LⅦ 卍 無敵 卍
最近マスコミ、ネット界隈で頻繁に見かけるたぐいの人たち。
イソコちゃん ウーマン村本 クイズ小西 的な人たちのことですが。
それらに共通するのは、
根拠不明な自己肯定ぶり
とにかく強気
しばしば粗暴
そこはかとなく透けてしまう、本質的な知性(おもに寛容さやユーモア感覚)の欠如
こう書き出すと 自称リベラルじつは左翼 の特徴みたいですが
最近だと維新の丸山とかいう愉快なお人。
そんな人たちが傍若無人に振る舞って世の中を殺伐にしているのだと思うと、ソクラテスさんの「無知は罪なり」という言葉が実感できますねえ。
中途半端な知恵もしばしば社会的害悪、ってのはそれこそSNS的ツールの発達で証明されたようなもんですが……黙ってりゃいいのにって場面でガーって声上げたりね。
それより害なのは馬鹿でいること。
無知は罪なのだ。
近代社会を造り出した先人たちはそのことをちゃんと知っていた。
義務教育制度とは、「このくらいは習得しとかないと世間に出られませんよ」という最低限の基準でしかない。途方もない人口増大社会ではひとりひとりの個性を尊重してあげられる余裕がないので、周囲の誰にも分かりやすく数値化している。
高等教育に進むときも会社に就職するときもその「習得証明書」を提出するんだから、もうすっかりシステムとして確立しているので「そんな物はディストピアだ!」的に反抗しても子供の駄々、通用しない。
その程度を習得するまではまともな人類の一員とは見なせないので投票権は与えられず、しかし未調教の獣扱いする代わりに少年法で保護して、税金は免除される。
キッズたちに対して社会は精一杯甘々なのだ。
生徒をそそのかして「学生投票」とかさせて政治に物申す先生なんかは、その意味分かってないようですが、社会参加したければ料金(税金)払えってことです。
だからね……ゆたぽん。ちゃんとガッコ行って、勉強はしなくちゃならないんだよ。
東大出てても馬鹿って人が大勢いるんだから。
「算数なんて電卓があればいい」「漢字ぐらいネットで調べれば」なんて言いぐさには、昨今の無敵マンに共通する思考の真髄を見る気がします。
それはなろうにおける反知性主義と同質だと思われ。つまり「電卓」という「代替案」を思いついた段階ですべて習得できた気になっているというあまりにも安易な思考。だから他者のアドバイスは余計なお世話……無敵な俺様に助言できると思ってるお前はなんて迷惑で傲慢な奴なんだ!?という全方位拒絶バリアーです。
なんだかATフィールドみたいですね。




