不安院VS了
もし、不安のままでずっと生きていられたのなら、その人は、耐え忍ぶ力が尋常ではないだろう。そんな重い鎖は断ち切るか、自らの行動によって解決するほうがいいと思う。もちろん、逃避も一種の解決法であることは、言うまでもない(言ったが)。
不安を不安のままにしておけない正直者――このぼくは、いつものように、なんとなくここにいた。だが、計らずとも、出会ってしまうものが運命というやつなのか――ぼくは、そいつと出会った。否、出会ってしまった。この世の、負の全てを――不の全てを凝縮したようなそいつは、ただ、なんとなくそこにいた。
いた――だけなのだ。なのに、こんなにも、周囲の空気を淀んだものにさせるとは、尋常ではない。そう、確信した。尋常ならざるもの、そいつは、なにに対しても平等に見ているようだった。平等に、誰かれ構わず憎んでいたし、そもそも、世界を恨んでいた。
なにもかもが『ある』と『ない』なのだと、そう信じているようだった。――全か無か、つまり、全ては、一つの正しさでできていて、それさえ守られていれば、あとはすべて、嘘なのだと――そう世界を見ているようだった。
嘘をつくやつは許せない――それは、あまりにも正し過ぎる。事実があるかどうか怪しい世界で、そんな信念を拠り所にして生きるには、難しいことだろう。反発にあうことは間違いない。
みんなは、嘘は仕方ないと割り切って生きているのに――一人だけ、そんな真面目に、世界を見て、真面目に憎んで、真面目に正しさを貫いて、平等にみんなを悪くして、そんなんだと――
そんなんだと――異常者だと思われて、腫れ物を扱うような対応をされるだろう。どこにも、彼のいるべき場所がないかのようだった。ただ、全てを平等に憎み、いつまで経っても、自分自身を不安でい続ける。
誰からも、信用されないで、自分自身のことも信じない、まさに負の塊と言えるだろう。
あるとき、彼に名前を尋ねた。すると、地の底から這い出てくるなにか禍々しい魔物のような、底が見えないほどの暗い声で――不安院と言った――云った。
初めて、そいつの目を、至近距離でまじまじと見た。黒かった。闇と、病みが入り混じって、もう、なんだかわけがわからない、近寄ると、こっちまで汚染せれてしまいそうな、そんな予感がした。簡単に言うと、目が死んでいるのだ。
「あの、さあ」
ぼくは、ちょっと、ビビりながら朗らかな調子で会話する。
「試合わないの?」
「なに?」
「ゲームのこと」
こんな短い会話で、意思の疎通がうまくいっているはずがないだろう、と悲観したが、案外と、会話は成り立っているらしい。不安院は、伏し目のまま――
「いい」
と言った――云った。その一言で、ぼくは安心した。ぼくは、リボルバーの弾丸を全て装填したあと、最大火力の銃撃を当てた。ここは、ゲームの中だ。だから、全てが、嘘だ。不安院は嘘が許せない。彼を安心させるためには、こうするしかなさそうだった。




