を国内に内包している。
五つある内の一つ、ウィシュリス前線はつい先日堕ちたが。
そんなゲルトクルン聖国フェンダー州の南に位置する。同じ州のウィシュリスから見たら北に位置する街、シュクルトに僕達は居た。この街は駐屯基地と山岳を使用した要塞でウィシュリスとは断絶されており、一応の平和は保たれていた。
駐屯基地から出た僕達はアーデルハイトさんから貰った金貨でアイスを一つずつ買い、それを広場のベンチで食べている。
アンノウンにより、輸送路はズタズタにされ、庶民のおやつとして楽しまれていたアイスクリームは高級な嗜好品と化していた。
ちなみに服装は駐屯基地にいた時と同じものだ。エーリカは自前の狩兵戦闘服。僕は質素な上下真っ白な服装だ。
何故に僕が着替えてないのかには二つの理由がある。一つ、先の戦闘で僕の血で汚れに汚れて破棄せざるを得なくなったから。一つ、替えの僕の服がまだシュクルトに届いていないから。
そんな訳で恥ずかしながら僕はこの服を着たままエーリカと行動を共にしている。
彼女は気にする物でもないと言ってはいたが、やはりちゃんとした服装の彼女と並ぶと、気恥ずかしい物があるにはある。
「まだ自分の服の事気にしてるの?別にそこまで気になる物でもないのに」
僕の隣に座り、バニラミントのアイスを舐めるエーリカは言う。
「エーリカは気にしないかもしれないけど、僕はやっぱり気になるよ、流石にね」
ベロベロになった裾で遊びながら僕は答える。
まぁ無い物を、今来ているものをいつまでも気にしても仕方がないかと気持ちを切り替え、持っているアイスクリームを食べる事に専念する。
因みに僕のアイスはチョコクッキー、たまにしか食べれない極上の物だ。これを食べている間だけは抱えている。心の奥底にヘドロの様にへばりつき、泥の様に溜まるなんとも言えない、その感情から目を逸らす事が出来た。
あるいは気の知れた友人と共に食べているからこそ、目を逸らす事が出来たのかもしれない。
エーリカを理由に気晴らしをしているのは誘った僕の方かもしれないな、と少し自虐的な考えをしつつも目の前の甘い、蠱惑的に甘いアイスを食べる。
アイスを食べながら、ふとエーリカの方を見てみる。彼女も一心不乱にアイスを舐めているようだった。その姿はまるで好物を頬張る小動物のようにも見えた。
僕がエーリカを眺めているのに彼女自身気づいたのか、僕の視線に目を合わせてくる。
そして何か勘違いをしたのか自分が食べていたバニラミントを僕の方に向ける。
「食べたいの?」
と。
どうやら彼女は僕がバニラミントを食べたがっているように見えたらしい。
それを断るのも何か気が引けたので、一口だけ貰う事にする。
お返しにと、僕は自分が食べていたチョコクッキーを差し出す。
エーリカはそれを小さな口でパクり、と食べる。
お互い、自身の行為に少し顔を赤らめながらも、自分のアイスを食べ続ける事にする。
気の知れた友人、彼女とは道端で謂れ無い差別を受けている所を、まだ血気盛んだった頃の僕が、差別をしているそいつらを全員殴り倒す事で知り合う事となった。
彼女の親は既に亡くなり、家なき子だった、身寄りも無かった事から、教官であるアンネリーゼさんの推薦もあり、育成機関に入る事となった。
他にも行ける所はゲルトクルン聖国の聖騎士団や孤児院等があったが、そういう場所は育成機関よりも差別が酷い為、嫌でも入りたく無かったと言っていた。
育成機関でも差別偏見は腐る程あったが。
最初の頃は本当に愛想も素っ気も無く、話しかけても相槌を打つぐらいの関係だったが。それでも僕が近くにいても嫌では無さそうではあった。
それが徐々に、今も割と無表情なのだが、互いに話し合える関係へとなれたのは僕にとっても嬉しい物だった。彼女と話している間だけは何もかも忘れる事が出来たから。
そして育成機関を卒業し、僕はアンノウンとのより危険で、より多くの実戦が行える非公式戦を行う特殊部隊の一つ、特務隊の実戦試験に何とか受かり入隊し、エーリカはその風の異能。天風を生かせる後方部隊へと配属され、ばらばらになった。
それがまたこうして一緒に居られるなんてな、と。昔のことを思い出しながら僕はアイスを黙々と食べる。エーリカも何も言わずにアイスを食べる。
無言の時間。何の言葉も出ない時間。
何もない時間、本当に何ともない時間。お互いに言葉も無い時間だが、それでも僕にとっては幸福な時間だった。
そう。だった。