嫌いVS了
嫌いな人のことを、本当は好きなんだと言える人はどれだけいるだろう。あらゆる気持ちが、表裏一体で、信じない気持ちも、信じる気持ちで、絶望する気持ちも、希望がある気持ちで、不安な気持ちも、安定した気持ちで――そして、嫌いな気持ちも、本当は、好きな気持ちなのだと、そんな、意味なんて、意味不明な感情を、肯定して、口に出して言える人がどれだけいるだろう。
「あなたのことが、大嫌いだけど、でも、だからこそ、大好きです」
そんな、巫山戯た言葉を真剣に話す人は、世界に、どれだけいるだろう。好きも、嫌いも、興味があるものに向けた一定の評価であって、それ以上でもそれ以下でもない。ただの評価なのだと、そう気持ちとして、受け入れる人間は、どれだけいるのだろう。
「嫌いだ。――嫌いで、嫌いで、嫌いで嫌い」
ぼくは、ぼく自身のことが嫌い。そして、だれかのことが、嫌いだった。でも、それが、表裏一体として、納得して、いまは受け入れている。あまりにも、滑稽だと思う。こんなにも、嫌いなのに、ぼくは、ぼくのことが、こんなにも好きなのだ。
ぼくは笑う。シニカルに、乾いたような笑みをした。無関心より、関心のある気持ち。それが、嫌いなのだろうか。だとしたら、この気持ちも、捨てたものではないな、と思う。
もうそろそろで――やつがやってくる。ぼくは息を潜めて待っている。そのときを、待っている。弾丸を装填した、この機関銃で蜂の巣にしてやる。
だって、ここはゲームの世界。現実とは別の世界だ。だから、好きにできる。どんなに、嫌われても、それはゲームという虚構の中だけに限る。きっと、たぶん、そうだ。ここにぼくはいる――だけど、ぼくはここにはいない。
ゲームの中にいる姿を想像した。仮想的な世界で夢中になる。熱くなる。そして――引き金を引いた。
激しい銃声が鼓膜を震わせた。これは、ゲームの音だろうか、それとも、現実の音と言えるだろうか。どこからが、現実で、どこからが非現実なのか。そんな境は、わからない。
とにかく、ぼくは、ここにいた。それ以上でも、それ以下でもない。ぼくはここにいた。ゲームをしている。そして、銃を乱射して。敵を蜂の巣にした。
この世界が好きだ。この虚構の世界が好きだ。だけど、それ故に、嫌いだった。嫌いだから、好きだった。そんなやつのことを、いま倒した。
勝利したら、虚しい気持ちが襲ってきた。もう、会えないのか、と思った。虚構のゲームの中だけど、やり直しが利かないこともあるのだった。




