21.一見の理由
「あの、さ……俺、身長伸びたし、これからも伸びるだろうし……いつかお前からも可愛く見えなくなって、俺に興味なくなるって、ちゃんと分かってるけど……」
姉も父も背が高い。きっと俺も伸びるはずだ。それに比べて弐虎は、もし伸びても可愛いままだと思う。
俺は弐虎みたいに素直になれない。可愛く愛情を伝えられない。だけど精一杯頑張って、一見の肩に少しだけ頬を擦り寄せた。出来るのはせいぜいこのくらいだ。
「でも、それまでは、お前と……」
「壱村、伸びたの……?」
「伸びたけど?」
「……………………伸びた……?」
「伸びたんだよっ! 二センチ!」
思わず怒鳴って主張する。
俺にとっては雄叫びを上げてガッツポーズをしたいくらい大きな変化なのに、一見はまだ首を傾げながら、ギュッと俺を抱き締めた。
「……ごめん、分からない」
「はあ!?」
「俺も、同じだけ伸びたみたい。壱村のことで気付かないわけないから」
「っ……お前っ、まだ伸びるか!」
ついギャンギャン怒鳴ってしまった。
いや、それより、こわい。二センチの差を把握されている。測ってもないのに、抱き締めただけで。ちょっとこわい……けど、一見なら有りかと納得してしまう自分がいる。
……まて、一見も伸びたということは、つまり……一八七センチ?
何だその未知の数字。もう、就職先がモデルかスポーツ選手しか思いつかない。
「ごめん。ちょっと言ってる意味が分からなかったんだけど、もし壱村が俺の身長を越えたとしても、俺は壱村のことを可愛いと思うよ?」
「んっ?」
「身長も性別も関係ないよ。壱村だから、好きなんだ」
そう言って俺の背中を撫でる。その言葉が、暖かさが、スッと胸に染み込んでいくようだった。
一見はもう弐虎のことを好きになったかもとか、身長が伸びたらとか、勝手に不安に思って、勝手に離れる心配をして……馬鹿みたいだ。一見はいつだってずっと、俺を好きだと言ってくれてたのに。
「……お前の気持ち疑うようなこと言って、ごめんな」
一見の背中に腕を回して、謝罪を込めてぎゅうっと抱きついた。
「壱村っ……俺、やっぱり壱村のこと泣かせたくない。大事にするよ」
「もうされてるっての」
「今よりももっと、大事にする」
「……そっか」
顔どころか耳まで熱くなって、一見の胸元にぐりぐりと額を擦りつけた。
「……そういや、お前から避けられてた理由聞いてない」
また甘えたみたいなことして恥ずかしくなって、話題を変えた。
「最近抱き締めてこなかったし、家に入れるのも嫌がってただろ?」
「えっと、それは……」
「それは?」
「……………………夏服、が」
「夏服?」
「えっ、その顔かわい……じゃなくて、突然夏服着てくるから、今まで隠れてた腕とか鎖骨とかが見えて、ちょっと我慢が……」
「ああ、そういう……」
俺の腕は、女というには筋肉があって、男というには細い。つまり……教室でも廊下でも抱き締めたい、ということだろう。
俺は毎年、校内の誰より先に夏服を着てる気がする。それを知らない一見は、不意打ちを食らった気分だったんだろう。不意打ちとか言われても知らんけど。
あんなに不安になったのに、理由はいつもの一見でしかなくて、ホッとしてしまった。
「それならそう言ってくれればいいのに。……てっきり、弐虎のこと好きになったのかと思った」
「っ……かわっ……」
大蛇のごとく抱き締める代わりなのか、俺の頭を愛犬みたいにわしゃわしゃ撫でる。……なんか、教室ではめちゃくちゃ我慢してたんだなって実感したわ……。
「弐虎君のことは、可愛くて好きだよ。でも、壱村は特別。……恋人としての好きだから」
「っ……そっか」
「可愛くて抱き締めたいだけじゃなくて、食べ……」
「食べ……?」
「…………キスとか、したい」
「っ……!」
そうだよな……恋人だし、キスとかするよな……。
さっきされそうになったけど、ってかあれって、俺には無理では……?
「ごめん……すごいドキドキするし、まだ無理そう……」
素直に言うと、一見が呻いた。抱き締められてて顔が見えないけど、キス出来なくて残念がってんのかな?
「でも、こっちはもう我慢しなくていいよ」
ぎゅうぎゅうと一見を抱き締める。また一見が呻いた。もしかして、抱き締められる方の圧には慣れてない?
「伝わってない……」
「ん?」
「壱村が可愛すぎて、何も出来ない」
「そっか。じゃあこれからは俺の内臓は無事だな」
冗談っぽく笑ってみせる。実際にもこのくらいのハグなら全然歓迎だ。
「無防備すぎて可愛い。壱村、可愛い。そんな壱村が好きだよ」
「めちゃくちゃ可愛いって言うじゃん……」
「壱村が可愛いのが悪い」
「なんだよそれ」
なんか拗ねてるし、可愛いのは一見じゃん、と笑ったら、壱村だよと真顔で返された。
やっぱ一見が呻いてたのって、抱き締めたくて葛藤してたんだな。頑張ってくれてありがとな。ポンポンと一見の背中を撫でたら、「伝わってないし可愛くて心配」とかよく分からないこと言って、また呻いてしまった。




