第二話 死者の恨み
※11/18 改稿
アルクが辺りを見渡すと誰一人、動いていなかった。
そして、辺りに薄っすらと霧がかるとアルクの耳に『チリン、チリン』と鈴の音が響く。
「誰だ」
アルクの言葉に誰も返事することは無い。
ただ、『チリン、チリン』と再び鈴の音が響き渡るだけ。
その鈴の音は三六〇度全方向から聞こえ何処から来ているのか分からなかった。
すると、誰かが通った様な風がアルクの背中に伝わる。
アルクは当然、後ろを振り返る。
だが誰もいない。
再び後ろから風が来る。振り返る。
すると、そこには大きな鈴をぶら下げた、白いきつねが座っていた。
「おま……いや、あなたは誰ですか?」
警戒した口調で放とうとした言葉をアルクは言い換えた。
アルクにはこのキツネがとても高位の存在だと何故か思えたのだ。
何処か近寄りがたく神聖な雰囲気を放っている白い狐。
狐は五穀神の使いとされ、神聖視されてきた。
「私は使い。あなたの中に眠る者の使い」
「俺の中に眠る者?」
「今は、まだ眠っている……」
白いキツネにそう言われるとアルクは手を胸に当てる。
「そう。そこに居る」
確かに、アルクは手を当てた胸の奥に暖かく優しい物を感じる事が出来た。
「だけど、眠っている。まだ、目覚める時ではない。だから私が代わりに来た」
「代わり?何をしてくれるんですか?」
「私の主は彼方が死ねば同時に消えてしまう。それくらい存在が危うい……だから、来た」
つまり、白い狐はアルクを助けに来たわけではなく、このままでは自分の主が消えてしまうから来たのだ。
「だけど、私が彼方を助ける事は出来ない。彼方が助かる為に力を貸すだけ。力の正しい使い方を教えるだけ」
「助けない……力を貸すだけ、か……」
「そう。彼方が死のうが生きようがどうでも良い。ただ主に消えられるのは困る。私も世界も……」
「なかなか、辛辣ですね……」
真正面から死のうが生きようが、どうでも良いと言われ苦笑いを浮かべる。
「彼方は、前世の記憶を持っている。はず……」
そう言ったキツネは何故か、目線をアルクから逸らした。
「確かに持っています。3歳の時に正宗光希の記憶を思い出しました」
「そう、私が思い出させた。三歳なら人格形成の前だから人格融合が起きない。それに、ちょうど良い事件が起こっていた。だから行った。」
キツネにそう言われ、アルクは目線を逸らした理由が分かった。
「俺に前世の記憶を取り戻させて母親を助けさせ、生きる目的を失わせない様にしたかった……と?」
キツネは小さく縦に首を振る。
前世の記憶……つまり正宗光希だった頃の記憶だ。
光希だった頃の記憶を思い出せば、アルクは剣道や武道の知識や肉体感覚すらも思い出す事が出来る。その為、助け出す事は出来たのだ。
「そう。ただ、普通の状況で前世の記憶を思い出させると、前世の記憶に思考が引っ張られ、彼方が廃人になる可能性が高かった。だから、あのタイミングだった。だけど、あの時、邪魔が入った」
「邪魔?」
「……そこから先は、今は言えない。ただ結局、彼方は廃人になってしまった」
「その様ですね」
アルクは自嘲の笑みを浮かべる。
すると、また鈴の音が鳴り響く。
「ん?もう時間が無い……もう少し、喋りたかったけど仕方がない……私の頭の上に手を置いて」
アルクは、言われるがまま狐の頭に手を置く。
すると、無数の情報が手を伝いアルクの脳に直接流れ込んでくる。魔法、魔力、身体機能、魔術、思い出し切れていない前世の記憶……彼女との約束を……
「これは今、彼方が助かる為だけに、必要な情報。それ以上でもそれ以下でもない。あとの事は自分で思い出して、頑張って……」
「はは……そう言えばこんな事も約束したな……」
そう呟いたアルクは、瞳から一つの雫を流した。
「それは、おまけ。このまま死なれても困る。生きる理由にならなくても、死なない理由にはなった?」
「そうですね……確かに死なない理由にはなりますね。」
「それは、よかった」
「はい。もう少し頑張って生きてみます」
アルクはそう言うと笑みを浮かべる。
「あと、一つ聞いても良いですか?」
狐は首を縦に振る。
「今は感じていませんが、あの体の怠さは何ですか?」
アルクは今、時が止まっている所為か体のだるさを感じていないが、動き出したらまた、だるさを感じるのだろう。
「それは、あなたの魔力が拒絶反応を起こしているだけ……あなたが生きる目的を見つければ治る」
「そうですか……自ら死ぬことは辞めようと思ったんですけどね……」
「それじゃぁ、足らない……彼方の記憶に居る少女の様な人を見つけるのが手っ取り早い。」
「それは、難しいですね……彼女はたった一人しか、居ないですから……」
「それは、あなたの解決する事。私には関係ない。それに、彼方はまだ死に急いでいる事に変わりはない。」
「そうですね」
そう言ったアルクは再び自嘲の笑みを浮かべた。
「それにしても……あの儀式はそう言う意味が有るんですね。凄く壮大だな………」
「そう、だけどあの人間じゃ成功しない。この『神卸の儀式』は……降りてきても邪神。ロクなことにならない。だから、知識を、力の使い方を与えた」
「そうですか。取りあえず生き残る為に戦ってみますよ。ありがとうございました」
アルクは、そう言うと狐の頭をなでる。
「ん……」
狐はアルクに撫でられると目を細める。
「っあ、すいません……どことなく妹を思い出したもので……」
「いえ、彼方、撫でるの上手ですね」
と、初めてキツネは笑顔を見せる。
「主が目覚めたらまた撫でてもらいに来ます」
そう言い残しキツネは霧の向こうへと消えていった。
「それは、死ぬなよと言う事ですか?」
と笑みを浮かべ、アルクは立っていた。
(久しぶりに楽しい事が有ったな)
内心そう思っていると、辺りの霧が晴れていきアルクの手首の傷がふさがる。
「叔父を貶めた時を思い出すな……結局、殺されたけど」
今、アルクは叔父に裁判を仕掛けた時と同様な心境だった。
ゲームの様に戦略を組み、ゲームの様に相手を騙す。
「さぁ、俺を殺してくれよ……」
そう言ったアルクは楽しそうに笑みを浮かべていた。
♰
辺りの霧が晴れると、止まっていた時が動き出す。
「うわぁぁぁぁっぁぁあああぁぁぁぁ」
「さぁ~降りてきてください……神よ!」
時が戻って最初に聞こえた声は、セレスの叫び声。そして、司教の薄汚い言葉だった。
「……」
「おい、小僧。急におとなしくなってどうした?死んだのか?」
棒立ちをして動かないアルクにフードを被った男がそう言いながら近づいてきた。
「はぁ……っ」
アルクは大きくため息を吐くと、体をひねる様にして近づいてきた男を蹴り飛ばした。
その蹴りは、五歳が放てるはずの無い力で蹴り飛ばされていた。
アルクが男を蹴り飛ばした瞬間呪文を唱えていた人間たちが呆然とする。
(筋肉の効率のいい使い方でこんなにも変わったか?)
アルクは、前世の知識である筋肉の構造知識と効率のいい使い方の二つの知識を照らし合わせ蹴りを放った。
しかし、アルクは無意識のうちに魔力を使い『身体強化』も施していた。
そのせいで蹴り飛ばされた男は口から血を流して倒れていた。
どうやら内臓が破裂した様だ。
アルクの行った行動により、儀式を行っている人間が呆然とし、儀式が中断された。
「な、な、何なのだ!早く、その小僧を捕らえて儀式の生贄としろぉ!」
「「「は、はぁ、っは!」」」
慌てた司教が命令を下すと数人の人間がアルクに向けて剣や斧、槍、弓、魔法を向ける。
それに対し、アルクは危険度の高い脅威から対処をしていく。
剣を持った男に対しては、小さい体を利用し懐に入ると手首を掴み捻る。そうして、剣を奪うと剣の柄の先端で男の顎に衝撃を与えダウンさせ剣を捨てる。
奪った剣は、アルクには長すぎて扱えないのだ。
そうしていると、矢が飛んで来た。
アルクは、矢をギリギリの所で避け、右手を矢を放った女性へと向ける。
「エア」
そう呟くと右手の先に数か所、空間の歪みが見えた。
これは、空気を無理やり圧縮させ作った空気の刃物だ。その為、空気に含まれる水分が集まり、空間が歪んで見えていた。
アルクは空気の刃物を飛ばすと一発、一発、正確に敵を切り裂いていき弓、魔法を放とうとしていた人間が全滅し遠距離攻撃が無くなった。
「このやろぉ!」
次は、斧を持った大男が斧を振りかぶる。その時、大男の体が伸びる。その瞬間を狙いアルクは、男の膝の裏に蹴りを入れると、男は体制を崩し自分が振りかぶった斧の下敷きになる。
「っひ……」
最後の槍の女性は、その場で座り込んでいた。
「お……お……お前ら!儀式は中断だ!この小僧を何としても捕らえろ!」
アルクが居ると儀式どころでは無いと思ったのだろう。
「「「っは!」」」
周りの人間は司教の命令に動揺しているのだろうか少し戸惑いが見える。
その隙に、アルクは赤黒い液体で埋め尽くされた地面に手を置いた。
(此処には大量に血液があって助かるな……)
『クリエイト』
アルクはそう呟くと、地面に広がっていた血液は、みるみるアルクの手に集まり、アルクの身長でも扱える長さの刀が出来上がった。
しかし、その刀身は異様だった。
赤黒く、小さく脈打っていたのだ。まるで、生きているかの様に……。
(少し、力を貸してくれ)
『……』
アルクは内心、刀に向かいそう呟く。返答が有るわけではない。しかし、アルクは『うん』と言われたような気がした。
『ブースト・フェイズ・Ⅰ』
アルクはそう唱えると目にも止まらぬ速さで駆ける。
ここで初めて意識をしてアルクは身体強化を使ったのだ。
「人を殺そうと……いや、殺しているんだ。当然、殺される覚悟は…………あるよな?」
アルクは、殺気を放ちその場にいた人間たちに問う。
「っひ……」
「いや……だ、死にたくない」
などの声がアルクの耳に聞こえてきた。
アルクの放った殺気により大半の人間は怯み、怖気づいた様だ。
しかし、アルクにとってそんな事はどうでも良かった。
だから、切り裂く。
だから、吹き飛ばす。
しかし、アルクは的確に急所を外し誰一人、殺さなかった。
ただ、動けなくして苦痛を味合わせるだけ。
「簡単に、死ねると思うなよ?」
そう、アルクは苦痛を与えるのが目的だった。
それから、十分もすれば立っているのは司教とアルクだけとなっていた。
「っち……使えない奴らだな!」
そう言うと、司教はアルクに手の平を向ける。
「我の願いに応え……へぇ?」
司教の詠唱の最中にアルクは、司教の手を腕から切り落とした。当然、辺りに司教の血液がまき散らされる。
「さて……なぜ、彼方は神を卸そうとした?」
この疑問は只の興味本位だった。
ただ子供達を殺した事にまともな理由が有るならばこれ以上の行為は不要になるとアルクは思ったのだ。
「あああぁあぁぁぁぁぁあ…………ひ、ヒール」
しかし、アルクの質問を無視し司教は自分の腕の止血をした。
「質問に答えてください」
「っふ、そんなの決まっている。旧世界の遺産を蘇らせ私がこの世界の神になる為だ!」
しかし、司教の様な男が言った事はかなりゲスな考えだった。
だが、一つの単語にアルクの興味を抱く。
「旧世界?」
「あぁ、小僧には分からんか!空飛ぶ鉄の船、光る板、燃える空気。これら、旧世界の遺産を蘇らせ我がこの世界の支配者になるんだ!」
司教は、何処か自慢げにそう語った。
「……」
アルクには、その遺産とやらに心当たりがあり少し反応に困った。
(この世界は、俺が元々居た世界の荒廃した世界なのか?)
アルクは、そう疑問に思う。
(確かに、言語の所々に地球の言語と似た発音の単語があった……)
「まぁ、良い。お前はここで死んでもらう!これだけ人間の血液が有れば、お前など用済みだ!死ねぇ!ホーリー・ブレス!」
と、意気揚々に唱えた司教だったが、何も起きなかった。
アルクは内心、呆れていた。
(ホーリー・ブレスは聖属性の上級魔法だ。聖属性は神が認めた善意の有る人間にしか扱えない。今まで使えていたのも不思議だが、これだけの死体を作り上げて使えると思ったのか?)
アルクは、先ほどの白い狐に貰った知識を思いだす。
「もう、良いよな?」
アルクはそう呟くと、司教の手足をすべて切り落とした。その度に司教は、泣きながらヒールを使い傷口を塞いでいた。
しかし、アルクの作り出した刀にはこの司教が殺した子供たちの憎悪が詰まっている。
そんな刀で斬られて呪われない訳が無かった。
「っひ……嫌だ!嫌だ」
司教は、一人で勝手に怯えだした。
当然、アルクには何も見えない。しかし、司教には見えるのだ。殺した子供たちが、憎悪の目で、恨めしそうな目で、『もっと生きたかった』『お母さんと居たかった』『死ねばいいのに』『殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、』そう呟く子供たちの姿が……
「い、いやだぁあぁぁあああああああああああああああああああああああああああ」
そう言い残し司教は死んだ。
四肢から血を流し白目を向いている司教を確認するとアルクはセレスの下へと足を向けた。
読んでいただきありがとうございます。
徐々に改変後の一章を再投稿していこうと思っています。
それが終り次第、第二章の投稿に入りたいと思います。
最後に、読んでみて面白い、続きが気になると思ってくださった方はぜひ、ブックマーク、評価をお願いします