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第19話 あまりにも鮮やかで残酷な色


 ――鮮血が舞っていた。


 体を斜めに走る激痛が遅れてやってきて……中空に舞う、自分の煌めく血の色に視線を取られた。


 あまりにも鮮やかなルビー色。真っ赤で、半透明で、無数で、生命の色で、残酷で、綺麗で、現実で――死だった。


「アイリさん……リアン……くん……!」


 頭を駆け巡ったあまりにも短すぎる思い出は、結局のところほぼ、自身が小鳥を狙って弓を外して強がったあのワンシーン以外に、ほぼ存在しない。明らかに五人の中で浮いた存在だったし、うまくしゃべれなかったし、明確な……足手まといだった。


 だから、やけに大したことのないそのワンシーンが鮮烈に蘇ってきて――


「あり……がとう……」


 視界が傾いていって、体が地面に激突した瞬間――意識が深淵へと吸い込まれて行った。



  ―――


「あり……がとう……」


 初めてハニカムように瞳を綻ばせた少年が、地面へ激突すると同時に、その瞳から光が失われたのをぼくは確かに目にした。


「…………………」


 何が起こったのか分からなくって、立ち尽くした。絶句した。目を逸らしたいけど、地面に広がり続ける鮮烈な色がそれを拒んできた。


 何が起こったのか?殺されたのだ。

 誰が殺されたのか?トトを名乗る、少年だ。ぼくらの仲間だ。

 誰が殺したのか?――いつからか、てっきり、味方だろうと信じ切っていた、栗色の女騎士。鮮烈苛烈を絵にかいたような剣技の持ち主であるフィオーナ隊長だ。

 

 驚くべきことに、絶句し冷静さを欠いているのはぼくたちだけではなかった。


「フィ、フィオーナ様が、罪人を切ってしまわれた!?」


「た、大変だぁ~!フィオーナ様が、ご乱心だぁ~!!」


「セレス様を…!セレス様を急いでお呼びしろぉ~!!」


 取り巻きであり、あくまでシーアン・フォッグに足を踏み入れるまで同行するだけであろう騎士たちが、慌てふためいていたのである。


 つまるところ、騎士たちにとってもフィオーナがトトを切り捨てた行動は、予想の範疇になかったということだろう。


 フィオーナ以外の全てが、騒然とする中――。


 フィオーナは、気にした様子もなく、血に濡れた曲剣をポッケから取り出した手ぬぐいでぬぐい、真っ赤に染まったそれを中空に投げ捨てる。


「足手まといはいらない。弱者を守っている余裕はない。――貴様らは大罪人だ。いつでも、一刀に伏せる。そのことを胸に刻んでおけ……」


 静かに言い捨てると共に、フィオーナは歩き出す。再びシーアン・フォッグへ向けて。


 バルザックさんが肩を震わし、拳を震わせていた。ロゼッタさんが瞳から涙をこぼし、その表情を蒼白に染めていた。


「ロゼッタ……!」


「聞かないでください、バルザックさん……!そして、……早まらないで……!」


 ロゼッタさんは、震えるバルザックさんに駆け寄り、その丸太のように逞しい右腕を、小さな体で抱きとめる。――今にもフィオーナに切りかかりそうになっているバルザックさんを、ロゼッタの小さな力と想いがその場に留めていた。


 ぼくは、改めてトトの死体に目を走らせ――その悲惨さを思い知った。


 見開かれ、光を失った瞳孔。被っていた鳥の被り物ごと切り裂かれ――青い短髪を持った、優しそうな少年の容姿が日の元に明らかとなっていた。

 

 斜めに両断された切り傷は――間違いなく絶命をもたらしているであろうほどに深かった。真横から見て7割の位置まで切り裂かれており、背中側の肉と骨でのみ繋がっている。薄皮一枚――ではないが、既に出血量だけでもとっくに致死量を超えてしまっている。


 振り返れば、明るい赤色の巻き毛を持つ少女は、じっと黙ってトトの死体を見つめている。


 震えた。目の前に広がる、あまりにも軽く失われた命の散り様に。


 怖かった。実力を考えるなら自分がきっと、五人の中なら、次に命を失うであろう足手まといだから。


 理解を拒んでいた。突如、やってきた騎士による最終通告によって始まった冒険が、早くも残酷な現実を運びはじめたことに。


 けれど、何よりも――誰かが言わなきゃいけない気がした。なぜ、こんなことになっているのか、わからないし、知りたくもないけれど――どんな理由があったって、こんな簡単に命が扱われちゃいけない気がしたから。


 ――だから、ぼくは、死ぬつもりでその華奢な背中に問いかけていた。


 

「殺す必要はなかったはずだ――!!」


「リアン……?」


「なんで、殺す必要があった?足手まといだったなら、連れて行かなきゃいいだけの話だろう?他の騎士たちに拘束してもらって、ぼくらを従わせるための人質にすることだってできたはずだ!なんで、理由もなく――」


 アイリに腕を掴まれる。その手は震えていて、やめて、とまってと叫んでいるみたいで――。でも、ぼくはとまらなかった。首を跳ねられる覚悟で前に足を踏み出した。舌を抜かれる覚悟で必死に言葉を紡いだ。


 だって、もし、こんなことを認めてしまったら――ぼくらはいつだって首を跳ねられても文句を言えなくなってしまうわけで……。


「どうして、トトくんを――」


「言わなきゃわからないのか?見せしめってやつだよ――」


 静かに振り返った、金色の瞳が。輝いているはずなのに、感情を失ったかのような静かな瞳孔が。

 恐怖に震える僕の瞳を、まっすぐに見つめ返してきていた。


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