一匹目▶夏祭りで解決
ミーンミンミンミン
ギラつく太陽、サウナの如くムワッと暑く蒸す空気。閑静な住宅街T都S区猫谷は夏真っ盛りを迎えていた。
蜃気楼で揺らめく豪邸に事務所を構えている頭のデカイ2頭身の猫……ではなくネスコ先生は、短い手でモノクルをクイッと上げ、静かに目を閉じると、ややして重々しく口を開いた。
「ユニくん、私はついに限界を感じたよ……」
「やっと感じてくれましたか。常に限界ですよ」
チッと言う舌打ちが聞こえたが、助手のユニはスルーした。
ここは猫谷サイキック調査局。通常ならば所長のネスコ先生が好奇心の赴くままに超常現象を調査して遊ぶだけの機関なのだが、依頼を持ってきてしまう残念な客も割といる。
「だいたい解決なんてしようとするのが間違ってるんです」
金目当てで出来もしない依頼を引き受ける。こいつのバカさの尻拭いをどんだけしてきたか。ユニはネスコ先生の毛にブラシをかけながらダルい気分になる。
今までは騙し騙し何とかやってきたが、今回ばかりはさすがに無理だ。
***
『ケンタウロスを見たい』
なんだその依頼は。そんなもの発見できるならとっくに自分が見に行っている。オカルト大好き大学生ユニは、依頼のロマンにときめきつつも、深い溜め息を漏らした。
問題は莫大な依頼金だ。
ブラッシングが気持ち良いのかゴロゴロと喉を鳴らし始めたネスコ先生は、ユニの言葉に含み笑いをする。
喉を鳴らすか笑うかどっちかにしろ、と言いかけるユニは、まあまあと宥められた。
「私だってさすがに何とかしなきゃって思ってるよ。そこでね……」
もったいつけるネスコ先生は何やら机の引き出しの中身をゴソゴソとし始め、チラシを取り出した。
「ジャン!」
「口でチープな効果音出さなくていいですから、ってそれ……あー、なるほど」
「でしょ?ってことで~」
なにが「なるほど」で「てことで~」なのか。今二人は夏祭りの屋台前にいる。目当てはりんご飴だ。
スピーカーから流れるお囃子と太鼓の軽快な祭り音楽。櫓は何のためにあるのだろう、とか現代の祭りに対し疑問を持ってはいけない。生演奏をずっと続けられるほど世の中涼しくないのだ。
「ユニくん……暑い……」
「冬は寒がってますよ。もう少しでケンタウロス?と会えるんですから頑張ってください」
「あ!りんご飴きた!おじさーん、地獄の門開けてー」
「おー、先生か。見てるだけで暑そうだねえ。今日は地獄日和だから亡者も多いけど平気かい?」
平気なわけがないが、100万円も受け取り返す気のないネスコ先生は何がなんでも行くつもりだ。
(本当に行けるんだ……)
ユニは、ネスコ先生に諦めてもらうために提案に乗っただけだった。地獄の門?亡者?毎年お盆に何度もカメラを構えていたがそんなものは……。
「あ、ユニくん、亡者きたよ」
「何言ってんですか、あれはただの……頭に三角布!足が透けてる!」
「じゃ行こっか」
テトテトとりんご飴を持って櫓へ向かうネスコ先生。ユニは珍しく見直した。たまにこういうことがあるから猫谷サイキック調査局は楽しいのだ。
バイト代は滞納されているが。
「へえ、ここが入口なんだ」
「えいやー」
「おい!……っ、あの猫!」
前言撤回、自分は災難に巻き込まれてばかりだ。櫓中央のオーロラ色に輝く渦にダイブしたネスコ先生をユニは急いで追いかけ飛び込んだ。
輝く視界の中、ユニは必死に手を伸ばす。ネスコ先生は何があっても無事だろうが、つい手を出してしまう。
(何やってんだか)
モフッとした毛ざわりに安堵を覚えながら、キラキラ輝く道を通った。
地獄なのになんてメルヘンなのだろう。案外こういうものなのかもしれない。ユニはとりあえず写真を撮りまくった。
***
「おい、猫」
「なんだね、助手君」
「ケンタウロス、じゃないよね?」
「珍しい馬ならきっと問題ないよ」
「いやいや、馬そのものだし、人乗ってるし、どっちも首ないし!てか、日本じゃないし!!」
「地獄じゃなくて魔界に来ちゃった」
1人と1匹はやばいモンスターに追いかけられながら、全速力で走っていた。
「依頼失敗だろー!うわっ!」
「ベストショット!ユニ君、りんご飴投げて」
言われた通りに投げた。モンスターはスルーした。
当然の結果だ。
ユニはネスコ先生を抱え、大急ぎで櫓まで戻った。
──後日
「素晴らしい写真です!これがケンタウロスかぁ。デュラハンに見えますが、伝説はあてになりませんな。先生に依頼して本当に良かった!」
「でしょ?またいつでも来てねー」
茶を出したユニが無言を貫いたのは語るまでもない。
~完~




