第三話 思惑
10/8 改変
セレスが張り付けにされている十字架の元まで来たアルクだったが、どうすれば良いのか少し悩んでいた。
「これ、どうやって下ろそう……」
セレスが張り付けにされている高さは、アルクの身長ではセレスを十字架から下ろす事は難しかった。
「しょうがないか……フェイズ・ワン」
アルクはそう言うと、先ほどの戦闘時に展開していた身体強化の魔法を発動させ、軽くジャンプすると魔法でロープを切りセレスを拘束から解き、急いで抱きかかえる。
「ふぅ……何とか間に合ったな」
そう呟くと、セレスを床に寝かせ、回復魔法を唱える。
「ヒール」
アルクの手から淡い光が放たれるとセレスの傷は直ぐに消えていき、苦しそうな表情は安らかになった。
「さて、とりあえずこの場所から出るか……」
アルクは、この建物から出ようとセレスを再び持ち上げようとした所で、入り口に人の気配がある事に気が付き、赤黒い刀を再び構える。
「いたぞ!」
その言葉が聞こえると、騎士鎧に身を包んだ男が何十人とドーム状の広場に入って来た。
そして、入って来て早々アルクに言い放つ――
「貴様!姫殿下に何をした!」
アルクは、心底ため息をついた。「タイミングが悪い」と……。
アルクの今の行動は傍から見れば明らかに不審だろう。
ボロボロの服を着た少年が、赤黒い刀を構え騎士達を待ち構える。傍から見たら、誘拐をする直前に誰か来てしまった様だ。
アルクは、内心で『ありがとう』と言い、すぐに刀を元の血液へと戻す。その所為で、辺り一面が真っ赤になる。勿論、床に寝ているセレスもだ。
「貴様‼何をした!」
騎士にそう言われる。しかし、アルクは言葉を発することはせず、両手を頭のより上に上げる。
「貴様、そのまま姫殿下から離れろ!」
アルクは、言われた通りにセレスから離れる。
今のアルクでは、この騎士達に勝つ事は出来ないからだ。
アルクは先の戦闘も、全身の怠さと共に司教達と戦っていた。そして、その先頭による体力の消耗、魔力の消耗が重なり、今のアルクの生命状態自体が危険な状態だった。
「そこを動くなよ!」
騎士たちは、アルクに剣を向けたままセレスへと近寄る。
そこで、突如アルクに立っている事が困難なほどの疲労が襲った。
「っう……」
(アドレナリンが切れたか……)
アドレナリンが切れたのか、緊張が解けたのかアルクには分からない。しかし、アルクの目は焦点が合わず、周りの風景が何重にもぼやけて見えていた。
「おい!じっとしていろ!」
騎士たちは、フラつくアルクを見て何か行動を起こそうとしていると思ったらしい。だが、当のアルクは、今にも意識を手放しそうな程の、立ち眩み、頭痛、吐き気、脱力感、などに襲われていた。
「……や…ば」
アルクは、耐えきれず小さく呟くと、先ほどの血だまりへと前のめりに倒れた。
「動くなと……」
騎士たちも異変に気が付いたのだろう、注意の言葉を途中で中断し警戒気味にアルクに近づいて行くと、アルクの顔を覗き込む。
そこで、ようやくアルクの体調の異常性に気が付いたのか、慌てて小手を外すとアルクの額に当てる。
「すごい熱だな……」
そう言い、アルクを抱きかかえた騎士。
すると、入り口から一人、豪勢な甲冑を纏った騎士が入って来た。しかし、その騎士の甲冑は豪華でも来ている騎士の体格が貧相で、豚に真珠状態だった。
「だ、団長!」
「姫殿下は見つかったのか?」
「はい、ここにおられます」
「っふ、ならいい……ん?何だこの小僧は」
騎士が抱えているアルクに騎士団長の目は止まった。
「分かりません。しかし、姫殿下と一緒におり、今は酷い熱に襲われているようです。」
「……ほぉ~う、そうか……」
騎士の言葉を聞いた騎士団長は不敵な笑みを浮かべる。
「その小僧も連れてこい」
騎士達は、そんな団長の笑みに悪寒が走った。
「だ、団長、まさか……」
「ん?何だ?この小僧は姫殿下を連れ去ろうとしたのだろう?」
「い、いえ。私はその様な……」
「したのだろう?」
「……」
騎士団長は部下の騎士達を威圧する。しかし、団長自身に怯えている様子ではなく、さらに大きな存在への怯え……の様なものだった。
そして、騎士達は内心怯えていた。この帝国の法では、罪の確定していない者を強制連行は出来ないのだ。
アルクの行動は、連れ去ろうとした場面にも見えるが、セレスをここから連れ出し助けを求めようとしていたとも言える。
それに、拍車をかけて騎士達はこの広場の惨状も気になっていた。『もしかしたら……』と――
しかし、騎士団長にとってそんな事どうでも良かった。なにせ、自分の失敗を払しょくできるアルクが見つかったのだから……
「お前達、行くぞ」
「は、はい」
団長の言葉につられ、返事をした騎士たちは、セレスとアルクを抱え建物から出て行った。
2
フェルス帝国・皇帝執務室――
「はぁ……」
「殿下、心配なのは分かりますが、それでは執務が進みませんよ」
「だってぇ~」
そう、情けない声を上げ、机に項垂れたのはフェルス帝国の現皇帝。『フェルミア=マリア=フェルス』だ。
「セレスが誘拐されるのは何時もの事じゃないですか……また、しれっと誘拐犯を捕まえて帰ってきますよ」
そう言ったのは、帝国の宰相のイクス・フェルス、そしてファルミアの夫でもある。
「いつもそうやって帰って来るからと言って心配にならない親は居ないのですよぉ~だ」
(それに、セレスちゃんはもう、限界かも知れない……)
ファルミアは、前回セレスが誘拐され帰って来た時の事を思い出していた。
俯き、光の指していない瞳をしている、自分の娘の姿を……
そんな事を考えていると、視界の端にイクスの手が映る。
「……っえい」
ファルミアがイクスの手を突っつく。
「こ、これは……」
イクスの手は小刻みに震えていたのだ。当然、イクスもセレスが誘拐されて心配していない訳では無かった。と言うより、一番心配しているかもしれない。
「あなたのセレスの可愛がり方は凄いものね……本人が嫌うほどに」
「そうですか?」
「うん。よくセレスから『お父様がうざいです』と言う苦情が届きます」
それを聞き、イクスが項垂れた。
(うーーん。この様子だと『お父様、持ち悪いですよ?浄化魔法をかけた方が良いのでは』と本気で言っていた事は言わない方が良いわね……)
そんな事を思いながらファルミアは立ち上がる。
「はぁ……無事で居てね……」
隣で凹むイクスを放置して、ファルミアが呟く。
そんな、ファルミアの目線の先には、二人の心情とは裏腹に青く澄み切った空と賑わう帝都を見つめる。
(こんな時でも、世界は動き続けるのね……)
「はぁ……それにしても、今回の誘拐は近衛騎士団長を処罰しなければなりません。なにせ……」
精神的ダメージから立ち直ったイクスが重々しい表情で言う。
「えぇ、セレスが城下町をお忍びで散歩する為に騎士団長一人だけの護衛だったのに、騎士団長は町に出た途端セレスを見失い誘拐された。流石……金持ちのボンボンね。任せた私も悪いのだけど……大臣にあぁ、言われたらねぇ……それに、何度セレスを誘拐されれば彼奴は気が済むのかしらぁ?」
そう言ったファルミアは笑顔でこめかみの血管をピクつかせていた。
―数日前―
定例に元老院会議が終わった直後の事だった。
「彼方の息子また、やらかしてくれたわね……」
「はて、何のことですかな?」
そう惚けたのは、小太りで悪徳貴族感しか出ていない男。名をエグル=シルフィード。近衛大臣、王族の護衛を担う近衛騎士団のトップを務める男だ。
「惚けないで、あんたの息子が城のメイドに手を出そうとしたと、メイド長から苦情が来たのだけど?」
「そうでしたか……しかし、それには一切証拠がありませんよね?証言だけでは証拠とは言えませんよ?」
「……確かに無いわね」
「でしたら、罪には問えませんよ?」
帝国の法律では、罪の確認が取れない場合は罪に問えないのだ。
罪は、被害者の証言だけでは確定したとは言えず、確たる証拠が必要なのだ。
「だから、任意同行をしようとしたのだけれど、あんたの息子実力がないくせに、部下の騎士に恐れられているから誰も行きたがらないのよ」
(まぁ、本当に恐れているのは、アンタに騎士をクビにされる事だろうけど……)
近衛騎士を務めている人間は貴族が多いが、それは家督を継げない次男以下が大半だった。その為、職を失うのは一番、恐ろしい事だったのだ。
「だから、私に連れて来いと?」
「えぇ。そうよ」
「何故、私がそんな事をしなければ、ならないのですか?」
「あんたが親だからよ。自分の息子が犯した事のフォロー位はしてくれなきゃ」
「嫌ですよ。殿下は私の息子を馬鹿にしたではないですか。自分の息子を馬鹿にされて、はいそうですか。と言う事を聞く人間は居ませんよ?」
そう言われた瞬間ファルミアの中で、堪忍袋の緒が切れる音がした。
(コイツ……皇命使って吐かせてやろうか……)
内心憎悪に汚染されているファルミアが殺気に包まれた瞬間だった。
その後は、皇命を使うのを我慢したファルミアとエグルの不毛な言い争いが始まった。
しかし、エグルの息子に実力が無いのは確かだった。なにせ、エグルの権力で無理やり騎士団長にまで持ち上げられたのだから。
その為、始めはファルミアもエグルの息子の近衛騎士団長への就任を承認しなかった。しかし、どんな手を使ったのか帝国の名のある実力者の推薦状を提出してきた為、ファルミアも承認せざるを得なかったのだ。
「しかし、エグル卿。近衛騎士団長の実力が伴っていなのではないかと他の騎士団からも声が上がっていますよ?」
今までファルミアの横で大人しく立っていたイクスが口を開いた。
「それは、彼奴らが弱いからですよ。宰相殿。」
「あんた、それを本気で言っているの?」
「えぇ、本気ですよ?弱いから相手の強さも分からない。ただの雑魚ですよ」
ファルミアは、エグルが差別的な発言をした事に対して怒っていた。もし、ファルミアが皇帝と言う立場でなければ、迷わず殴り殺している可能性すらある。
エグルは、前皇帝の時代から大臣の座に居た男で、革命により前皇帝の死後も如何にか大臣の座に居座っている。それが、ファルミアがエグルを気に入らない要因の一つでも有る。
「そんなに、怒らないでくださいよ。だったら、これはどうですか?数日後のセレス様の隠密行動の護衛に近衛騎士団長一人を着けると言うのは」
「セレスで試験をするつもりですか?」
ここで初めてイクスがエグルの発言に怒りを露わにした。
「いえいえ、ただ良い機会だと思いまして。それとも……ファルミア様は前皇帝と違い自分の娘を自分の手で守る自信が無いのですか?」
「はぁ……もういいわよ。それで?」
と、最後にエグルが挑発をしてきた事によりファルミアは、同意した。
そんな数日前の出来事を後悔しているファルミア。
「そもそも、私あいつに守ってもらった事なんて一回も無いんだけど……」
と、前皇帝に守られた事が無い事を今さらながらに思い出したファルミアだった。
「はぁ……」
深いため息をつくと、執務室の扉が勢いよく開き、兵士が入って来た。
「し、失礼します」
「急にどうしました?」
騎士が入って来て片膝を付くと、イクスが対応した。
「ひ、姫殿下がお戻りになりました!」
「良かった……それで、セレスは?」
何時もなら、この報告の時点でその場にセレスも現れるのだが、今回は姿が見えずファルミアが騎士に問う。
「今は、お部屋でお休みになられています。ただ……」
(魔法を使って疲れたのかしら……)
「……」
「どうかしたの?」
「何時もは無傷で帰って来るのですが、今回は……」
兵士は、何処か都合が悪い様な表所をした。
そこで、ファルミアとイクスは息を呑んだ。
「今回は……体力、魔力共にとても疲弊しています。しかし、傷やケガ等は一切見られないとの事でした」
「そう……治癒士に連絡はしましたか?」
一瞬、青ざめたイクスとファルミアだったが、騎士の言葉を聞き安心を取り戻した。
「はい、もう済ませ只今、治療中です。診断によると、魔力が元に戻るまでは絶対安静だそうです」
「分かりました。ご苦労様、下がっていいですよ」
「っは!」
ファルミアとの会話を終えしたは、執務室を出て行こうとした。
「あと一つ、近衛騎士団長を呼んできてくれる?」
「っは、お任せください」
騎士はそう言うとファルミアに一礼して今度こそ執務室を出て行った。
「さて……どう落とし前着けてくれようか……」
「フェルミア様、せっかくのお綺麗な顔がすごい事になっていますよ?」
「あら、うれしい事、言ってくれるじゃない。あ・な・た♡」
「ここで、そう呼ぶのはお辞めください」
「はぁ~い」
そう子供っぽい返事をすると、ファルミアは再び書類い筆を走らせるのだった。