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ヴァンパイア領主によるホワイトな領地経営  作者: 小兎


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第17話 商談


「ちなみに――」


 私は湯呑みを机へ置いた。


「シシリオールからは魔物素材が提供出来るぞ」


 その瞬間、リッコの目が変わった。商人の目だ。


「どんな物がある?」


 食い付きが良いな。やはり食料より利益率の高い品に興味があるらしい。


「そうだな……こういうのとかか」


私は軽く指を鳴らした。黒い魔術陣が床へ広がる。


ズズン――と重い音を立てて巨大な影が現れた。


「うおっ!?」


リッコが飛び退く。フルボも椅子を倒しながら後退った。


事務所中央へ現れたのは、一頭の巨大な鹿だった。通常の鹿の二倍近い体躯。

そして頭部から伸びる枝角。

その角は半透明の結晶となり、ランプの灯りを受けて宝石のように輝いている。


「ジュエルホーンディア!!」


 フルボが悲鳴のような声を上げた。


「おいおいおい、傷一つ無いぞ!?」


リッコが慌てて駆け寄る。商人というより、宝を見つけた子供の顔だ。


無理もない。


 

 しかも――


「保存状態が完璧だ……」


 フルボが震える声で呟く。


 そう。


 普通、魔物素材は討伐時に傷が付く。


 特に角などは折れたり欠けたりしやすい。


 だがこれは違う。


 傷一つ無い。


 まるで眠っているような状態だ。


 私は椅子へ座ったまま答えた。


「仕留め方に少し気を遣っているのでな」


 実際は威圧で気絶させて首を捻っただけだ。


 だが細かく説明する必要もあるまい。


 リッコは鹿を見ながら完全に興奮していた。


「希少種なジュエルホーンディアが完璧な状態って、角に欠けが全く無い。これ一頭で金貨何十枚だぞ……!」


「王都の貴族が飛び付く……!」


 フルボなど既に販路を計算し始めている顔だ。


 私はそんな二人を見ながら、内心で笑った。


 ……なるほど。


 やはり商人はこうでなくては面白くない。


「なんなら、あと五頭は持っている」


「「は?」」


 二人の動きが止まった。


「五頭?」


「追加で?」


「全部この品質?」


「そうだが?」


 事務所が静まり返る。やがて。リッコが顔を引き攣らせながら笑った。


「……坊ちゃん」


「なんだ」


「うちみたいな新参相手に出していい代物じゃないと思うんだけど!?」


「買いたい! でも金が無い!」


 フルボが頭を抱えて身悶えた。


 実に切実な叫びだった。


 商人として、この品の価値が分かってしまったのだろう。


 だからこそ余計に苦しい。


「そうか」


 私は淡々と答えた。


 買い取れないなら仕方ない。


 私は床へ手を向ける。


 黒い魔術陣が広がり、ジュエルホーンディアの巨体が再び虚空へ沈んでいった。


 ズブズブと闇へ飲み込まれていく。


 そして跡形もなく消えた。


「「あぁ〜……」」


 二人が酷く残念そうな声を漏らす。


 特にフルボなど、本気で惜しんでいた。


 消えた床を未練がましく見つめている。


 私は呆れ半分に口を開いた。


「売り先を先に見つけて来い。そうしたら預けてやる」


 瞬間。


 二人が凄まじい勢いでこちらを見た。


「本当か!?」


 リッコが机に身を乗り出す。


「嘘を付いてどうする」


 私は肩を竦めた。


「売れれば私も懐が潤う」


 金は幾らあっても困らん。


 備蓄。


 人材。


 設備。


 領地を立て直すには結局金が要る。


「それに、この程度の魔物なら魔物の森にいくらでもいるからな」


「「この程度……」」


 二人の顔が引き攣った。


 普通なら討伐隊を組む相手だ。


 だが私からすれば、確かに“この程度”でしかない。


 リッコはしばらく呆然としていたが、やがてハッとしたように立ち上がった。


 そして深々と頭を下げる。


「必ず売り先を見つけます」


 その声には先程までとは違う熱があった。


「その時には、どうか私にチャンスを下さい」


 ……悪くない目だ。


 欲。


 野心。


 成功したいという渇望。


 新参商会が成り上がる者の目をしている。


 私は少し考えた後、収納へ手を入れた。


 取り出したのは拳大の魔石。


 深い蒼色をした高純度品だ。


 リッコの前へ放る。


「ではこれを預けてやろう」


 リッコが慌てて受け止めた。


 直後、フルボが息を呑む。


「高純度魔石……!」


「現物が無ければ商談もし難いだろう」


 私は椅子へ深く腰掛けた。


「それを見せ金にして交渉するといい」


 リッコは魔石を見つめたまま固まっていた。


 緊張。


 興奮。


 責任。


 色々な感情が混ざった顔だ。


「……こんな物を、簡単に預けるのか?」


「失くすなよ」


「いや、そういう問題じゃなくてだな!?」


 私は軽く笑った。


「信用第一、なのだろう? 商人は」


 その言葉に、リッコは一瞬目を丸くした。


 そして。


 ニッと笑う。


「……確かに」


 フルボも苦笑しながら頷いた。



その後リストの荷物が揃ったと言うので倉庫に降りた。


冬越し用の保存食材が次々と運ばれてくる。

途中から倉庫の人足達も、完全に“大口客”として扱い始めていた。


 まぁ、これだけ現金払いをすれば当然か。


「燻製肉はこれで最後です!」


「油樽は三本!」


「塩袋確認しました!」


 慌ただしく荷が積まれていく。


そしてその全てが、私の【収納】へ飲み込まれていった。

最初こそ驚いていた人足達も、途中からは半ば諦め顔だった。


「……便利過ぎるだろあの術」


「荷運び泣かせだな」


「いや、逆に荷崩れの心配無いの羨ましいぞ」


 などと好き勝手言っている。最後の荷が消えると、私は代金を支払った。


 銀貨と金貨が机へ積み上がる。


 フルボが素早く確認し、帳簿へ記入した。


「確かに」


「では、これで終わりだな」


 私は立ち上がった。


 リッコが慌ててこちらへ向き直る。


「あの、その……!」


「なんだ」


「売り先が決まったら、必ずシシリオールへ向かいます」


 その目には期待が宿っていた。


 ジュエルホーンディア。


 高純度魔石。


 あれ程の品を扱えれば、プロスペリタ商会は一気に飛躍出来る。


 そう考えているのだろう。


「精々頑張ると良い」


 私は素っ気なく答えた。


「使える商人なら歓迎する」


「……はい!」


 リッコは力強く頷いた。


 その隣でフルボが小さく頭を下げる。


「次はもっと良い条件を持ってきます」


「期待しておこう」


私はそう言い残し、倉庫を後にした。


外へ出ると、河川港の喧騒が耳へ流れ込んでくる。


荷船の汽笛。人夫の怒鳴り声。値段交渉をする商人達。

活気がある。生きている街の音だ。



私は夕暮れへ染まり始めた河を眺めながら、小さく口元を歪めた。


 ……さて。食料も調達出来たし帰るか。


 


 


 




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