9、愛のある方へ
思い出を振り返るにはこの屋上はあまりに暑苦しいが、俺は煙草を吹かす。
隣に座る奈月は、この暑さに動じることなく爽やかな笑顔をしていた。
「あたしはあの日、沙耶さんに出会うまで、先生が女性に興味のない冷たい人なんだと思ってました。
でも、現実はそうじゃなかった。
本当の先生は愛する人を一途に想い続ける、とっても情熱的な純情派なんだって……。
それでももっと好きになってしまうなんて、本当に救いようがないですね、あたしは……。
これからも、好きなままいていいですか、先生?」
あれから数か月の時を経ても、奈月は俺のそばにいることを選んだ。奈月は眠り続ける沙耶に似て、別の壊れ方をしているかもしれないと、昔を思い出して感傷的になるたびに思う。
「俺が引き剥がそうとしても、付いて来るくせに、今更何を言ってる」
「だって、先生が本気で拒絶したことなんてないですから」
泣きそうな顔をした奈月が腰に手を回し、背中に抱き着いて離れなくなった。これが奈月の演技だったとしても、泣きそうな奈月を見ると、その姿が沙耶の表情と重なって、俺は抵抗する力を失ってしまう。
「先生の大きな背中が好きです」
「人の白衣を汚して何を言ってる……」
「失礼ですねっ! 女の涙は宝石のように大事で美しいものなんですよ?」
「たまに鼻水が混じっていてもか?」
「そんなにあたしは下品じゃありませんからっ!」
「本当に暑苦しい奴だな……」
「先生……あたしはですね、誰にも負けない情熱的な愛を持っているんです」
涙を流しながらも元気な言葉を聞かせてくれる奈月。
俺はきっと、沙耶がいない悲しみを慰めてくれる奈月に感謝し、依存しているのだろう。
「先生、頑張ったご褒美をください」
ガラスのように繊細な言葉の後で、目を閉じ、顔を近づけてくる奈月。すぐそばに愛らしいピンク色の唇が物欲しそうに顔を覗かせている。
俺はそっと優しく肩を抱き寄せ、奈月の求めに応じて顔を近づけた。
唇と唇が触れる寸前、足音が聞こえ、反射的に奈月と俺はほぼ同時に身体を離した。
「奈月ったらっ! こんなところにいたんだ。もうめっちゃ探したよっ!」
年月と共に段々と口調も表情も柔らかくなってきたアンナマリーが元気な姿を現し、奈月を俺から引き剥がし、その身体ごと軽快に回収していった。
「あぁ……せっかくの癒しの時間が」
奈月と同じくアンナマリーも強くなった。
今なら、沙耶を救い出せるのではないか。そんな安易な願望が時折胸の奥から湧き上がってくる。
だが、俺はこの二人が学園を卒業する日まで今の関係のまま見守ることに決めている。
その時が来たら、もっと沙耶に近づいた奈月の姿が見られる気がするから。




