三匹目▶エスパーアイドル
猫谷駅徒歩5分の閑静な住宅地に、昨今の酷暑により蜃気楼の中をゆらゆらとそびえ立つ豪邸。
猫谷サイキック調査局の中ではある異変が起きていた。
助手ユニが、スマホばかり見てネスコ先生のブラッシングをしなくなったのだ。
ネスコ先生って何?
ざっくり説明しよう。モノクルを掛けた二頭身の所長猫である。
「夏毛に生え変わったけど、ちゃんと整えてくれないと~。キューティクルがさー」
「はぁ……いい」
スマホ取り上げてやれ!と低い背を精一杯伸ばしてみるが、ごくフツーの一般男性平均身長のユニに、ネスコ先生の短い手は届かなかった。
チッと舌打ちをし、仕方なく毛ずくろいしながら嫌でも視界に入る室内を見てウンザリする。
3日前から、事務所のあちこちにフリフリキュンなツインテール女子のグッズが勝手に置かれ始めたのだ。
「ユニくん、ブスのグッズよりさ……」
「ブスとはなんですか!彼女は僕の嫁です!」
「え、君本気でそんなこと言っちゃってんの?」
今年最大の怪奇現象に遭遇したネスコ先生のしっぽは垂れ下がった。
だが、今まで女っ気のなかったユニが突然アイドル狂いになるのはオモシロ気になる。しっぽはひゅんひゅん動き始めた。
ユニがハマっているエスパーアイドルのMOEは、PK(念力など)を使える。
歌って踊りながら、セットをグルングルン動かし、推し達にぶち当てる出血大サービスまでしている。
推しは鼻血を垂れ流しながら喜ぶらしい。
「そのファンたち、変態だね」
「本物のPKですよ?! LIVEいきたいなー」
ニャンポーン♪
「あ、来客だ。ユニくん。ユーニーくん」
「今いい所なのに!誰だよ、くそっ」
イライラしながら動画を一時停止したユニは、インターホンのモニターを見た。
「先生……」
「アタッシュケース何個?」
「金なんて問題じゃない!む、無理だ!出てください!」
うわずる声。オモシロ異常事態を感じたネスコ先生は、知らんぷりを決め込んだ。
クソ猫!と罵りながらユニはイソイソと玄関に向かう。
「実は……エスパーなんて嘘なんです」
現れたMOE本人は、涙ぐみながら開口一番に言い放つ。
ユニは固まった。
ネスコ先生は神妙に頷きながら、ヒゲが前にビュンと向く。口元を抑えないと笑いが漏れてしまう。
「笑いごとじゃないんです……」
笑っていたらしい。
「先生は不思議をなんでも解決してくれるって、通りすがりの方に聞きました」
「気が向いたらね」
「なんにも解決しませんよ」
「助手くん!テンション下がりすぎだから!MOEさん、ここって調査するだけで解決は確かにしないんだよー」
金の臭いがしなかった。ネスコ先生もPKを見たかっただけにガッカリ感が拭えない。
が、MOEはラメキラキラバッグから厚い封筒を取り出し泣き出す。
ネスコ先生は封筒の中身に目を細めた。
「あんなに人気出て『嘘でーす』なんて言ったら炎上者だよねぇ」
「本物のエスパーにしてください!!」
「いいよ。一瞬だけなら」
ユニは目を剥く。ネスコ先生から超能力の「チ」の字も見たことはない。
MOEをガン見し、耳はイカ状態だ。何か企んでいるとしか考えられない。
MOEが帰ると、さっそく友達に会いに行くとユニを連れ出した。
***
二日後、MOEの電撃LIVE。
「みなさん!私の超能力で今から幽霊を出現させます」
いつもと違うパワーを感じた推したちが雄叫びを上げる中、ペットボトルに手をかざし念を送ったMOEは静かにフタを開ける。
モワモワっとおどろおどろしい着物の女がペットボトルの口からすうっと出てきた。
「一枚二枚……一枚足りない。おまえの能力をもらう!!」
「きゃーーー!」
悲鳴を上げるMOEに皿をぶん投げた女は、さっさとペットボトルに帰っていった。
後日。
『エスパーアイドルMOEが出現させたのは、あの有名な怪談、皿屋敷のお菊』
『現象後、MOEはエスパーの力を失った。皿の代償あまりに大きい』
『ファンは言う。それでもMOEちゃん一筋だ、と』
微妙な気分になりながらユニはスマホの画面を消した。目の前には上品な女性と猫がオレンジジュースを飲んでいる。
「お菊さん、迫真の演技ありがとう」
「ペットボトルはキツかったわ」
「衣装まで古臭いのにしてくれて助かったよ」
「いいよ。明日からグアム旅行だからまたね!」
お菊はPRADAに身を包み、颯爽とグラスへと消えた。
ネスコ先生はMOEグッズが消え失せた事務所を何となく眺めた。
「ユニくん、毛玉できちゃう」
「はいはい」
ブラッシングに気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。ネスコ先生は、ふとユニに耳を向けた。
「ところで君、嫁は?」
「何言ってんですか?未婚ですよ」
(コイツも大概だよね)
シレッとなかったことにするユニ。
ネスコ先生はふわぁ、と欠伸をした。
【完】




