20.好き
泣き過ぎて力の抜けた壱村を抱き締めたまま、体勢を入れ替えて、フェンスに背を預けて座る。
茜色を残した空。薄い月と、輝く星が、ひとつ。
こんな空を見る度に、また今日のことを思い出すのだろう。
気持ちが抑えられなくて、壱村を泣かせてしまった。優しく出来なかった。幼い子供のように泣きじゃくる姿が可愛くて、罪悪感よりも愛しさが勝ってしまった。
嫌われてしまっただろうか。もうそばにいられないだろうか。
それでも……諦められない。どうしても、離してあげられない。愛しいと思うことをやめられない。嫌わないでと願いながら、気付かれないようにそっと、髪にキスを落とした。
「……もう、やだ……」
腕の中から零れた声。これから返る言葉を予想していたとしても、壱村の口から聞くのが怖い。抱き締める腕に力を込めると、壱村はどこか居心地が悪そうに身動ぎをした。
「お前の顔、まともに見れないし……心臓めちゃくちゃ痛くて……わけ分かんないまま体が勝手に逃げるし、ちゃんと言わなきゃって思うのに……どうしていいか分かんないんだよ……」
壱村の手が、俺のシャツをギュッと掴む。まだ涙声のまま、弱々しく紡がれる言葉。それは、予想していた答えではなかった。
「どうしたらいいんだよ……」
壱村らしくない、弱々しくて震える声。
いつも男前な壱村らしくない、言葉たち。
一見のせいだ。
一見のせいで、涙が止まらなくて。
一見のせいで、おかしくなった。
そう言って、また涙を浮かべた。
……どうしよう。俺のせいで泣いている壱村が、今までで一番……可愛い。
「壱村、それって……」
嫌われたくないと思いながらも、俺のせいで泣いている壱村の顔を見たくて、両手でそっと頬を包んだ。
「…………意地悪すんな」
分かってるくせに。少しだけ顔を上げてくれた壱村は、そんな顔で睨んでくる。
「うん、ごめん。どうしよう。俺、勝手にいいように解釈して、舞い上がってる」
「舞い上がって意地悪になるとか……」
笑い飛ばそうとした壱村は、ハッとした顔をした。多分、前に俺が、踏まれるより踏む方かなと言ったからだ。
あの時は冗談だったけど、俺は好きな子をいじめたいタイプかもしれない。だって、俺のせいで泣いてる壱村が……すごく可愛い。
♢♢♢
告白って、こんな感じだっけ……?
もっとドキドキして、お互いに甘くて優しい雰囲気の中で伝えて、伝え合って。そういうものじゃ……。
…………いや、俺と一見は、そんなのじゃないか。
思えば、一見の告白からそうだった。告白というには何かおかしかった。でもそれが、俺たちらしいのかもしれない。そう思うと、ふいに肩の力が抜けた。
今まで逃げ回っていたのが馬鹿みたいだ。……と思ったそばから体が勝手に逃げ出しそうになる。
子供のように泣きじゃくって、一見に八つ当たりして、喚き散らして……あまりの醜態だ。穴があったら入りたい。髪一本見えないくらいに埋めて欲しい。
散々泣いた後だし、多分いま不細工な顔してる。やっぱりこのまま埋めて欲しい。こんな顔、見せられない。
「壱村?」
また俯いた俺に声をかけるけど、一見は今度は無理矢理上を向かせようとはしなかった。
そんな一見のシャツを掴む手に、力を込める。今なら分かる。好きな相手に自然に好きだと言える一見は、凄い。そんな一見の勇気に、想いに、応えたかった。
逃げ出したい気持ちを叱咤して、少しだけ顔を上げる。
「一見」
「うん?」
「その……八つ当たりして、ごめんな」
「うん、大丈夫だよ。ちゃんと分かってるから」
そう言って笑ってくれる。どんなに逃げても、どんなに無茶苦茶なことを言っても、ずっと好きでいてくれる。そんな一見だから……。
「俺、お前のこと、好き」
「うん。…………んっ、えっ!?」
「え、分かってたんじゃ……」
「勝手にそう解釈してたけど、壱村のことだから、ただ照れてるだけかなって……」
アワワッと効果音が付きそうな顔をする。確かに俺、いつもそう思わせる行動してたもんな。
「……好きだ。俺も、一見と同じ、好き」
「っ……」
感極まった顔をした一見に、思いきり抱き締められた。想像してた、犬のように尻尾を振って喜ぶ姿じゃなかった。言葉もないけど、その方が一見の気持ちが伝わってくる。
一見が喜ぶかなと思ってたけど、俺の方が胸がドキドキしてぎゅーってなってる気がする。
……俺、どうして今まで気付かなかったんだろ。
これ、めちゃくちゃ恋じゃんか……。




